リリーはマーメイドラインがお気に召さ、ない
毎日お茶しておしゃべりしてご飯たべて昼寝して。散歩してヨガしてサーシャとエリンちゃんに全身磨いてもらって。本契約したシアさんにドレスの注文してシアさんの紹介のワイアット商会からアクセサリーや化粧品を新調して。たまにヘンリーやアベル君と軽く言葉を交わして。
そんな風にゆったり日々を過ごすうちに、あたしのこけ気味だった頬はふっくら丸みを帯びた。女の子は痩せるのは難しくても太るのは簡単なのだ。青白かった肌は艶々してチークがなくても自然にほんのり赤い。毎日蜂蜜を塗り込んだ唇はうるうるつやんとしている。
サーシャに教え込んだ毎晩のリンパマッサージのおかげで前よりもお腹は括れてお尻の角度も上がった。浮腫み知らずで足も顎もすっきりしてるし、何より体が前よりも明らかに軽くなった。
エリンちゃんに毎朝毎晩手入れしてもらった髪の毛は常に天使の輪っかが眩しいくらいだし、長さは変えずに髪の全体量をすいたからか下ろしていても前みたいに暗い印象はない。風に揺れる理想的なストレートヘアだ。
そしてそしてっ!朝昼晩とサーシャとエリンちゃんに胡乱な目で見られても続けてきたバストアップヨガのおかげか、ほんのりおっぱいの質量が増した気がするのだ!体重が増えたのもあるけど、ささやかおっぱいが小さめおっぱいにまで成長した気がするんだ!
最近エリンちゃんに着替えさせて貰うときに微妙におっぱいに視線を感じるの。エリンちゃんもささやかおっぱいだもんね。恥ずかしがらずに一緒にやれば良いのに。
この約半月の生活であたしは陰気王女から横目でチラ見しちゃうほんのり美王女にランクアップしたと思う。散歩する時とかチラチラ視線を感じるようになった。ちなみに異母妹の妖精姫は二度見確実の美王女だ。ハンカチ噛んでいい?
「リリー様、本当にお綺麗になられましたね。最近侍女の間でも評判なんです。私も周りからお手入れ方法についてよく聞かれるようになったんですよー。」
「リリー様は元からお美しかったわ。それに磨きがかかっただけです。」
いやサーシャお姉さん、それは贔屓目が過ぎると思うの。決してお美しいって評される容姿じゃなかったよね、あたし。
今日は母である王妃様に呼ばれている。婚約披露の衣装の確認をするのだ。朝食を済まして準備して向かった。今日の騎士はイーサンとモブ騎士君その4のアリ。モブ騎士君はその10まで名前を覚えたの。ちなみにその1はヘンリーです。
今日も今日とてイーサンの刺すような視線を後頭部に感じる。サーシャの仕入れた噂によると、あたしの変身は概ね城付きの侍女に好意的に受け止められてるんだけど、イーサンとマーサは別だ。
イーサンはあたしが綺麗になればなるほどその視線の温度が厳しくなってく。ストイックなお真面目騎士様は公務もせずに日がな優雅に自分磨きに精を出す王女様がお嫌いのようだ。
そして今までは王女予算にほとんど手を付けなかったのに、最近ばんばん使ってるから女官のマーサの仕事も増えた。そのせいか彼女の視線も日々冷たくなっていく。
あのさ、あたし王女だよ?公務を寄越さないのは国王だし、買い物だってお小遣いの範囲内。今まで無視してきたけど、そろそろ対処しなきゃかな。前世庶民だけど、今のあたしには王女としての矜持がある。…多分。
西翼3階にある王妃の間に入ると、既に十人以上のお針子さんと王妃付きの侍女さんたちが待ち構えていた。イーサン達は部屋には入らず外扉の左右に控える。
「お母様、リリアンが参りました。皆様も本日はよろしくお願いしますね?」
さすがに王女モードで接する。軽やかにスカートを摘んで片足引いて礼をした。
「まあリリー!侍女達の噂には聞いていたけれど、本当に綺麗になったわね。」
「ふふふ、まだまだお母様には負けますわ。」
あたしの母であるシャーロット王妃様はプラチナブロンドの儚げな美女だ。年を重ねてもまだまだお美しい。一体あたし、誰に似たんだろ。
家族であたしを唯一愛してるって断言できるのはこの母だけ。会うのは三週間ぶりだけど、ほら、それはあたし王女だから。王族の家族なんてこんなもんなのです。
「まあ、口も上手くなったわね。体型も変わったかしら。お直し箇所が多そうね、ピートー?」
ずいっと前に出てきたのは肉の塊のようなずんぐりむっくりおばさん。こいつがマダム・ピートー。
「そうですわね。改めて胸部とウェストの採寸をしたほうがようございますね。」
ジロジロ遠慮ない視線で見ないでってば。あたしの出資でシアさんが独立した事におばさんは不満があるらしい。シアさんに小さな嫌がらせとかしてきたんだって。シアさんと仲良くなったサーシャから聞いたけど。だからあたしはこの人嫌いー。
大体さ、美に携わる人間がこんなダラシない体型ってどうなの。なんで王族御用達やってるんだろ。
シアさん作のエンパイアラインのドレスを脱いでスリップ一枚になった。母の侍女さんは口々に髪とか肌を褒めてくれた。嬉しい。そしてやっぱりあたしのおっぱいは成長したらしい。嬉しい。
決めてあったドレスはヴィーナスラインの緑の光沢の美しいドレス。ガルディクス皇子の瞳の色に合わせてある。生地は確かにとっても素敵。金糸の刺繍も素敵。
けどマーメイドラインはないよね。あたしみたいなおっぱいもない、身長もない、メリハリに欠けた薄い体型じゃ着こなすのは難しい。やっぱりピートー、センスないねあんた。今からじゃ他のドレスは間に合わないから着るしかないけど。
仮縫いしてあるドレスを着てお針子さんにぐるりと囲まれた。身体にぴったりフィットするように調整しながら待ち針を打っていく。ピートーの意見は無視してサーシャとエリンちゃん、母のアドバイスでドレープの量だとかいくつか要望を出して最終調整は終わった。
もとのドレスを着てから母とお茶を頂いた。にこにこあたしを見つめて楽しそうにしている。
「リリー、本当に綺麗になったわ。元より思っていたのだけど、私のお祖母様にそっくりだわあなた。この変身はガルディクス皇子のためかしら?女性が恋をすると綺麗になるって本当なのね。」
「お母様ったら、娘をからかわないで下さいませ。これは全部、わたくし自身のためにしたことですわ。」
そうあたしのちやほや薔薇色ライフのためっ。
「そういうことにして置いてあげるわ。5日後にはガルディクス皇子がいらっしゃるのは聞いてるわね?毎日でもお茶やお散歩にお誘いするのよ?これからの長い人生を共に歩む伴侶となるのだから、愛しあえなくとも尊重しあえる関係を築けるよう努力して頂戴ね。約束よ?」
母も異母妹と皇子の噂を知っているのだろう。母の言葉は重い。あたしは素直に頷いた。
母と国王も政略結婚だった。それでも三人の子に恵まれて、仲睦まじく暮らしていた、らしい。オリヴィエが現れるまでは。国王は視察で見初めた彼女をすぐさま側妃に封じ寵愛した。平民でさえなかったらとっくに母は廃されて、彼女が王妃になってたと言われるくらい国王に愛された。
そんなオリヴィエもアリアンナの出産後、産褥熱で呆気なく死んじゃったからあたしは彼女に思うところはない。ただ国王にはイラっとするかな。その後の国王と母の関係は修復される事なく、現在二人は完璧仮面夫婦だ。
ピンクのマカロンを摘みながら思う。あたし、ガルディクス皇子に会ったらどう感じるんだろう。なんにも感じないかな。だってあたしだもん。でももし何かがまだあたしの心に残ってたら。
その時あたし、どうしようかな。