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11.就寝

 いま、僕には悩むことが幾つもある。

 この事象が何なのか、あくまでゲームなのかそれとも現実か、同じような境遇の人はいるのか、死んだらどうなるのか、そして最後に魔法使いとしてどう成長をすべきか。


 今はまだ、どれも分からないものだらけだ。

 しかし最後の悩みだけは、いま解決する事ができる。


 暗くなった廊下を歩き、それから「翠ちゃん」と書かれた戸をノックする。すぐに「はーい」と返事があり、僕は遅い時間に姉の部屋を訪れた。


 部屋は薄暗く、ベッドに腰掛けたパジャマ姿の彼女は、拡張世界リビルドの画面を開いていた。青白い光が周囲を照らすなか、歓迎の意味で小さく手を振ってくる。


「やった、いらっしゃい由希ちゃん。お姉ちゃんはもうフラグが立っているから、お泊りイベントはいつでも受け付けているわ」

「ふら、ぐ……? でも遅い時間にごめんね。いくつか聞きたいことがあって」


 ゲーマーである姉の言葉には、ときどき理解できない物が混ざる。戸惑っていると「いらっしゃい」と再び招かれた。


 いそいそベッドへもぐる彼女の隣に、ぽすんと枕を置くと彼女の唇は笑みに変わった。

 この年で姉と眠るなど、気恥ずかしさはかなりある。しかし今夜は聞いておきたい事があるのだからと自分を納得させた。


「翠姉さん、いまはステータスを見ていたの?」

「ええ、欲しい技能に当たりをつけていた所。以前とは幾つか違うみたいだから、空いている時間にチェックしようと思って」


 いつもより近い距離なので、彼女の息も届く。

 ふわりと漂う香りが、どこか甘いのはきっと女性特有のものだろう。いかにも柔らかそうな唇は、以前の姉のものより膨らみがあるように思えた。


「ふふ、何か聞きたい事があるのでしょう? 今夜は幾らでも教えてあげる」


 泣きホクロのある瞳を細め、姉はそう話しかけてきた。

 静まり返った夜のせいか声はどこか透明で、いつもより心地よく耳に響く。


「……翠姉さん、あんなに敵と接近をして怖くないの?」

「ええ、もちろん少しだけ怖いわ。怪我をしたくないし、ヘマをしたらどうなるか分からないから。そうしたら今日みたいに由希ちゃんを怪我させちゃう」


 そうか、彼女が敵を引きつけてくれたおかげで、僕はボーっと見ていられたのか。すごく頑張ってくれていた事にようやく気づいて、姉の瞳を見れなくなった。

 ひとつ息を吸い、天井に向けて話しかける。


「僕も近距離で戦えないかと考えているんだ」

「近距離って……由希ちゃんは魔術師でしょう? 少し変な気がするわ」


 今日一日の戦闘をし、幾つか気になった事がある。

 MPにもよるが連戦になると一戦に一発くらいしか魔法を放てないこと、前線の仲間を気にして発動する機会が少ないこと。

 それはきっと、これからもついて来る課題だと思う。


 先制の魔法は良い。

 あれは戦いの主導権をこちらが握れるという効果もある。

 しかしその後、ボーっと見ている時間をどうにかしたいのだ。


 もうひとつ分かったのは、詠唱は自動的に行われるということ。あれなら近距離で戦いながらも魔法の準備を行える。


「要するに、手を増やしたいんだ。でも全ての能力を上げることは出来ないから、近距離魔術師として成り立つようにして行きたい」


 そう考えを伝え、天井に青白い画面を開く。

 まだ割り振っていないポイントは2つ。そしていま手に入れられる技能候補の欄が広がっている。


「翠姉さんは元々ゲームの経験者だから、この技能が駄目かどうか教えて欲しかったんだ」

「あら、これって……。へえ、はあ、なるほどねぇ」


 形の良い眉を忙しそうに動かし、姉はしばらく悩み続ける。

 いま僕が指差しているのは以下の技能だ。



 《制御:秒読みカウントダウン

 発動まで任意の時間を指定できる。必要コスト1~3。


 《制御:接触タッチ

 手足で触れた箇所に魔法を設置できる。必要コスト1。



 初期に獲得できる技能は1つ。そしてレベルアップによるポイントで獲得できるのがもう1つ。

 今回、僕が取ろうかと悩んでいたのは新たな魔法や威力アップなどではなく、魔法を制御するための物だった。


 これがあれば昼間のように「姉へ当てない」という課題をクリアできる。

 そして先ほど言ったように、ある程度特化させなければ通用しないだろうと考えている。つまり、これからずーっと先まで、今ある技能に特化し続ける必要があるわけだ。


 火炎ファイア秒読みカウントダウン接触タッチ

 この3つに加え、近距離で戦う以上は敏捷とHPも重要になってしまう。するともう他に割り振る余裕も無くなるわけだ。


 正直なところ、決断するのは怖い。

 失敗したら、きっと今日以上に足を引っ張ってしまう。

 そのため一人で決めることなど出来ず、姉の部屋へ訪れたのだ。


 しばし吟味する姉は、ふっと笑みをこぼした。


「安心して良いわ。どちらも思い切り『外れ』よ」

「ええーー……、駄目かあ。ずっと考えたのになぁ」

「うふふ、そういう意味ではないの。さっき由希ちゃんが言ったみたいに、ある程度特化させないと通用しなくなるのは確かよ」


 だから意味も無く「魔法制御」を取得しても、あまり効果が無いらしい。

 しかし、と姉は言葉を続ける。


「この場合は面白いわ。私は魔術師にあまり詳しくないけれど、由希ちゃんらしい合理的な選択だと思う。正直ね、ちょっとわくわくしちゃう」


 おや、意外にも賛成してもらえたらしい。

 こちらは初心者なのだし、てっきり考えの浅さを指摘されるものだとばかり思っていた。思わず安堵の息を吐いてしまう。


 ぎしりとベッドを鳴らし、姉がほんの少し身を寄せてきた。そのまま肩と腰を抱かれ、すこしばかり僕は焦る。

 まつ毛の長い瞳を細め、ふっくらとした唇から囁かれた。


「このゲームで重要なのは威力、敵を選ばない汎用性。そしてもうひとつあるのは何だと思う?」

「なん、でしょうかね……ええと、近いです」

「そうなの。距離感というか互いの相性ね。身も心も私たちは密接だから、これから大活躍する気がしない?」


 実の姉弟なのだから、互いの考えくらいは確かに分かる。しかしこの姿勢とその表情だと、あらぬ誤解を受けかねない。


 さらりと姉は髪をかきあげ、それから同じ枕に頭を乗せてきた。

 覗きこまれる瞳の大きさにドギマギとし、視線を下に逃したけれどそれは失敗だったとすぐに気づく。


 パジャマでも膨らみの分かる胸がすぐそばにあり、察した姉は一番上のボタンを指先ではずす。

 すると、むあっとした甘い匂いと魅惑的な光景が目の前に現れる。

 そして頭上から、光景と同じくらい色気のある声で囁かれた。


「ね、由希ちゃん。おっぱい、触ろっか」


 触りません。

 姉の頬をつねりあげると、しばらく「いふぁいいふぁい~~!」という声が部屋に響いた。


「やぁだもう、由希ちゃんのガードかたいーーっ! ばか、頭でっかち!」


 ぴいぴい泣く姉から、何度となく枕でぶたれたよ。

 これじゃあお泊り会は中止かなぁ……などと思うが、それは姉から断固反対をされてしまった。


 とりあえず技能を取ることは、これで確定した。

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