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16.初めての意思

 AM2:00 事件発生から7日目の都内ビル――……



 専門家たちは、今日何度目かも分からない溜息を吐いた。

 有数の知能を有している彼らでも、いくら調べても調べようのない物がある。それがいま目の前にあった。


 青白く光るクリスタル状のものは、ゆっくりとサーバーの中央で回転をしている。これが何なのかも分からないし、演算内容はまったく知らない言語が使用されているため、一歩も進めていない。


 未開の言語を最初から学び、それを完全に理解してからでないと先へ進めないのだ。それも何のヒントも無い状態で。

 しかし中断できない理由は、彼らが有能だからだ。


 監視モニターでは各サーバーの負荷状態を知らせている。

 どれもが平常であり、負荷は極端に少ない。しかし処理している演算量は果てしない規模だという事に驚かされる。


 世間を騒がせている量子コンピュータだが、その完成形が目の前にあったらどうする?

 答えは、倒れるまで知識を追い求めてしまう彼らの姿だ。


 その為、いまは秘密裏に国家プロジェクトとされている。

 周囲一帯の封鎖はもちろん、限られた者たちだけしか接触は許されない。


 実際のところ数名ほど他国へ通じている者はいたが、情報漏えいどころか情報の一片さえもつかめていないので問題は無い。

 あるとしたら国ごと占拠される可能性だが、そもそも大した防衛力は無いので本気を出された時点で負けだ。


 ――がらっ。


 深夜の遅い時間に入室する者がいた。

 いつものように厳重な検査を受けた男性の名は高木という。

 この事件が発生してから、常に動きつづけていた人物だ。


 差し入れのシュークリームの箱を机に置くと、わっと専門家たちは群がってきた。実績も知能も有している彼らだが、極限まで頭脳を働かせているため糖分が欲しかったのだ。


 集まった一同に、高木は眼鏡をずり上げてから口を開く。


「皆さん、いまが正念場です。一年後、きっと私たちの功績が称えられるでしょう。ひょっとしたら人類史に残るかもしれない。織田信長よりも、ずっと有名な存在として」


 彼は「調査はどうですか?」などと尋ねない。

 ただ彼らの欲を刺激する。知識、名声、永遠に残されるべき功績を。


 いま挑んでいるものは確かに大きな存在だ。

 それは誰もが理解をしている。もはや世間を騒がせている事件よりも大きなことだと認識されている。


 あれは魔物と言うらしいが、害を与えないならそれで構わない。

 この知識や情報の塊である存在を解き明かすことが彼らの使命だ。


 そのなかで一人、手をあげる者がいた。高木が指差すと、生気の無い顔をした男性が口を開く。


「これには意思が見受けられる。ただのコンピューターなどではなく、自己認識をとっくに済ませているようにわしは感じた」


 数名の専門家たちがうなずく様子を見て、高木は「続けて」と促す。


「なので、無理やり端末を付け足した。向こうが意思表示したくなれば、これで発信してくれる。なに、わしらの言語などとっくに解析を終えているだろう」


 一同は、ぐるりと彼の方向を見る。

 すると小さなモニターがいつの間にやら増えていた。

 打てる手は打てる限り全て打つというのがプロだ。無駄に終わるだろう事でも、全て試す必要がある。


 高木は頷いてから立ちあがった。


「じゃあ、休める者は休んで、また作業を再開しましょう。そうだ、もし倒れたりなどしたら人類史には残りませんからな」


 ははは、と彼らは大きな声で笑った。

 深夜という時間帯もあるが、不眠不休で働くほどの意思を確かに変える一言だったからだ。


 高木は警察側の人間ではあるが、人望が厚いため入室を許されている。事件とこの部屋は間違いなく関連性があるため、双方の情報交換をする意味で彼は活用されていた。


 政治家などよりも頭が働き、また全体を見る力がある。

 パソコンの知識さえ無いというのも良い。下手に口を出さず、それでいて的確に指示を飛ばせる存在は貴重だと判断されている。要は舵取りさえいれば良い方向へ向かうメンバーなのだ。

 自然と彼を中心にこのプロジェクトは動き始めていた。




 さて、夜明けも近づいて来たころ、老年の男は珈琲を手に戻ってきた。

 国家プロジェクトというのは面倒で、このような珈琲一杯にかかる金は二千円近くになる。

 豆と砂糖、水、ミルク。全てがチェックされ、かつ後から手を加えられないようにする必要がある為だ。


 ともかく、彼はどっしりと椅子に腰を下ろし、匂いを楽しんでからひとくち飲む。金がかかっている割には薄味で、不満そうに口端をゆがめる。

 それから視線を上に向け、数百とある機器の状態をひとつずつ確かめているときに、彼は「あ!」という声を出す。


「あれ、いやいや、本当か? 誰か、この機器をいじった者はいるか?」


 ひょこりと顔を覗かせる者が数名。

 そして彼が次にこう言ったことで、仮眠していた者たちも一斉に起き上がる。


「Debonair……デボネア……これは名前か? おおい、悪戯で監視端末をいじった者はいないか。もしいないなら――世界がひっくり返るぞ」




 デボネア。

 単語で言うなら、やさしい、丁寧な物腰、などの意味がある。

 端末に映し出されたその文字は、明滅を繰り返すカーソルから生み出された。


 固唾を呑み見守る一同を、青白いモニターの光が照らしている。

 おお、と皆が歓声を上げたのは、カーソルが動き出し、新たな単語を表示したからだ。

 血のような赤色をしたその単語は「Savage」と書かれていた。


「野蛮……どういう意味だ」

「見ろ、カウントダウンだ。3時間後の7時半に何かが起こるかもしれない」

「高木さん、何か変な感じがする。私たちに伝えたという事は、何かが起きるという事だ。でなければ伝える必要がそもそも無い。猿に英語で話しかけるようなもんだ」


 彼ら専門家の言葉は、半分以上なにを言っているのか分からない。

 しかし高木はじっと押し黙り、熟考する。彼の権限はそこまで高くないが、上に報告する役目はある。もしこれで失敗したなら、二度とこの部屋には入れないだろう。

 どん、と机を叩いてから彼は口を開いた。


「市民の避難を最優先にする。地域が示されていないなら、日本全土だ」


 ええっ、と皆は目を丸くしたが、高木はこの意思を最後まで折らなかった。

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