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01 引越前夜


 春休みも半ばを過ぎたころ。


 夕焼けが差し込む私の部屋はすっかりと綺麗に片付いており、部屋の隅には小さく纏められた段ボールが2つほど。3日前まではあれだけ雑多だった私の部屋も、明日には使う者が誰もいない物置と化すのだろう。

 生まれ育って12年余り。

 思い出深い我が家も、今日まで。



 両親が、離婚した。



 私が中学に上がる頃合いを見計らって、母が父に別れを告げたのだ。

 理由は、分からない。

 おそらくそれ(・・)を尋ねたとしても、私が「子供だから」と教えてはくれないだろう。

 私の両親は、そう言う親だ。


 別に、私としてもそんなに興味のある話ではなかった。


 確かに、最初に話を聞かされた時は驚いたものだ。

 このご時世、離婚はさほど珍しくないことだとしても、まさか我が家が……とは露程にも思ってはいなかった。


 でも、よくよく考えてみれば妥当な事でもある。

 父も母も仕事が形を成したような人で、家に帰るのはお互いいつも夜深く。

 夕食を両親と揃って食べたことなどほとんどない。

 離婚を告げられて初めて「ああ、この家は冷え切っていたんだな」って実感することができた。


 とは言え、流石に慣れ親しんだ家を出るのには抵抗もあった。

 私は母について行き、ここから3駅は離れたマンションへと引っ越すこととなる。

 当然、当初入学する予定だった中学校とは学区が異なる。

 仲のいい友達だって、そこそこいた。

 それがお別れも満足にできないままの転校なのだから、困惑もする。


 だけど。


 それに加えて発した母の一言は。


 私がこの家を離れ、母について行くことを決心づけさせたのだ。




「お兄ちゃんは、お父さんとここに残ることになるの」






 ―――私には一人、兄がいる。


 私の3つ年上、16歳。身長は185cmほどのモデル体型。マッシュヘアが良く似合う、線の細いイケメン。それでいて文武両道。

 なんというか、まあ、呆れるほどに完璧な人間様である。


 そしてそんな御伽噺の住人のような兄に対し、おなじ血を分けているハズの私は。

 チビで器量もよろしくはない。学業も、運動も、中の下と言っていい。


 ……だから、であろうか。


 私は兄の事が、昔から嫌いでたまらなかったし―――、

 故に“この息苦しい家から抜け出せるのではないか”という期待が、自身の両親の離婚を是とさせた。


 どうやら私は、チビで器量もよろしくなければ。


 性格もまた、よろしくないようだ。



◇◇◇◇

 


 私には、負けず嫌いの()がある。


 自身の、腰まではあろう長い髪の毛も、またその一つだ。

 私は、昔から兄に勝とうとしていた。


 本当に、本当に昔から、それこそ物心付いた頃からと言っていいのかもしれない。

 だから、まだ分別もロクに付かない幼少時代は、事あるごとに兄に食って掛かったし、その行為自身が私を私たらしめたというのも過言ではない。


 両親は、出来が違い過ぎる私たち兄妹を比較することはほとんどなかった。

 それは、父母としてとても理想的なように見えて、しかして実態は、とても残酷な事なのだ。


 とかく、無味乾燥なこの家で、誰かに構ってもらいたくて。

 私は、どこかで逆らう対象を欲していた。

 ……それが、兄が相手だったとしても。


 私はいつしか兄を「あにき」と呼んだ。少しでも対等であろうとして見せた。

 髪の長さのような些細なことですら争ってみせた。

 今思えば、まったく子供じみている。

 そしてそれは、きっと今だってそうだ。


 自身でこの長い髪をまともに結う事すらできなくなったのは、まさしく皮肉であろう。

 気付けば、私は長い髪を“嫌いであるはずの兄”に結ってもらうのが日課となっていたのだから。


 でも、それも今日までだ。


「千景、本当に切ってしまうのかい?」


 リビングのチェアに腰かけた私の後ろから、通った声が耳に入る。

 さらり、と髪を撫でられながら、どこか悲し気に問いかけられた。


「……あにきだってせいせいするんでしょ?」


「しないさ。毎日こうやって千景の髪を結うのも、好きでやっているワケだからね」


 よくも言えたものだ。


 兄に私の髪を結ってもらうようになって3年。

 私はこうやって毎日かかさず、兄の時間を1時間近く奪っている。

 お風呂から上がるなり、バスタオルで水気を取り、ドライヤーで髪を乾かし、髪を編み込みハーフアップにする。

 これらの行為を、全て兄に任せているのだ。


 両親が遅くまで帰らず、よくできた兄と二人きりの家は心底窮屈ではあったが。


 それでも、この時間だけは“私が兄に勝てた”という絶対的な優越感を齎してくれるので嫌いではない。


 こんな主従行為を兄は好きでやっているとのたまうのだ。全く以て滑稽である。

 兄の自尊心が、妹の前では仮面を被り続けようと無理をしているのか。

 はたまた、本当に好きでやっているのかは分からないが。


 それでも、私の悪心を知らずして献身に及ぶ兄の姿は。

 いつだって私の眼には敗者の姿に映るのだった。


「明日切りに行くから、べつに今日は編まなくてもいいのに……」


「まあまあ、そう言わないでよ。千景の髪を結ってあげるのもこれが最後だと思うと、色々感慨深くなってしまうなあ」


「感慨深く……?」


「そう、感慨深くなってしまうよ。昔はさ、俺に触られるのも嫌がってた千景がこうやって俺に身を預けてくれるようになったんだ。少しはお兄ちゃんらしく、できたのかなって」


 馬鹿馬鹿しい。


「……そうだね。数少ないあにきらしいポイントなんじゃない?」


「そっか、それはよかった」


 私には、兄の考えている事は分からない。

 その言葉が本心かどうかなんてのを、私に判断する術はない。


 だって兄は、私よりも完璧な人間なのだから。


 だからこそ、この虚な“平凡な兄妹のやり取り”を兄が続けたいと思っているうちは。


 まあ、続けてやってあげもいいかな、と。

 そう、思えて仕方がないのだ。


 ……本当に、本当に不思議な事である。




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