21.報告
ずぶ、ずぶ、と身体の内側から鈍い痛みが走る。
手を掴んでくれている姉は泣きそうな顔をしており、だから平気そうな表情を返す。
本当ならもっと痛みはあるはずだ。
腹を貫通しているこの矢は親指くらいの太さをしており、ギザギザの矢尻が背中に覗いている。
力まかせに引きぬかれているが、それでも麻酔無しで気絶しないのだから何らかの補正があるのだろう。拡張世界としての。
ぬぼり、と矢が抜けきり、遅れて脂汗が浮き出てくる。
腹のなかを何かが通り抜けるというのは、すごく気持ち悪い感触だ。
「ふぃーー……、じゃあ回復をかけるぞ。もうすこし頑張れよ」
「おねがいします誠さん。HPがちょっとずつ減ってますし」
誠さんの手が押し当てられ、それから回復魔法をかけられる。
大量の熱が入り込んでくる感覚だ。どろりと穴にはいり、その周辺にも広がるようなそんな感じ。
それを覗きこんで見ている者たちは、同業者である再構築者、機動隊、警察官など様々だ。
彼らから救急車に搬送されるよう求められたが、それを断って回復魔法を受けることにした。
まだ誠さんのレベルが低いせいか、HPはじわじわ戻ってゆく。
何度か呪文をかけなおし、彼のMPが尽きるころには8割くらいに回復した。
途端に周囲はザワつき始める。
回復魔法というものを目にしたのだから当然だ。僕だってふさがりかけている腹の穴を見て、超現象というか奇跡というか、その類のものだと感じてしまう。
「あー、君、大丈夫か? 病院は平気か?」
「たぶん大丈夫です。ちょっと頭がくらくらしますけど」
声をかけてきた男性は、機動隊の関係者だった。
空はすでに暗くなり始めており、バタバタとヘリコプターらしき音が響いている。
姉に支えられながら身を起こす。
すると人垣の向こうでは、何やら言い争っている機動隊らの姿が見えた。
「ええい、くそ! 再構築者とは何だ! あのおかしな格好をした連中のことか!」
「落ち着いてください。他の地域の動きを見て、政府からは協力要請が出されてます。だから……」
「こっちは2名死んでるんだぞ! 落ち着いてられるかッ!」
「繰り返しますが、彼ら無しには機動隊は壊滅していました。その目で見て状況はご存知でしょう。映画のゾンビなんかよりも、よっぽど恐ろしい相手だって」
あれ、説明をしている男性は……五十嵐さん?
警察の帽子をかぶっているのは、戦闘モードを解いたのだろうか。といっても戦闘中も私服みたいな人だったけど。
ちらりと彼と目が合い「行って」と手を振られた。
状況から察するに、たぶん状況報告を引き受けてくれたのだろう。戦闘もそうだけど、なかなか頼もしい人だ。
姉に肩を借りながら騒ぎから離れ始めると、他の警察官が話しかけてきた。
「我々でホテルを用意しています。あなた達はどうしますか?」
「え? あの、一旦家に帰りたいのですが……」
あ、大事なことを確認し忘れていた。
とりあえず彼らから離れ、影で画面を開いて専用画面を呼び出してみると……。
「どうしたの、由紀ちゃん。変な顔をして」
「あー、やっぱり駄目だったか。もうちょっと情報収集しておけばなぁ」
姉に画面を指さすと、そこには「クエスト参加中」と表示されており、鍵を閉められているマークがあった。
つまり、来たときのように家へ帰れはしない、という意味だ。
試しに指先で触れてみたが、ブブーと選択不可の音が響いた。
そういうわけで宿泊費がもったいないので、先ほどの警察官の場所へ戻ることにした。
ぱちんと照明をつけてみる。
無料の宿泊施設とやらは、とても簡素な部屋だった。
大きめのベッドが中央にあり、わずかな隙間にテレビと机がある。以上、おしまい。という間取りだ。
玄関側にはユニットバスはあるが、やはりこちらも狭い。
どうやって浸かるんだろう、などと疑問を浮かべるほどに。
そのとき、コンコンと扉をノックされた。やはり開いてみると姉がおり、しゅーんと眉尻を落としている。
「はあ、来るときは楽しみだったのにぃ……」
「僕もだよ。ビジネスホテルって、こんなに夢が無い場所なんだね」
しゅーん、と互いに悲しい顔をしてしまった。
田舎者だから初めてのホテル、しかも都会という立地に期待をしないわけが無い。横浜のあたりはテレビでもよく見かけるし、なんとなくのイメージとしては海や港、光輝く夜景だったのに。
窓から外は壁しか見えないし、ぶろろと車の音まで響いてくる。田舎の夜は基本的に無音なので、眠れるかどうか今から心配だ。
「どうしようか、翆姉さん。ひとりで眠れそう?」
「や、うーん、そうね、たぶん無理。やっぱり一緒に寝ましょうか」
そうしようと頷きあった。
別に2人なら眠れるわけじゃないけど、たぶん姉は眠れると思う。
そんな事を話していると、開けっぱなしの玄関の向こうから「おっ!」と瞳を向けてくる人物がいた。
「おーー、おまえらか。下で飯が食い放題だって。無くなる前にいこーぜ」
言葉遣いは汚いけど、薄紫のロングヘア、内気そうな大きな瞳、ぴっちりしたシャツに緑ジャージを履いた……ネカマの大学生である東洞院 誠さんだ。
部屋で出来ることは何も無いので、荷物を放ってついていく事にした。
綺麗だけど狭いエレビーターに乗り、一階へと向かう。頭の後ろで手を組んでいた誠さんは、何かを思い出したよう振り返った。
「そういやさ、なんだっけ、びーぴー? あれどうなった?」
「ん、バトルポイントですかね? そういえばどうなったのかな……」
ぶんと画面を呼び出して、言われた項目に視線を向ける。
以前は「0」だったけど、そこには「300」という数字が書かれていた。
「えっ、うそうそうそっ!」
それに大反応したのは姉で、頬がくっつきそうなほど顔を寄せてきた。いや、くっついたし、ぐいーっと押されたけど。
しかし姉が興味を示したのはBPの事ではなかった。
指差されたその先に、見慣れない表示があったのだ。
んーー、職業分岐?
なんだろう、これ。
ぽーんと音が鳴り、エレベーターが開かれた。




