見るからに怪しい人とは目を合わせてはいけない。
異世界転生───それは、言葉のとおり、異世界へ転生し、現代とは異なる生活、主に魔法やドラゴン、空飛ぶガイコツなどがいるようなファンタジーな世界で戦闘や何度も死んだりする生活を送るという小説や漫画、テレビアニメのジャンルのひとつである。まぁ現実的に考えてみれば異世界に転生することが可能かどうかなんて微塵も分からないし、そもそも異世界があるかどうかすらも分からない。それに輪廻の輪を飽きもせずにグルグルと回り続けている人間でさえ前世の記憶が無いのだから、仮に転生したとしても異世界を異世界と思わないだろう。簡単に言うならば、この世界と異なる世界に転じ生を受けたとしても、まるで雛が初めて見たものを親だと思い込むのと同じように、その世界を『元から存在する普通の世界』として認識するだろうということだ。まぁ現実的に考えてたら埒があかない。故に、小説などでは『この世界で死んだ人間が肉体や記憶を失わずそのまま異世界へ転生する』というパターンが一般化している。ネットの噂によると、一昔前は「俺、最強!!」といった感じでチート能力で無双するというある意味爽快感MAXなモノが流行っていたらしいが、最近は「俺、最弱!!」といった感じの地味にリアルなモノが流行っているらしい。まったく、時代の変化は早いものだ。
さて、自問自答だ。仮に俺が自らの肉体、記憶を失わず、なんの能力も持たずにファンタジーな異世界に転生したらどうなるだろうか。前提として、その世界は言葉が通じないとしよう。人間と動物の違いというのは「服の着用」と「言語の有無」だと俺は思う。そのため、言葉が通じなければ、良くて笑い者、悪くて珍しいサルとして見られるだろう。最悪の場合、街や村から追い出されて、野を歩いているうちに野生の生物に襲われて死ぬか、或いはどれが食べれるのか分からず餓死してしまうだろう。その話が小説ならば、多分十中八九100ページもいかない内に終わってしまうだろう。ならば逆に、言葉が通じる世界だったとしよう。俺は周囲の人々に話を聞きながら歩き回るに違いない。そして自分がいた世界で全く聞いたことの無い地名や人名に混乱し、周りの人々と違う服装も手伝って変人奇人扱いされるだろう。さらに言えば、当たり前の事だがその世界の金も持ち合わせていない。一文無しである。心優しい人がいれば、もしかしたら金を恵んでくれるかもしれない。或いは仕事や寝床をくれるような人もいるかもしれない。しかし、そんな人がいなかったら?悪人しかいないような街だったら?結局、言葉が通じない状態と同じような結末になってしまう。嗚呼、異世界転生とはなんと恐ろしい物事なのだろうか。仮に俺が水洗便所に流されたり、トラックに轢かれたと思い込んでショック死したりするようなことがあっても、絶対に異世界転生しないように今日から毎日祈ることにしよう。
さて、ここまで長々と思考してきたが、ここからが本題だ。
「聞いてるのか貴様!ここはどの大陸だ!ルクシュテミツの谷はどの方角だ!」
俺の胸ぐらを掴み、唾を散らしながら怒鳴っている目の前の鎧の男は、はたして異世界転生者なのだろうか?