19.臨時パーティー編成
かちっ、かちっ、と途切れがちに照明が瞬く。
目がおかしくなるような光は、残り少ない蛍光灯によるものだった。
それが照らすのはひび割れたタイルで、どすん!と大きな足が踏み荒らす。くすんだ緑色の肌、盛り上がった身体は人とかけ離れている。
手にした獲物は様々だが、大抵は棍棒、そして奥の方へ向かうと大型ナタのような物を持つオークが目立つ。
廊下の吹き抜けを見下ろしてみると、かつてチュートリアル中で愚鈍に徘徊する姿はそこに無かった。バリケードに使えそうな物や道具を列になって運び、着々と拠点作りを進めている。
むせ返るような体臭と汗の匂いは、なんとか生き残っている空調により保たれているが、やがて途絶えることだろう。
さて、彼らの向かう先、つい昨日まで映画上映をしていた空間では、儀式めいた事をしていた。
オドア゛ーーッ! オドッ! オドッ!
呪術を思わせる装飾具を身にまとう、幾体もの化け物達。
彼らは一心不乱に何かを生み出そうとするように、広間で儀式を繰り返す。やがて青白いスパークが起きると、非常に重量感のある存在がわずかに見えた。
全身鎧の甲冑を着込む者が2体。
中央に立つひときわ大きな者は、ばさりと闇色のローブを広げる。
これが生まれた時、何が起こるかは誰にも分からない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
神奈川県にある大型ショッピングモールには多数のパトカーが入り口をふさいでいる。サイレンが赤く光り続けており、直視したくないくらい眩しい。
それを芝生に座って遠巻きに眺める僕らは、ペットボトルなどを飲みながら状況を見守っていた。いや、見守るというよりは野次馬に近いか。初めてのイベントとやらであり、情報不足である以上は無闇に動きたくない、というのが本音だ。
ストロー付きの紙パック飲料をくわえる誠さんは、立ったまま不機嫌そうな顔をしていた。
「来ねえなぁー、他の奴ら。ひょっとしてここ、あんま人気無えのか?」
「どうでしょうね、人気も何も僕らは他に選択できませんでしたし」
気になるのは、パトカーは増えても彼らが一向に中へ入らない様子だ。
普通であれば生存者の救出に向かうだろうに、それをしない。ひょっとしたらもう何人か被害が出ているのかもしれない。
「翆姉さん、そういえばここって自衛隊の駐屯地が近くにあるよね。出動したりすると思う?」
「うーーん、あり得ると思うわ。事態を理解できればだけど」
もしそうなったら厄介だ。今よりもずっと厳重に塞がれるだろうし、中に入ることは出来なくなる。とはいえ無理やり入ってもたぶん捕まるだろうけど。
そう考えていると、鞄の上に座っていた姉が瞳をこちらへ向けてきた。
「でも、自衛隊が倒せるならそれで良いと思うわ。私たちみたいな剣よりも、銃のほうが当然強いだろうし」
「なんだ、お前ら知らねーのか? 銃は効かないって噂だぜ。米軍基地とやらで実験したんだと」
へえ!と僕らは誠さんの言葉に目を丸くした。
なんでも倒してから1分もしない間に、無傷でのそりと起き上がるらしい。とはいえチュートリアル中の魔物は人を襲わないので危険性は無く、「なんだこれ?」という戸惑いだけを生んだらしい。
「まーただの噂だけどな。今のは話半分に聞いててくれ。おっ、あいつら同業者じゃねえか?」
指差された先を見ると、ぞろぞろ歩いてくる集団がいた。
手にした剣や盾、それに杖などを見るに一般人とは思えない。ほとんどは普通の日本人顔だが、なかには金髪の西洋じみた顔の人もいる。
「そういえば、どうして顔の作りにバラつきがあるの?」
「大変なのよ、顔を作るのって。一番最初は自分の顔になるんだけど、そこから少しずつ修正をしてサーバーにアップするの。登録にはお金もかかるし、なかには全て自作する物好きもいるわ」
いまの「物好き」という言葉は、仁王立ちをする誠さんを見ながらの発言だ。
「ああ、かなり大変だぞ。パソコンとソフトを揃えて、規定の範囲でモデリングをするんだけどよ、かかる金も時間も半端ない。そのくせ能力が増すわけでも無いから完全な趣味っつーわけ」
さすが経験者の言葉は真実味がある。たぶんそういう趣味の人なんだろうなあ、誠さんは。
などと思っていると、彼は瞳を大きく見開いた。
「え、マジなのか!? おまえらそれデフォルトの顔!? ぜってーに同じ趣味だと思ってたぞ!」
「失礼ね、少ししか弄っていないわ! 見てちょうだい、由紀ちゃんの可愛い耳と尻尾を!」
誠さんはぺたんと額に触れ、それから右手を差し出してきた。
「好きです、結婚してください」
「いやーーっ! なにこの人、気持ち悪い! ひいい、蕁麻疹が出てきたわ……!」
とても嫌そうにぴょんぴょん跳ねていた。姉さんも重度のゲーマーだけど、オタクへの偏見があるのかなぁ。
そんな事よりも、ぞろぞろと歩く彼らもこちらに気がついた。
人数としては十名ほど。先頭を歩く黒髪の男性は、皆にあれこれと伝えながらこちらに向かってくる。弓を背負っており、雰囲気からして彼を中心にしている一団なのだろうか。
白い半袖シャツにネクタイ、それと黒のスラックスという社会人っぽい格好だ。その彼は、こちらに「おーい」と手を振ってきた。
「君たちも同業者だよね。私もそうで、同じような人たちを探して回っていたんだ」
にこやかに声をかけられたけど、腰に吊り下げている物に気づいて、少しばかり驚いた。拳銃、しかも警察が持っていそうなやつだ。
「あ、自己紹介が遅れたね。私は五十嵐 春人。現職の警察官なんだけど、ちょっとゲーム好きなせいで、こんな状況になってしまったんだ」
そう言い、警察手帳を見せられた。
これには流石の僕らも、背筋をぴしっと伸ばしてしまったよ。
なるほど、皆をまとめられるわけだ。国家公務員の言葉には逆らえないって。間違っても公務じゃないだろうけど。
さて、集まった人数はこれで12名になった。
誰もが再構築者であり、職業は様々だ。
この人数が多いか少ないかは分からない。全体で何人いるか分からないし、日本各地で事件が起きている以上、きっと誰にも分からないと思う。
「とりあえず集まったけど、あの通り施設は封鎖されている。突入したら逮捕されそうだから、このまま様子を見よう。その間に2つの隊を作って、それぞれ仲良くするのはどうだろう?」
先ほどの警察官、五十嵐さんの言葉で、少なくとも「どうしたら良いか分からない」という状況は解消された。
今できることを提示され、皆はそれぞれ頷く。
僕らもそうだけど、たぶんゲームとして過ごして来たせいで、国家公務員らの迫力に尻込みをしているのだと思う。現実とのギャップに白けていると言っても良い。
盾役がちょうど2人いたので彼らをまず分け、そして僕らは3人組なのでまとめて合流させていただく。
あとは五十嵐さん、両手剣を持った土木業らしき日焼けをしたおじさんが加わる。
警察官がこちらに来たのも理由はあったらしい。
「若い子が3人いるから、私はこっちを守らせてもらうよ」
「あ、はい、ありがとうございます」
再構築者は見た目を変えられるはずだけど、という疑問は飲み込んでおく。たぶん会話の内容で若いと思われたのだろう。
それぞれが近い場所で輪になって座り、しばし雑談をすることになった。
イベントはあの拠点を制圧することか、魔物は銃で倒せないって本当か、などなど誰にも答えられない質問を繰り返す。
スマホで情報収集をする者や、飲食物を口にする者など様々だが、思っていたよりも怖い人はいない。
田舎出身なので最初は緊張していたけど、同じゲームをしているので話題も多い。僕ら姉弟もだんだん肩の力が抜けてきた。
各自の自己紹介を聞いているうち、ちょっと驚くことがあった。
彼らのレベルは5以下で、五十嵐さんだけがレベル8。僕らのように9レベルに到達した者はいない。理由はやはり都内での魔物の取り合い、仕事があって時間が限られている、一人では戦えない職業をしている、などの理由があるそうだ。
ある意味で僕ら姉弟は恵まれていたのかな。
頼りにされたくは無いので、レベルについては濁しておいたけど。
さて、そのような折に変化は起きた。
機動隊らしき者たちが大型の盾を構え、ゆっくりとショッピングモールへ前進を始めたのだ。
すぐに内部から、獣のような目玉がいくつも輝いた。