01.とある商店エリアの戦闘
新作です。
日本の田舎で、姉と一緒にファンタジーを楽しむ内容となります。
楽しんでいただければ幸いです。
無音のなか、ゆっくりとその人工衛星は青い地球を見下ろしていた。
ソーラーパネルを羽のように伸ばし、機体には宵闇2号というペイントを施されている。
何も無いただ静寂の世界。
あるのは数え切れぬ星たちと、目にも鮮やかな青い地球。
と、そのとき機体から、スパーク状の電気が走った。
しばらく細かな光は機体を覆い、ガスに似たものを周囲に飛ばす。
そしてゆっくりと、本来あるべき軌道から外れて行った。
人知れず電気信号を地上に送りながら、宵闇2号はいずれ燃え尽きるだろう軌道に入り込む。研究チームがその問題に気づいたのは、もう少し後のことだった。
どずん!
岩の塊のような質量、オークの完全武装タイプが二階から降ってきた。
タイルは砕け散り、手にした斧は幾人かの血を吸ったような赤色。威圧感もさることながら、大質量のもたらす迫力に身体は一瞬だけこわばる。
「由季ちゃん 、動きを止めたらいけないわ。連携を開始しましょう」
背後から柔らかな叱咤の声を受け、止まっていた息をようやく吐き出した。
身をかがめた僕の上を、横転するようスカートをはためかせて姉が舞う。タイツに包まれた太ももを見せつけ、彼女の武器である刀を一瞬だけ照明に輝かせて。
大丈夫だ、もう身体は動く。
金属鎧を全身に着ている相手なら、恐らく姉よりも僕のほうがやれるだろう。
やれるというのはつまり、殺れるという意味だ。
持ち上げられた斧は周囲を暗くするほど大きい。
豚人間と揶揄されるオークではあるが、ここまで成長をしてしまい、さらに四本の腕を生やしているのだから異なる存在に思える。
振り下ろされる寸前、僕ら姉弟は左右に散った。
どおん!と地面ごと揺れ、周囲にある商店街のガラスは一斉にひび割れた。当たらなければどうという事は無い、とは言うけれど聞くのと実際にやるのとでは大違いだ。
もしも触れれば、斧の刃に触れた場所は全て切断されてしまう。
流れる汗は止められない。これは正しい反応だ。恐怖というものを抱えるのは生物として正しい。
しかしこの場合は別だろう。
剣と魔法で戦わざるを得ないこの戦場では、身震いする時間さえ与えられない。
ごくりと唾を飲み、それからなるべく冷静に呟いた。
「業炎の罰、LEVELⅢ、詠唱開始……」
ごきん、と姉の刀が脚の装甲に食い込み、火花を残して逃れるように舞う。掴もうとしていたオークの腕は空振りし、その手首へとアニメのような円形の斬撃エフェクトを散らす。
あの【一閃】と呼ばれた技は、姉の得意技だ。
触れたものを即時に斬り、かつ戻すまでが短いため隙は少ない。しかしそれでも装甲の一部を破壊するのみで、最上位オークはまるでひるまない。
丸太のようなコブシが視界いっぱいに広がり、死の予感を覚えつつも僕は地を這うようにしてかわす。
先ほどの衝撃で破壊された床には無数のヒビ割れがあり、瓦礫が散乱している。押し当てた僕の手を中心に、埃は周囲へと吹き飛ばされた。
燐光を残し、先ほどの詠唱が形になりつつあった。
手のひらの上で炎は踊り、やがて白銀に近しい輝きへと変わる。
詠唱完了の案内を確認し――限界いっぱいまでの速度を出した。
奴の腕の下を駆け、目前には金属の壁と思えるオークの胴体。膝の辺りを蹴って真上に跳躍するや、横合いからのパンチを予測して反転。
ここは近すぎて斧の間合いではないし、直接攻撃をしてくると読んでいた。ゴウ!と眼下を流れてゆく丸太のような腕を、しかし僕は思い切って触れてみた。
ビーーッ! ビーーッ! ビーーッ!
危険状態を表すアラートは無視する。
これは異常な遠心力を受けていることを伝えており、先ほどあえて猛スピードの腕に接触したことが原因だ。
僕の身体は一気に真横への回転をする。これは生身の人間では決して耐えられない遠心力であり、良くて気絶、落下して打ち所が悪ければ死も見える。
しかしこれは現実であり、かつゲームだ。
このまま、ゼロ距離魔術を叩き込んでやろう。
僕らしからぬ獰猛な笑みを浮かべ、伸ばした足をオークの首筋へと叩き込む。どん、という十分な衝撃があり、わずかにオークの巨体はヨロめく。
その瞬間、落ち着いた女性の声が頭のなかに響いた。
『 業炎の罰を起動。
発動条件のインパクトを180%達成しました。
ボーナスとして威力は80%増になります。
起爆はカウン…… 』
「3秒後に起爆! 急いでッ!」
叫ぶよう案内者に返事をすると、同時に最上位豚人間の巨体はさらにぐらりと傾げる。
見れば姉の一閃により、脚を分断していたようだ。先ほど叫んだのは爆発を彼女に伝えるためもあったが、予想以上の良い連携に驚く。
どずん!と尻餅をつく格好で魔物は転び――そしてカウントゼロを迎えた。
ぐしゃっ!
オークの装甲は側頭部から肩にかけて歪み、衝撃により金属鎧の隙間から血を吐き出させる。続いて、黒い炎が空気を吸いながら鎧の内部まで荒れ狂った。
「ちょっと由季ちゃん 、やりすぎ……うぶっ!」
どおお!という激しい爆発に、僕らは顔をかばいながら吹き飛ばされた。
視界の端に映る、数体の敵増援を眺めながら。
いまのをあと何回できる?
すたん、と猫のように僕らは壁へ着地をし、思考はより透明さを増した。
…………………………。
………………。
……。
がくんと頭が揺れ、思わず「ふがり」と変な声を出してしまう。
夕方のまだ明るい時間。
いつの間にか自室の勉強机に腰掛けたまま眠っていたらしい。
今のは随分リアルな夢だった、などと思いながら僕は欠伸を噛み殺した。
なぜだろう、とても長く眠っていたような気がする。