14.洋服と魔物と僕
軽トラに揺られながら、僕らは農道を走っていた。
対向車が来たらぎりぎりかわせるくらいの狭さだけど、田舎なので一台も来ない。
「いやー、今日も手伝ってもらって助かったよ。おじさん、あんまり詳しくないけど昨日より手馴れてる感じがしたなぁ」
「そう見えましたか。確かにちょっと慣れてきたかもしれません」
軽トラなので運転席のおじさん、中央の僕、反対側に姉という配置だ。もちろん戦闘モードはとっくに切っている。
昨日と同じように畑の手伝い――というか邪魔な魔物を排除した僕らは、服の買い物に行く予定を伝えると、そのまま車に乗せてもらえる事になった。
バスも少ないし自転車で行くには距離がある。
おまけにMP回復の時間も欲しかったからちょうど良い。
あちこちにあるヒマワリを眺めていると、大きな魔物が目に入る。
そいつは首のない丸っこい奴で、のしんのしんと入道雲を背景に歩いていた。それを眺めていた僕ら姉弟に、おじさんは話しかけてくる。
「ありゃあ強そうだ。ちょっとおっかない」
「おじさんもそういうの分かるんですか?」
「そりゃ分かるよ。だって人間だもん」
にかりと笑われ、僕らも歯を見せて笑った。
確かにそうで、人間でも動物でも強そうな相手はすぐに分かる。後で姉から聞いた話によると、レベル9から10という固体、ヴァッカーという種族らしい。
「ゲームは良くないだの何だの言ってたけどさ、世間は変わっていくのかね。由希君たちを見ていると、そのうち義務教育にされちまう気がするよ」
「ええっ、それはさすがに無いですよ。それに、あんなのがいつまで居るかも分からないですし」
どうだかね、と汚れたシャツで肩をすくめられた。
何が起きているのか、まだ誰も分かっていない。これがいつまで続くのか、それとも終わりが無いのか、悪化するのか改善するかも分からない。
そう考えていると、横から大きな瞳を向けられた。
「由希ちゃん、私たちに今できるのは楽しいショッピング。私に似合う服を見つけることが大事よ」
「わはは、確かにそうだ。由希君の彼女さんはしっかりしてるな」
その言葉に、僕と姉は同時に「違います!」「そうなんです!」と正反対の声をあげた。
顔が熱くなって困るけれど、窓から流れこむ風は夏休みらしくぬるいものだった。
じゃん、と広げたワンピースに僕は「良いじゃない」と答える。
自然に着こなしているし、腰の位置が高いから尻尾も邪魔にならない。ちらりとスカートの下から出ている程度だ。
「見て見て、麦わら帽子。由希ちゃん、田舎にやってきた都会っ子ぽく見えないかしら?」
「見える見える。地元の子はそういうの着ないもんね」
でしょう、と真珠のような歯を見せて姉は喜んだ。
両親を亡くした僕らは、残してくれた財産、おじいさんからの援助、そして畑地などを手放したことで当面は生きてゆける。
しかし大人になるまで通帳には触れないし、月ごとに振り込んでもらえるため生活費は気をつけないといけない。しかしこれまでずっと節約してきたので、多少は服を買い足しても問題ない。
料金を確認しつつ、姉に似合いそうで耳と尻尾の邪魔にならない物を選んでゆく。ヘアバンドを買ったのは、耳も飾りのように見えるからだ。
「あ、見て見てー、お尻に穴があいている下着。わっ、ちょっとこれ穴が開きすぎ! ひゃー、触っちゃった!」
ぶうと吹き出してしまったけど……すごいの売ってるな。
気を取り直して服を選んでゆく。姉の場合はゆるめのスカートがあれば大丈夫そうだけど、僕の方は少々難しい。買い足すよりも、今ある衣服に穴を開けたほうが早そうだ。
「うーん、穴を開けすぎるとパンツが見えちゃうし……仕方ない、下着を買って家で加工しようか」
大変だね、尻尾のある服選びって。
ボクサーパンツのゴムを残しつつV字にカットしようと思うけれど、裂けないよう補強しないと。
裁縫なんて分からないけど、まあ何とかなるだろう。
ただ、邪魔でしかないわけではなく、何となく身体のバランスが良くなったような気もする。今朝のブルヘッド戦でも、反転して逃げ出すまでが早かったのはたぶん気のせいじゃないと思う。
「由希ちゃーん、そろそろ約束の時間よー。おじさんを待たせ過ぎたら可哀想だわ」
「分かったー、すぐ行くー。ええと3枚、いや5枚買っていこう」
買い物カゴにどさどさと積み、それから駐車場へ戻ることにした。
空っぽだったMPがどれくらい回復したか気になるけど、さすがに人前で出したら注目されそうだ。ただでさえ耳と尻尾がついているというのに。
会計のお姉さんからジロジロと耳や尻尾を見られたけど、無事に買い物を終えることが出来た。
車に揺られながら、僕らは周囲の魔物たちを観察した。
姉に知識があるため、手出しできそうなエリア、そうでないエリアを覚えてゆく。今までの場所はすぐに倒しきってしまうので、もしレベルを上げたいなら活動範囲を広げないといけない。
そのため地元の地図を買うと、時間があればそこに書き込んでゆく事にした。
私服も整ったし、数日ほど過ごすと魔物退治も順調になりつつある。
道路の端に座り、家にあった色えんぴつで書き足していると姉が覗き込んできた。
「んふー、こういうの、ちょっと楽しいわ。由希ちゃんと散歩したり、近所を開拓したりするのが」
「楽しいねー、これ。見飽きている場所だと思っていたけど、あちこち発見できて。そういえば都会の方は大変らしいよ」
書き終わったメモをしまい、立ち上がる。
不思議そうに小首を傾げる姉へ、先ほどの言葉に説明を足す。
「取り合いだって、魔物の。早朝5時から」
「サイアク! それなら再構築する前のほうが夢はあったわ。ただでさえ景色が元に戻ってしまったのに、今度は魔物まで消えてしまうなんて」
それだけじゃなく、警察による巡回も多い。
事故になりかねない事態だし、決して近づかないように呼びかけているがうまく行かないようだ。
「レベルアップっていうのは魅力があるのかな。確かに身体がどんどん鍛えられていくのは分かるし、ちょっと楽しいよね」
「分かるわぁー。お姉ちゃんの場合は、まず刀を持つのが目標だけど」
そう言いながら姉はもう一度、不思議そうに小首を傾げた。
自転車を押しながら横ならびに歩き、しばらく経ってから彼女は声をあげる。
「武器屋さんって、どこにあるのかしら?」
「……包丁屋さんとか?」
違うわよと嫌そうな顔をされたけど、今はその話題が各地でされている。
要はレベルを上げられても装備品が見つからないのだ。いくら敵を倒してもお金や装備も残さず、煙のように消えてしまう。
それを元に都内ではデマ情報を流してかく乱したり、そうはさせじと徒党と組む一団などが現れはじめている。
情報戦も楽しそうだけど、姉さんとゆっくり遊べないからなぁ。
そしてもう一つ、気になることが残されている。
画面の一番下に小さな文字で「チュートリアル中」と書かれたままなのだ。
これが終わったとき何が起こるのだろう。
今まで何のリスクも無く遊べているが、ひっくり返ってしまうのだろうか。青い空を見上げながら、そんな事を考えてしまう。
「由希ちゃーん、あっちに大きいのいるよー」
「あ、見たい見たい、すぐ行くー」
ともあれ姉からの誘惑に負けた僕は、カバンを背負い直してから駆け出した。