24.職業分岐
さて、職業分岐を決めよう。
僕は安っぽいベッドに腰掛け、その設定画面を見つめている。
カーソルは「魔術格闘家」を選んでおり、あとは指先で「実行」を選択すれば作業は完了する。しかし大げさかもしれないけど、将来を決める選択だ。
「やっぱり後から職業変更はできないよね?」
画面を覗き込んでいる姉に尋ねると、当たり前のように頷かれた。
そうだよね、そんなに美味しい話は無いか。もし出来るなら幾つも試せてしまうし。
仕方なく、ぽちっと「実行」ボタンを押す。後はもう、どうしようも無い結果にならないことを祈るだけだ。
ぶ、ぶぶ、と画面が震動をする。
水滴を落としたよう円状に波を広げ、すぐに変化はやってきた。
最初、手のひらに蝋を垂らされたような熱を感じた。怪訝に見つめていると、ゆっくりその熱は高まってゆき、ぎゅうと指をにぎりしめるくらいに熱くなる。
「それが由紀ちゃんの適性ね。魔術で多用していた手のひらが、どこよりも変化をしているわ」
そう耳元に囁かれる。しかしそれを聞く余裕もない。
熱量に耐え切れず、洗面所へ駆け出して蛇口の水をぶっかけた。それでも、どくっどくっと脈に合わせて鈍痛から襲われ、水を流したままうずくまる。
「しっかり、その痛みは本物じゃないの。それに痛みが強いほど、身体の変化が大きい証よ。私もさっき、そうだった」
「~~~~……っ!」
肩を支えられているが、歯を食いしばっているせいで返事も出来ない。
うあ、熱が、広がる……!
痛みは腕を、胴を、そして脚を焼き始める。
しゅう、と湯気が出るほど身体は熱を持ち、そしてとめどなく汗は流れてゆく。
「もう少し。頑張って。職業分岐をすると能力値に補正が入るの。 魔術格闘家ということは、たぶん肉体の変化が激しい。だから苦しいのよ」
おぼろげに聞こえてくる姉の声。
なぜそこまで詳しいのだろう、という疑問を浮かべつつ熱に耐える。そして唐突に、脳裏へ落ち着いた女性の声が流れた。
《魔術格闘家を取得しました》
ゆっくり、ゆっくり熱は遠ざかる。
やがて、荒々しい己の呼吸が聞こえてきた。ユニットバスにうずくまり、汗だくで乱れた呼吸をしている自分に気がついた。
「あー……、楽になった。なんだったの、今のは?」
「上位の職になれたという事よ。おめでとう、由紀ちゃん」
肩にばさりとバスタオルをかけてもらった。シャンプーの匂いがするので、たぶん先ほどまで姉の使っていたものだ。ありがたく汗を拭かせてもらい、肩を借りながら立ち上がった。
「あー、しんどい。関節がずきずきする」
「ふふ、風邪を引いた時みたいだよね。きっと成長した証よ。さあこっちに座って」
よっこいしょ、とベッド端に座る。それから手渡されたペットボトルを飲むと、ずっと気分が楽になれた。
さて、このまま眠りにつきたいけど、魔術格闘家の特性を確かめないと。
すぐ目につくのは、能力値への補正だ。
分かりやすく補正による上昇値が書かれている。筋力+2、敏捷+4、そして知性+2だ。
能力値は1レベルアップで1つしか増やせないので、計8レベル分の効果がある。かなりお得な上昇効果だろう。
「これで敏捷が18か、一気に上がったな。それで、肝心の技能に変化はあるかな」
《強化:衝撃魔術》
使用すると衝撃に応じたダメージボーナスが発生する。一定値を満たしていないと魔術は消滅する。
必要コスト:無し リキャスト:30s
おっと、あった。
獲得した技能欄の一番上に、衝撃魔術というものがある。イメージとしては、魔法を発動して殴り、その衝撃によって威力を増加させるという感じなのかな。
今の僕には秒読み という魔術制御があるので、組み合わせれば発動を遅らせることもできる。
「そうなると、接触の技能は不要だったか? いや、これはこれで使い分けできるか」
「由紀ちゃん、獲得可能な技能もチェックしたほうが良いわ。私の場合は、【轟斬撃】を【一閃】に上位変換できたから、ひょっとしたら同じような物があるかもしれない」
へえ、そういう技能もあるのか。
取得可能な技能候補欄を開くと、そこには確かに加えられている物があった。
《強化:業炎の罰》
炎と聖の属性を併せ持つ。延焼効果は消え、代わりに範囲衝撃を放つ。取得時、火炎は消滅する。術レベルは1低下する。
※必要MP:3/8/16/32 詠唱:10s 距離:0m 属性:火&聖
うーーん……どうなんだ。
この距離「1メートル」というのが危うい。今日のような遠距離爆破が出来なくなり、魔術師としての「距離があるので安全」というメリットは完全に消え失せてしまう。
さらには1レベルの低下、レベル3に戻るわけか。
より近距離に特化するか、しないか、という選択肢になる。
とはいえ【火炎】は再取得可能だろうし、今は技能ポイントが6ある。これならレベル1を取得できるが……。
「由紀ちゃん、アイス食べる? はい、あーん」
ぱくんといただき、冷たさと甘さに口端を緩ませる。なぜか姉は僕の尻尾を見てニマニマしているが、気にしないようにしよう。
「聖属性か……ある意味でモンクっぽいのかな。一応は僧なわけだから。聖属性といえば、オークあたりは特に効きそうな気もするな」
気になる、気になる。気になるなーー。
取るか。取ってみるか、ダメージ効率が上がるならMP効率も上がるわけだし。
考えてみれば火炎とかって火事が気になって仕方ないんだよね。ほら、今日も爆発させちゃったから。
あれ? かなりの規模だったけど火事になっていたり……しないよね?
いいや、取ろう。駄目なら火炎を取り直そう。
せっかくなら姉さんと近距離で連携とかしてみたいし。
そういうわけで、業炎の罰を取得すると、僕のビルドはようやく終了してくれた。
やっぱり悩むものだね、自分の進路とか何を鍛えるか、という選択は。ふう、と溜息を吐くと、テレビを見ていた姉はくるりと振り返る。
「終わった、由紀ちゃん?」
「うん、やっと終わったよ。そろそろ寝る?」
「そうしよっか。フロントで枕もらってきたけど、由紀ちゃんは固いほうが良いよね?」
「そうそう、どうも柔らかいのって苦手でさ。ところで何か忘れている気がするんだけど、気のせい?」
んーー、と姉は顎に指先を当てて悩む顔をする。
それから「気のせいじゃない?」と答えられ、足をぱたぱたしながら笑われた。
一緒に布団へもぐりこみ、それから部屋の電気を落とす。
すぐに姉の手足から抱きつかれ、くすぐったい思いをしながらも都会の夜で眠りについた。
一方そのころ、ひとりの女性が瞳を見開く。
猿轡をされた状態で、ばばっと頭上を見上げると、そこには真っ暗な窓があった。
手足を縄に縛られて、さらには窓の外へ宙吊りにされている状態だ。
まさかな、寝るわけないよな、こんな状況で。などと誠は内心で思い、たらりと冷や汗が落ちてゆく。
そんなわけがない。人様を窓の外に吊るしておいて、熟睡できるような人間などいるわけがない。
もしそんな奴がいるとしたら、鬼か悪魔だ。
むーむー!と芋虫のようにジタバタしながら、誠は夏にしては寒い夜を迎える事になった。




