10.魔法の練習
だんだんとコツが分かってきた。
奴ら魔物が襲ってくる範囲は、相手によるが大体50メートルくらい。その前に魔法詠唱をしておき、いつでも発動できるようにしておく。
詠唱完了から発動まで、大体十秒くらいの猶予がある。これを過ぎたら消滅してしまうので、MPだけ損をする。
いま使える魔法は「火炎」のみで、いずれ増えてゆくらしい。詠唱が終わる前にターゲットとして選択し、そして敵が駆けてきた所を狙って放つ。
動きの素早い者であれば避けられそうだが、対象に向かって誘導されるので身体のどこかに当たる場合が大半だ。
このあたりは毛むくじゃらの敵が多いのか、触れた部分を中心に、ごおっ!と獣毛は燃え上がる。
「由希ちゃん、後はまかせて。行って来るわね」
小さく手を振り、姉が駆けてゆく。
こうなるともう、先ほどのように魔法を誤射しかねないので、僕は突っ立っている役目だ。
詠唱だけを済ませておきたいがMPを無駄にも出来ない。
大体3発くらいは連続で撃てるが、ペース的には一度の戦いで一度放つのが精々だ。
遠くで、狼に似た魔物の胸部が大きく裂ける。
遅れて血しぶきを飛ばすが、勘の良い姉はするりとかわしていた。
たぶん与えたダメージとしては姉が7割、僕が3割くらいか。
理由はもちろん、途中から傍観しているからだ。おまけに怪我をしたのもこちらだけで、手首に傷を負ってしまった。
回復薬を使って治したものの、もう少し活躍できるようになりたいと溜息を吐いてしまう。
「いやーー、すごいね。漫画とかアニメみたいだ」
戦いを終えた姉が戻ってくると、そう後ろから声をかけられる。振り返ると、この畑を管理している農家の方が立っていた。
「助かったよ、すっかり居なくなってくれた。面白いもの見せてもらったから、これ少ないけどお礼ね。美味しいものでも食べてよ」
断ろうか悩んだけれど、僕は受け取ることにした。
畑の手助けをしたのだし、無償で働くと後が面倒にもなりかねない。気軽に何度も呼び出されたりするのは嫌だ。
「ありがたくいただきます。アイスでも買って帰りますね」
「うんうん、そうして。いやしかし、変な時代になったなぁ。化け物がウロつくし、美人の女の子が剣を振り回すようになるとは。君の手品か魔法にもびっくりしたけどさ」
はははと笑われながら、僕らは畑を後にした。
お昼過ぎまで時間をかけ、計12体ほどの魔物を倒せたので僕のレベルは3に、姉は4になった。どれもボアヘッドほどの経験値は無く、倒した数の割りに上がりは遅い。
などと専用画面を眺めながら農道を歩く。
歩きタブレットに近しい光景かもしれないけど、手に持つ必要は無いのでずっと楽だ。
「翠姉さん、このゲームではどれくらいのペースが普通だったの?」
「もちろん人によるわ。腕にもよるし、かけられる時間もそうね。早い人なら10レベルまで一週間くらいと聞くけど、私たちみたいな学生にはちょっとねぇ」
棒つきの氷菓アイスにかじりつきながら姉は答える。
真夏の暑さは盆地だと特に厳しい。先ほどまで身体を動かしていた事もあり、流れる汗を止めるにはちょうど良い。
戦闘を終えた僕らは、あれから戦闘モードを解いてみた。すると外出をしたときの私服に戻り、周囲をウロつく魔物から襲われることも無くなった。
「戦いたい時だけで良いなら気が楽だね。あ、スライムだ」
「あらら、用水路に詰まっちゃってる。ちょっと触りに行きましょう。生のスライムなんて、そうそう見れないわ」
生のスライム……なんか表現が嫌だな。
ぶよんぶよんとした半透明の青は、ちょうどいま食べているアイスに近しい色をしていた。触れてみると弾力があり、多少つついても破れはしない。
「わーー、冷たくて気持ち良い。この中に核があるって本当かしら」
「ほんとだ、触り心地が良いね。へえ、スライムってこうなっているんだ」
ぼよんぼよんと弾力を楽しみ、それから身を起こす。
いま気になっているのは貯まったポイントをどうするかだろう。2レベルアップをしたので能力値に2つ、そして異なる技能をリストから獲得できる。
「翠姉さんは何を強化するの?」
「私はだいたい決まっているかな。刀を目指して突き進みたいわね。由希ちゃんはやっぱり魔法の強化?」
正直なところ、だいぶ迷っている。
このまま魔法使いとして成長をしても良いけれど、姉に当たらないようにするのは至難の技だ。おまけに炎が草木を燃やしかねないので、威力を上げて大丈夫なのかという疑問もある。
「普通のゲームだったら火事のことを心配しなくて良かったのに。どうしようかなあ」
「気にしなくても大丈夫よ、私がかわせば済むわ。それと消火の魔法も覚えるとか?」
「うーん、かわす事で攻撃の手をひとつ損すると思うんだ。理想は僕も翠姉さんと一緒に戦えることだけど……あれ、その顔どうしたの?」
にまにまと口端を緩めている姉に、ほんの少し嫌な予感がする。
「もーー、お姉ちゃんのそばに居たいだなんて。いいのよ、いつでもずっと一緒で。じゃあ今夜から同じベッドで寝ましょ。もう、このお姉ちゃん殺し!」
どすんと横からお尻をぶつけられ、近接戦闘職の補正があったのか、僕はスライムに顔面からダイブした。
もちろん手にしていた棒アイスは、丸ごと彼に食べられてしまったよ。
そして僕のポイントはというと、振り分けをしばらく悩む事にした。
ソファーへ横になり、拡張世界の専用スレッドを覗くことにした。
ここでは不特定多数の者たちが書き込みや閲覧をしており、またある程度の匿名性もあるため好き勝手な文章が多い。
必要な情報を探すには向いていないが、僕らのような人たちもいるのではと探しているところだ。
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ヤバい、女になったw
なんなの俺、ネカマ?
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ざーっと流し読みをしていると、そんな文章を見つけて手が止まる。
その人の書き込みはそれきりで、また流し読みを再開する。
何が起きているんだ、三行で教えてくれ。
宇宙人がついに来た。
世界の終わり。
日本だけに被害が起きている。
米軍基地で化物が捕まったのを見た。
そのような事がずらずらと書かれている。
ニュースで流れていた情報などが入り乱れており、半分以上は騒いで遊んでいるような雰囲気だ。もちろん信憑性は欠片も無い。
事件は拡張世界の影響ではないかという噂が流れており、そのような会話がたくさんされている。
既に専用スレッドを5つほど見て回ったが、なかなか新しい情報は得られない。これで最後にしようと、新しいページを開く。
ここで探そうとするのは間違いだったか。
いるかどうかも分からないし、僕だってあえて情報を出すのは心理的な抵抗がある。もしも同じような境遇の人たちが意見交換をしていたら別だが。
諦めぎみに、ざーっと情報をスライドさせてゆく。
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再構築者は連絡を。
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その一文に、僕の眉間には皺が刻まれる。
ゆっくりと身を起こし、「再構築者」とはそういう意味だろうかと考えながら、いくつか前のスレッドを開く。
匿名性はあるものの、書き込み者にはIDがつく。それとぴったり合う者がいた。
「んーー、少し気になるな」
それは先ほど、ネカマがどうのと書き込みをしていた人物だった。すぐに捨てられるメールアドレスだと思うが、念のためメモを取る。
ちょうどそのとき、キッチンから姉の声が響いた。
「由希ちゃーん、カレーができたわよ。お皿を運んでくれるかしら」
「はーーい。……こっちは少し様子を見ようか」
まるで再構築の夜を知っているような書き込みだ。
ひとまずスマホを閉じると、姉の待つキッチンへ向かうことにした。