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リリーは皇子様に貞節を誓わ、ない

 最近のあたしはシアさんのドレスばっかり着てる。今までのワードローブのほとんどを入れ替えた。もう着ないものは王都の貧乏教会に寄付するようお願いした。生地はいい奴だし、まだまだ着れるし、王族御用達マダム・ピートーデザインだし?もう紺色とか紺色とか紺色のドレスばっかりだったの。


 シアさんのドレスはあたしの顔立ちを華やかに魅せてくれる。オフホワイトの柔らかなAラインドレスに、平民の間で流行してるビーズを縫い付けものが一番のお気に入り。身頃に色とりどりのビーズの薔薇が咲いている。


 貴族のドレスには宝石や水晶を縫い付けたりするけど、やっぱり高価になりすぎるから所詮ワンポイントなんだよね。


 鏡の前でくるりとターンしてみた。裾がふんわり舞ってラフに散らした後れ毛が揺れる。


「リリー様よくお似合いですよ!すっごく可愛いです!!」


 ぱちぱち手を叩きながらエリンちゃんが褒めてくれた。可愛いでしょ。あたし、ほんのり美王女から結構美王女までステップアップできたでしょ?


 サーシャにツァボライトーー皇子様の瞳に合わせましたよ?ーーのネックレスとピアスを着けて貰って可憐な王女様の出来上がり。


 今日はガルディクス皇子の歓迎晩餐会だ。王族と皇子の交流のためのもの。明日から婚約披露のその日まで毎日どこかしらで舞踏会も予定されている。あたしと皇子はそれ全部に参加しなきゃいけない。10日間毎日だよ?貴族の仕事って社交なのって思っちゃうよね。


 で、身支度終えたあたしはエスコートのためにガルディクス皇子の来訪を自室で待ってるんだけど。約束の時間になっても来ないってどういうことですか。皇子の到着に合わせて遅めにスタート予定の晩餐会だけど、それでもちょっと遅すぎない?お腹空いたー。


 エリンちゃんに一度確認に行って貰い、あたしは待つことにした。嫌な予感がするなぁ。


 気にしてもしょうがないので、サーシャにお茶を淹れてもらった。うーん、いい香り。サーシャの淹れるお茶大好き。


 しばらくすると走ってきたのかうっすら汗をかいて、でも真っ青な顔したエリンちゃんが戻って来た。


「り、リリー様…。あ、あの…。」


 エリンちゃんが涙を堪えながら震える声で続けようとしてる。嫌な予感というやつはやっぱりよく当たる。あたしは立ち上がって彼女を抱きしめて宥めるように背中をポンポン叩いた。


「大丈夫だよ。泣かないで。ね、エリン?私が強いの、知ってるでしょ?話してみて?」


 あたしの行為がエリンちゃんの涙腺を刺激しちゃったのか、エリンちゃんはわんわん泣きながら教えてくれた。


 ガルディクス皇子はアリアンナ殿下をエスコートされて、銀の間では既に晩餐会が恙無く進行しております、と。


 覚悟はしてたのになぁ、それを聞いて心臓が跳ねた。リリーの残留思念なのかなんなのか、あたしの中の澱みたいなのがゆらりと踊った。それを吐き出すように目を閉じてすうと息を吐く。


 いやだな、いやだな。あたし、なんで我慢してるんだろ。顔だけ皇子様に貞節を誓う必要ってあるの?だってあたしだよ?そんな柄じゃなかったよね?


 扉を開けて今日の護衛騎士が誰かを確認する。イーサンとヘンリーだった。


「イーサン、サーシャと共に銀の間に向かいなさい。わたくしは体調が優れないので伏せる旨を大声で伝えて頂戴。その後はイーサンあなたはもう帰っていいわ。」


「御意に。」


「リリー様…。」


 サーシャはあたしを気遣わしげに見て逡巡したが、王女としてのあたしの言葉のとおりイーサンと連れ立った。二人の姿が遠くなってからエリンちゃんを見ると、少し落ち着いたようだ。エリンちゃんのカップを用意して温くなった紅茶を注いだ。開けっ放しの扉からヘンリーが心配そうにこちらを窺っていた。


「エリン、あなたはお茶でも飲んでゆっくりしてて。私は気分転換に夜の庭園を歩いてくるね。」


 着いてこようとするエリンちゃんを押し留めて、戻って来るサーシャに心配しないで部屋で待ってるよう伝言を頼んだ。


「伝言が済んだらエリンも戻って休んでね。ヘンリー、行くよ。」


「あ、あのどちらへ?体調が優れないなら侍医を呼んで参りますが。」


「エリンに言った通り夜のお散歩に行くよ。そうしたら気分も晴れると思うの。今夜は満月だよ?退屈な晩餐会より楽しいと思わない?」


 満面の笑みでそう言えば、彼は目を逸らしてから頷いて着いてきた。最近ヘンリーはあたしを見るとすぐに顔を赤くしちゃって目を逸らすようになっちゃった。かーわいいなぁ。何かは分からないけど、何かが心に沁みるなぁ。でもまだ足りないなぁ。


 月明かりに照らされた庭を二人でゆっくり歩いた。ヘンリーは何も言わない。あたしが歩けば歩くし、あたしが止まればヘンリーも止まる。


 満月の夜は本当に明るい。この明るさは今は邪魔だな。自然と足はいつものコンサバトリーに向かった。ヘンリーが開けてくれた扉をくぐり暗闇に浮かび上がる白い花を愛でた。


 お気に入りの猫足ソファに辿り着いて、浅く腰掛ける。横にヘンリーが立つ。彼は何も言わない。


「皇子様はお姫様をエスコートしたんだって。」


 あたしがそう言えば、短く息を飲む音がした。彼のタコだらけの無骨な手にそっと手を重ねる。ピクリと震えが伝わってくる。可愛い。そっとその手を頬に引き寄せあてて、視線を上げた。


「…瞳が」


 ヘンリーの声が掠れてる。でも彼はまだ動かない。お互いの視線を絡めたまま、彼の指先をかりりと噛んで誘う。


「あたしと秘密をつくって?」


 ふわりとあたしに影が堕ちた。


 リリーはこの男の名前を知らない。リリーはこんなことしない。リリーは皇子様しか愛さない。


 あたしはヘンリーが結構好き。あたしはこういうことが大好き。あたしは皇子様なんて好きじゃない。あたしは、リリーじゃない。


 与えられる快楽に溺れれば、身体を巡っていた澱は、驚くほど簡単にあたしの喘ぎとともに溶けてった。やっぱりあたしはこうでなくちゃ、ね。






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