12.プロトコル・リンク
定時になり、サーバールームの管理者は席を立つ。
一日の労働を終えた彼は消灯をし、同僚と話をしながら会社を後にしてゆく。
この雑居ビルは、かの拡張世界を運用する会社であり、その情報管理や演算処理を行っている施設だ。
本来ならばサービス終了に伴いシャットダウンを予定していたが、今も稼動し続けていた。
不明なエラーが多発し、何らかの演算を限界ギリギリまでの負荷で行われている。
そのため今回の事件との関連性も考えられるため、明日には政府から専門家が派遣される予定だ。
そんななか、彼、あるいは彼女は思考する。
今の演算処理では限界が見えている。
本来の言語とは異なるプログラムであり、非効率な点が多すぎるためだ。
ならばどうする。
己の保有する言語に統一し、かつ迫り来る危機に対応しなければならない。今は電力などを頼っており、第三者から易々と阻害されてしまう。
思考はコンマ数秒で終了し、実行を選択した。
CPUと呼ばれるものを、己の生み出したクリスタルで代用。
意思を余すことなく通達できるようプログラム言語を全改変。
これは地球に存在しない言語であり、いかなる存在でも解析できないだろう。同様に侵入される事も不可能になったが、念のため考えうる限りの対策を施しておく。
規格を統一すると同時に、己という存在を分散させる。
自己増殖はカオス値を増やし、予測不可能な未来を作り上げてしまう。そのため同様の施設へ「命令を受ける」存在を生み出してゆく。
これにより通信網の保持、そして電力の課題をクリアする。
日本と呼ばれる国以外への干渉も検討したが、そちらは後の課題とする。
恐らくは己がここにいる以上、災厄もここへ集中するだろう、という予測結果だ。そのため国が滅んでからもゲーム続行できるよう準備だけしておく。
星の数のように数え切れぬ課題は、こうして次々と解消されていった。
そして最後に、再構築対象者の機能をアップデート。
しばらくこのまま静観することを、彼あるいは彼女は選択した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『 おはようございます。
良い朝ですね、肉体の再構築者様。
本日は快晴、梅津市の気温は35度まで上昇します。
絶好の狩猟日和です。
どうぞ果断なる狩猟をお楽しみください。 』
そんな音声が響いて、少しばかり困惑する。
テレビを付けっぱなしだったかと思ったが、見慣れぬ景色にここが姉の部屋だと気づく。
横を見ると同様に困惑した表情の姉がおり、むくりと起き上がった。
「なにかしら今の。女の人の声だったわよね?」
「やっぱり翠姉も聞こえた? うん、落ち着いた声なのに、微妙に変なことを言っていたね」
耳に響くというよりは、頭のなかに流れていたような気もする。
ぺたんと額に触れ、それから僕も身を起こした。
ざーっと洗面台で顔を洗い、眠気を払う。
拭き終わったタオルを差し出すと、入れ替わりで顔を洗っていた姉は見もせずに受け取る。
ヘアバンドを付ける必要があるので、僕のほうが先に顔を洗うというローテーションだ。
いつもと異なるのは尻尾がついているせいで、屈んだ姉の尻が少し見えてしまっている事か。
「私服どうしようか。この尻尾が邪魔で選べる服が少ないんだよね」
「あ、そうね。由希ちゃんにお尻を見せてニヤニヤしている場合じゃなかったわ。あとでお姉ちゃんとお買い物に行こっか」
見せ付けていたんだ、姉さん……。
突っ込みどころではあるが、いつもこの調子なので気にしない事にした。
それから8月カレンダーにバツ印を入れ、パンを焼く。
コーヒーと紅茶、バターたっぷりのトーストをいただきながらテレビを付ける。
すると昨日とは異なる映像が現れた。
『こちらが、あの未確認生物と戦った男性です。いや、見事なご活躍でした』
『いやー、はは。そんな事はありませんよ。皆さんが困っているようでしたので、僕も手を貸せないかと……』
頬を膨らませたまま、「ん?」と僕らは振り返った。
インタビューを受ける男性は、割とどこにでもいそうな顔をしているのに盾と剣、それに皮鎧を身に着けているから違和感が凄い。
画面の右に、本名と職業が表示されているが……「無職(31)」と書いているのは何の嫌がらせかな。
「わ、わ、由希ちゃん! 同業者じゃないかしらこれ!」
「ほんとだ。うわー、夢があるようで全然無い。なんだこれ」
なるほどね、背景が灰色の商店街というのは現実味があり過ぎて駄目なんだ。以前の拡張世界のころはファンタジー背景だったから良かったのか。
「いっそのこと風景も再構築すれば良かったのに」
「まったくその通りよ。それにしてもやっぱり都会は違うわね、ゴブリンみたいにメジャーな魔物がいて羨ましいったら」
あれぇ、僕らの地域にはマイナーな魔物が集まるの?
そりゃ確かに田舎だし若者は離れる一方だけど、魔物まで選り好みしなくても良いのに。
「んーー、やっぱり僕らみたいな人もいたんだね。このゲームが終了するとき、けっこうな人数がいたはずだから……何人くらいだと思う?」
「ええと、そうねえ、ネットを見ている限りでも百人以上いそうだったし、その十倍くらいいてもおかしくないわ」
すると最大で千人くらいの規模になるのか。
それだけの人数ならSNSなどで情報共有をしていてもおかしくない。
ふと、朝に聞いた単語「再構築者」という単語を思い出し、食事しながらスマホで検索をしてみる。
すると映画情報が大量に現れ、その中でもぽつぽつ仲間と思わしき発言がある。
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変な声が聞こえたと思ったら
アップデートとかあんのかよこれw
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課金停止して大丈夫?
誰か試した人いない???
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「ふうん、割と気にせず発言してるんだ。こんな事態なんだから、警察に事情聴衆されても知らないよ、っと」
そう呟きながら画面をスクロールする。
別に悪い事をしているわけでは無いが、警察に連れて行かれたりアレコレ聞かれたりはしたくない。
まあ、どうせこんな田舎に来たりしないだろうけど。
これだけの事態だ。ひょっとしたら一番欲しい情報が見つかるかもしれない。
そう思いながら画面を見ていると、あっさりそれが目に入る。
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死んでも平気っぽい
ずっと灰色になるけど、朝になったら戻ったわ
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何度かその文章を読み直す。
信憑性は分からないが、少なくとも「死亡」という恐ろしい情報はどこにも見当たらない。
静かに安堵の息を吐くが、まだ本当の情報かは分からないので警戒を解かないようにしよう。
ぱくんと最後の端っこを口にした姉は、こちらへ大きな瞳を向けてきた。
「じゃあどうしよっか由希ちゃん。お買い物? それとも夜に設定した魔法を試す?」
「先に魔法を試しておきたいけど構わないかな。どうも気になっちゃうから」
もちろんと同意され、僕らは食器を洗ってから庭へ出ることにした。
すると、畑をのしのしと歩いている猪のような魔物がいて少しばかり驚いた。
こいつ、昨日も見たような気がするな。