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月を乞う可愛い男の独白

ヘンリー視点の話になります。

 リリアン殿下に思うところなんて何もなかった。配属された近衛騎士団第三隊の隊長と副隊長がリリアン殿下の専任騎士に命じられたから、必然的に第三隊は殿下付きになった。


 アベル隊長はどうなのか分からないけど、イーサン副隊長なんかは殿下の妹君の妖精姫信者だったから、見るからに不服そうだった。


 殿下の噂は色々ある。見目麗しい王族の中でただ一人毛色の違う事を揶揄するものばかりで、正直聞いていて気分の良いもんじゃない。添え物王女とか出涸らし王女とかそんなんばかりだった。酷いものになると本当に陛下の種なのか、と言ったものさえあった。


 子爵家の三男に過ぎない俺にとって王女なんて言ったらそれだけで天上の存在だ。王城勤めのくせして殿下を蔑ろにする発言をしたやつに、お前に忠誠心はないのかと問い詰めてやりたかった。


 けれどそれは決して殿下を擁護する気持ちからじゃなくて、王族に対する畏敬の念から生じたもの。繰り返すけど、俺に殿下に対して思うことなんてこれっぽっちもなかった。本当に。


 殿下の護衛はすこぶる楽だった。扉の外に控えていれば良いだけなんだから。外出の予定があれば侍女から聞いて隊長か副隊長に交代したり、当番の日は俺も護衛についたり。


 護衛騎士に声をかけることも無く俺たちをいないもののように扱う様に副隊長は眉を顰めた。確かに気分の良いもんじゃなかったけど、相手は王族だ。俺たちなんて歯牙にもかける必要のない身分だし。


 月に一度の公務やたまの茶会の他は自室に閉じこもりきりの殿下になぜ腕の立つ専任騎士を二人もつけたのかと疑問もチラホラ聞こえだした頃に、ベルドガルド帝国との同盟の話があがった。


 殿下はベルドガルド帝国とを繋ぐ方になるのだろう。俄然俺は気を引き締めた。まあ、かと言って俺の仕事は相変わらず数日おきに扉の外に突っ立ってるだけだけど。


 殿下が変わられたのは帝国の皇太子、ガルディクス皇子と引き合わされてからだ。男から見ても凄いなと思うような美貌の皇子。殿下が恋に落ちた事を、周囲はすぐに気付いた。


 交流のために皇子が訪問されると明らかに外出頻度が増える。親に着いて行く子供のように皇子のあとを追い、夜会にも参加されるようになった。笑顔も増えた。単純な俺は、いい変化だなと思った。失礼極まりないけど、あの幸薄そうな殿下の幸せを祈った。


 政略結婚でもその相手を心から想えるのはいいことだ。そう遠くないうちにこの仕事も終わりか。二日酔いの翌日なんかは欠伸しても咎められないし、楽な仕事だったなと殿下付きになってからの一年を振り返る。俺、一度も殿下と目があったことないな。


 皇子と妖精姫が恋仲だと噂が流れたのは同盟の調印と婚約披露を二月後に控えた頃だ。俺の身分じゃ到底参加できない夜会で、二人はダンスを2曲連続踊ったらしい。二人でテラスに出たらしい。二人で庭を散策されたらしい。


 おいおいおい、婚約者の妹に手を出すなんて不誠実すぎるだろ皇子様。と思ったのは俺を含めて少数派らしくて、なぜかこの二人は周囲に好意的に受け止められた。確かに並べば宗教画もかくやというほど神々しく美しい二人だ。


 噂を聞いてまたすぐに自室に閉じこもるかと思われた殿下だったが、気丈に振舞われていた。意外だな、と思った。







「なんか、リリアン殿下変わられた?」


 朝の混み合う食堂でそう切り出したのは同僚で、どうやら皆も思ってたのか口々に殿下の変化をあげていた。


「思った思った!昨日なんて部屋から笑い声聞こえてきてさ。」


 殿下はまた変わられた。しかも以前の比じゃない。散策に出掛けて心底楽しそうに笑うらしい。俺はまだその変化を見てなくて、今日が当番の日だ。この時俺は全く予想してなかった。ただ楽な仕事だったのに、殿下の護衛を心待ちにする日がくるなんて。


 殿下は変わった。侍女とおしゃべりしてはよく笑い、年頃の娘らしく着飾るようになった。おしゃべりの内容はほとんど流行だとか美容だとか噂話ばかりで、軽薄っちゃ軽薄な内容だと思う。副隊長なんて側で聞きながら物凄く嫌そうにしてた。


 でも今までの殿下を思うと、愛のない結婚を前にしてこういう気の紛らわし方も必要だと思った。商人の出入りが増えて、日に日に殿下は花が綻ぶように綺麗になっていった。


 一度、侍女との微笑ましいやり取りについ笑ってしまい、名前を聞かれてしまった。挑発的な目で見上げられてちょっとドギマギした。くそう、十も下の王女様相手に何してんだ、俺は。


 いや、殿下ってば本当に変わりすぎだろう。お陰で第三隊に崇拝者まで現れる始末だ。お前ら、前まで幽霊王女とか言ってたくせに。殿下の変化に隊長は面白そうに目を細め、副隊長は苛立たしげに目を細める。


 そういう俺は、殿下と目を合わせられなくなっていた。抜けるように白い肌に柔らかそうな赤い唇、巻かれて風に揺れてぴょんぴょんふわふわ跳ねるかと思えば、下ろしてさらさら流れる髪。


 それらにも心惹かれるけど、あの瞳だ。俺と同じ枯葉みたいな面白みのない茶色のはずなのに、どうしてこうも惹かれるんだろう。あの大きな瞳にはこれでもかと感情がのって煌めいていた。


 それから時折見せる誘ってるかのような扇情的なしぐさ。正真正銘の引きこもりの箱入り王女様なのに、手練れの娼婦も教えを乞いたがるだろうほどだ。赤い唇から覗く薄桃の小さな舌先に、顔が赤くなるのが自分でもわかる。


 そんな馬鹿げた想いを振り払うため、久しぶりに娼館の世話になる事にした。地味で大して特徴のない顔立ちの俺でも、近衛騎士団所属だ。不自由しない程度に恋人はいたが、最近はめっきりだった。いつも通りの手順でいつも通りに女を抱く。脳裏に浮かびそうになる光景を払うのに必死で、結局不完全燃焼で終わった。









 その日、殿下は今までで一番綺麗だった。皇子と共に宮中晩餐会に出席する予定が何故か俺と夜の庭園を散策している。節度ある、けれどいざという時盾になれる距離をあけて前を歩く彼女の背を見つめた。


 満月に照らされて暗闇に浮かび上がる滑らかな肌、ショールを羽織っていないが寒くは無いだろうか。


 殿下のお気に入りのコンサバトリーで、お気に入りのソファに彼女は腰掛けて目を伏せたまま言った。


「皇子様はお姫様をエスコートしたんだって。」


 その声には何の感情もなかった。ただ事実を俺に伝えるだけの。殿下のいうお姫様が、彼女じゃないのは明白だ。ガルディクス皇子に殺意が沸いた。ぐっと堪えて飲み込む。


 え


 殿下の手が俺の手にそっと重ねられた。いけない。そう思うのに身体が強張って動けない。誘導されるまま暖かな頬に触れる。


 いけない。いけない。いけない。これは彼女に破滅をもたらしかねない。けれど、そんな想いは絡んだ瞳に吸い込まれた。


 月だ。今も夜空に輝くまんまるい月。金色に柔らかな光を湛える、何もかも受け入れ包み込む静寂のような瞳。けれど妖しく俺を欲して煌る瞳。彼女は、魔性だ。


 指先に僅かな温かさと痛みを感じ、身体が心が歓喜した。もう、抗えない。


 殿下は秘密が欲しいらしい。それならば、与えよう。命を懸けて秘密を守ろう。露見するようなことがあったら、俺は迷いなくこの喉を掻き切ろう。あなたのために、迷いなく、笑って逝けるのはきっと幸福だ。


 月を捉える術は無い。手を伸ばしたって届かないし、水にうつしたって触れられない。なんて難儀なものにはまっちゃったんだ、俺。


 今だけ堕ちてきてくれた月に、そっと影を落とした。


 いつか殿下がこの場所で読んでいたお姫様と騎士の物語、あれは幸福な結末を迎えたのだろうか。







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