表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

隣の席の青春

作者: 世野口秀


 隣の席の裕子ちゃんは、宇宙人だ。

 でも誰も知らなくて、それはボクだけが知っている、いや気付いていることで、つまり逆に言えば誰も気付かないんだ、裕子ちゃんの頭から生えている緑色の触手に。

「壮太君、どうしたの?」

 裕子ちゃんのウネウネ動く触手を見ていたら、彼女の方から声を掛けられてしまった。

 しまった、どうしよう。

 今のところはまだ、『ボクが裕子ちゃんは宇宙人だと気付いていること』には気付かれていないはずだけど、気付かれたらどうなるか分からない。

「あ、いや! えっと……髪にゴミがついてるよ」

「え? 何処かな? あ、なら壮太君が取ってくれないかな?」

 裕子ちゃんはそう言ってボクに向けて、軽く頭を差し出すようにして椅子の向きを変え、頭を下げた。もちろん髪にゴミなんて付いていないが、ボクは咄嗟に自分の制服のシャツに付いていた糸くずを取り、彼女の頭に軽く触れた。

「ほら、取れたよ」

 そう言ってボクが糸くずを裕子ちゃんに見せると、彼女は「わあ! ありがとう!」と満足そうに笑った。

 屈託なく笑う彼女の笑顔は眩しくて、ボクは彼女が宇宙人であるということを忘れてドキッとしてしまう。

 危ない、危ない。中学二年生の男子にその笑顔は卑怯だ。

これで彼女が優しい宇宙人だったら まだ良かったのかもしれないけれど、ボクは中学一年生の時に聞いてしまったのだ。

 裕子ちゃんが学校の裏庭で、無線機のようなものを手にして、

「はい、必ずや地球の全生物を支配下に置き 我々がこの惑星を支配します!」

 と言っていたのを。どんなに可愛くても、裕子ちゃんは人類の敵なんだ。

 気を付けないと。

「ねえねえ、壮太君! 聞いて欲しい話があるの! 実は最近、伯父さんが子猫を飼い始めたの! その子がね、とっても可愛いのよ!」

 などと思っていたのに、裕子ちゃんはニコニコと微笑みながら世間話を始めた。優しくて明るくて、可愛い裕子ちゃんはいわゆるクラスのマドンナというやつだ。

 実際、ボクが裕子ちゃんの隣の席に決まった時、他の男子は口々に羨ましがっていたし、ボクだって裕子ちゃんが宇宙人でなかったら そのまま恋に落ちていたかもしれない。

 でも、地球を狙う宇宙人相手に恋するわけにはいかない。

「ねえ! 聞いているの!? 壮太君!」

 ボクがぼんやりしていると、裕子ちゃんはふくれっ面でそんなことを言ってきた。だけど、そんな怒った顔も可愛らしくて。

「ああ、うん。ちゃんと聞いてるって」

 なんて、情けない言葉を返してしまう。

 だけど、そんな情けないボクを相手にしても。

「えへへ! 聞いてるんだったらいいよ!」

 そう笑う彼女の笑みは特別なものの気がして、ついついボクは裕子ちゃんが宇宙人だということを忘れてしまいそうになる。ああ、ちょっと可愛いだけでこんなことになってしまうなんて。

 馬鹿! 青春の馬鹿!!

 だが、ふと振り返ってみるとボクは前々から裕子ちゃんには よく話しかけられる。一体いつの頃だろうか、彼女に話しかけられるようになったのは。

 それはやっぱり、ボクが初めて彼女に出会い 彼女が宇宙人だと気づいた、あの日のことなのだろう。


「ああ、どうしよ! どうしよう!!」

 中学校の入学式の帰り道、ボクは一人の女の子が困っているところに出くわした。彼女は近くの茂みに何かを落としてしまったのか、酷く困惑していた。

 それは今にも泣きそうな顔で、ボクは彼女をそのままにしていてはいけないような、そんな気持ちにさせられて、つい言ってしまった。

「あの、探しものでしたら 手伝いましょうか?」

「……良いの?」

「はい。もちろん」

 ボクはそれから、彼女と一緒になって探し物をした。彼女の落し物はとても小さな金色のものらしく、あたりが暗くなるまでボクらは探し物をしていた。

「……ぐすっ」

 あまりにも見つからなくて、彼女は泣きべそをかいていた。

 でも、僕は彼女の泣き顔を見るのが嫌で、黙ってずっと探し物をしていた。

 だから、やっと街灯の光を浴びて光り輝く小さな指輪のようなものを見つけた時には大喜びで彼女に渡した。

「ねえ! これじゃない!?」

「……あった。あった! ありがとう!! やったぁ!! もう見つからないかと思ってた!! ……本当に、本当にありがとう!! 大事な人に貰った、大事なものだったの!!」

 彼女は泣き笑いのような表情で喜んでいて、それがボクには何だかとっても嬉しかったのだけど、しかしそれ以上に。

 彼女の頭からひょっこり起き上がった緑色の触手に驚きを隠せないでいた。

「ねえ! 君の名前は?」

「え……? ああ、壮太だよ」

「そっか! 私ね、裕子っていうの! 本当にありがとう、壮太君!!」

 それがボクと裕子ちゃんの出会いで、彼女が宇宙人だと気付いた切っ掛けだった。


 僕には彼女の触手がはっきりと見えているけど、でも周りの人はそうでもないらしい。

「はーい、じゃあ皆! 気をつけて帰るんだぞ!!」

 帰りのホームルームが終わっても、裕子ちゃんの触手には誰も目を向けていなかった。

 だけど それは何時ものことだ。だから僕もいつものように帰りの支度を整える。

「あ、あのね。壮太君」

 だけど今日は、帰る前に裕子ちゃんに声を掛けられた。

どうしよう。いい加減に『ボクが気付いていること』に気が付かれてしまったのか、もしそうならボクはどうなるんだ。

と 思って動揺していたが、しかし違ったらしい。

 彼女は何やらモジモジと言いにくそうにして、顔を赤らめていた。

「えっと、どうしたの?」

「あ、あのね……。その……」

「裕子ちゃん! 一緒に帰ろ!!」

 しかしそこで、別のクラスの女子グループが裕子ちゃんに声を掛けた。少し迷っていたが、結局 裕子ちゃんは女子たちに「分かった! すぐに行くね!」と返してカバンに荷物をまとめると、

「何でもないよ! バイバイ壮太君!!」

 裕子ちゃんはそう言って元気に駆け出し、友人の女の子達と一緒に帰っていった。

 何を言おうとしていたのだろうか、まあ何でもいいや。

 今日はボクが日直の日なので、学級日誌を書いて先生に提出してから帰らなくてはいけないのだ。さっさと終わらせて帰ろう。

 友人たちには先に帰ってもらい、ボクはさっさと日誌を書き終えると職員室に行って先生に日誌を提出する。

 そして教室に戻った僕は、自分のカバンを担いで自宅に帰ろうとした。

 が、その際に裕子ちゃんの席の下に何やら光り輝くものが見えた。

「何だろう?」

 拾ってみるとそれは、裕子ちゃんの指輪だった。

 どうしたものか。裕子ちゃんはもう帰ってしまったし、明日でも良いだろうか。どうせ学校でまた会うのだし。

 だけど、そんな僕の脳裏によぎったのは あの時の裕子ちゃんの泣き顔だった。

「……大事なものなら、もっと大事に持っていてよ!!」

 ボクは慌てて駐輪場に向かった。


「裕子ちゃん!!」

 ボクが声を掛けると、彼女は驚いたように振り返った。

以前、たまたま裕子ちゃんの家の大まかな場所を聞いたことがあったので、多少 迷いつつも彼女の後姿を見つけることが出来た。

「どうしたの!? 壮太君!」

「こ……これ!」

 荒く息をしながら ボクはポケットから小さな指輪を取り出し、彼女に渡した。指輪を受け取った裕子ちゃんは目を丸くしていた。

「わざわざ持ってきてくれたの!?」

「大事な……モノなんでしょ?」

 ボクがそう言うと、彼女は何故だか泣きそうになった。でも、やがて何時ものような朗らかな笑みを浮かべて言った。

「ありがとう、壮太君。また、助けられちゃったね」

 夕日をバックにした裕子ちゃんはやっぱり可愛くて、ボクの胸は高鳴った。あまりにも落ち着かなくて、ボクは「じゃ、じゃあ! それだけだから!」なんてぶっきらぼうに返して、自転車を漕いで今度こそ帰路についた。

 ああ、彼女は宇宙人なのに。

 そんなことは分かっているのに、ときめいてしまうなんて。

 本当に青春の馬鹿。


 自転車を漕ぐ壮太君の後姿を見ていると、私は幸せになれる。

 優しい彼のお陰で、それだけで私は幸せになれる。

それだけで、私はときめいてしまう。

 もしかしたら、気付いてくれるかな――そんな淡い期待を込めて、とても大事な子のリングを落としてみたけれど、やっぱり彼は気付いてくれた。

 あなたは、私の特別な人。

 私のことを二回も――いや、あの日のことを含めれば三回も私を助けてくれた恩人の、壮太君。

 私はつい、壮太君の方に目を向けてしまう。いや、もっと正確に言うのなら。

 壮太君の頭から力なく垂れさがる緑色の触手に、目を向けてしまう。

 本当に彼は何時だって優しい。

 宇宙船が故障して、地球に不時着した際には私を庇ってくれた。でもその所為で、彼は自分の記憶を無くした。

そう つまりは、私こと裕子の正体が自分の恋人だったユウコリアン=ファンネル=ペンレロだということも忘れ、自分のことを本当に地球人だと思い込んでしまったのだ。

「でも、めげないわ! 壮太君、いえ、ソウタリアン=モヨコペイアン=フェイレロ!! あなたの記憶を取り戻し、そして一緒にこの地球を支配してみせる!」

 私は決意を新たにして、故郷の惑星で貰った『触手飾り用のリング』を握りしめた。

 とりあえず、今度こそ一緒に帰ろうって誘ってみよう。

 宇宙人にも、青春はあるんだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] まさかの落ちがあり、とても面白かったです! 記憶をなくしても裕子ちゃんに惚れ直すのが素敵ですね…(*´ω`*)地球征服、頑張ってほしいです。笑
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ