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リリーはダリアを所望することに、した

「アベル様はグルーブリーブ侯爵家の次男で、あの見目麗しさも相俟って大層女性におモテになるんですよ!」


 エリンちゃんがウットリしながらチャラ騎士について教えてくれた。こらこら、櫛を持った手が止まってますよ。


 チャラ騎士ことアベル君は御年22にして近衛騎士第三隊隊長という役付きのエリートさんらしい。金髪碧眼の優しげな容貌でお城の侍女さんや貴族の未亡人、有閑マダムたちをつまみ食いしている狼君とのこと。とっても優秀らしいけど、女好きの噂を国王が忌避してアリアンナ付きじゃなくてあたし付きになったんだろうな。


「私はああいう軽薄そうな方は好かないわ。それよりも副隊長のイーサン様のようながっしりしたお強そうな方の方が安心してリリー様を任せられます。」


 サーシャの推し騎士のキツ目はイーサンといって平民上がりの異例の近衛騎士さんらしい。茶色の短髪に綺麗に筋肉のついた長身、禁欲的に着こなした紺の詰襟の騎士服の上からでもわかる見事な肉体美の持ち主だ。アベル君よりも年上かな。


 あたしの専任騎士は二人で、外出時には必ずどちらかは付く。二人のほかは隊所属のモブ騎士君たちがローテ組んで護衛に付くらしい。昨日はイーサンが付いたから今日はアベル君かな。


 エリンちゃんが髪を丹念に梳いては香油で艶出ししてる間、サーシャに花の汁で爪を染めてもらった。真っ白い長い指の先が薄桃に色付いてとっても素敵。


 この世界ではネイル文化はなくて、マニキュアなんてなかった。だからサーシャに頼んで庭師さんに探して貰ったんだ。仕事中に指とかに付いたらなかなか色が落ちない花はないかって。庭師さんは優秀で、すぐに真っ赤な花を届けてくれた。


 花弁をスリコギでペースト状にして丁寧に指先に乗せて放置すれば、桜貝のような爪の出来上がり。交代して次はあたしがサーシャとエリンちゃんにネイルしてあげた。2人とも喜んでくれた。嬉しい。


「ねえサーシャ、私庭師さんに直接お礼言いたいな。今日もいい天気だしお散歩に行こうよ。」


「庭師に、ですか?西翼の庭園奥のコンサバトリーにいた者に頼みましたので、恐らくそこにいるかと。では、折角ですのでそちらで午前のお茶にしましょうか。」


「わぁい。今日はお茶うけにフルーツがいいな。本も持って行ってゆっくりしよう。」


 エリンちゃんに艶々にしてもらった髪は今日はハーフアップにしてレースのリボンを飾った。予想どおり、扉の前にはアベル君とモブ騎士君がいた。今日もアベル君はきらきらイケメンだ。眼福眼福。


 ガラス越しに太陽光がたっぷり差し込む温室は快適だった。昨日の中庭とは違って色とりどりの花が満開だ。芳香漂う白い花のそばのフカフカの猫足ソファに腰掛ける。


 件の庭師さんはポールという名前のおじさまで、目元に笑い皺が刻まれたなかなか素敵なお人だった。40代?50代かな?年齢不承だな。気に入っちゃった。


「お花をありがとう、ポール。頼んですぐに用意してくれるなんて思わなかった。お仕事の合間で構わないから、これから毎日あなたのお薦めのお花を部屋に届けてくれない?」


「勿体無いお言葉でございます。リリアン殿下。必ずやお届け致しましょう。殿下のお好みを伺っても?」


「ポールにはリリーって呼んでほしいな。気分が明るくなるような花が好き。香りが強い花も好きよ。」


 今のあたしに似合うのは多分野薔薇とか地味目な花なんだろうけど、あたしはそういう花は好きじゃない。温室を見渡せば前世見た花があちらこちらに咲いている。


「あれはダリア?」


「はい、リリー様。お好きでしたら後ほど見繕ってお届け致しましょう。お爪の色に合わせて桃色のダリアをお持ちします。」


 この気遣い、ポールは若い頃にはさぞモテたことだろう。いや、今もモテているに違いない。ポールは仕事に戻っていって、城付きの侍女がテーブルにお茶の用意をしてから下がって行った。


 エリンちゃんがせっせと小さなナイフでオレンジを一房毎に剥き剥きしている。可愛い。陽に暖められた空気が心地良くてにんまりしちゃう。これからもちょくちょくここにお茶しに来よー。


 皿に盛られたオレンジを指先で摘んだ。サーシャがあっと咎める間もなく口に運んだ。唇についた果汁を舌で舐めとりそのまま指先もペロリと小さく舐めた。


「リリー様っ。フォークをお使いくださいませっ。」


「ふふふ、ごめんねぇ。美味しいそうだったからつい。」


 頬を赤くしたサーシャに怒られちゃった。ふふん。あたしの色気にやられたのかな?なーんて。


 フルーツを平らげたあと、ソファの背もたれに深く背中を預ける。持ってきた本を開いた。物語は王道中の王道だった。


 幼い頃から側で守ってくれた騎士と恋に落ちるお花畑に住んでそうなお姫様。不憫な騎士は攫われたお姫様を助けに行ったり、お姫様に政略結婚が持ち上がって苦しんだり。


 パラパラ流し読みして、途中飛ばしたりして結末を先に読んだ。手柄を立てた騎士が陞爵して姫の降嫁を許されてハッピーエンド、めでたしめでたしだった。胸キュンポイントも現代日本人の価値観と相違ないものだったし、あたしは満足して本を閉じた。


「「リリー様…。」」


 サーシャとエリンちゃん二人にジト目で睨まれた。なにゆえ。


「リリー様、その読み方は邪道です…!」


「本当に。作者が泣きますわ。薦めた私も泣きたいです。」


 し、仕方ないじゃない。あたし本読むの苦手なんだもん!推理小説だってあらすじ把握したら結末読んじゃうタイプだもん。


「サ、サーシャお薦めの本だけあって続きが気になりすぎちゃったからだよ!素晴らしい物語だったな。あー。私、お腹が空いたなー。戻ってお昼にしよう、お昼に!」


 ぷっくすくすと抑えて笑う声が聞こえてばっと振り向けば、モブ騎士君が肩を震わせてた。むきー。モブ風情が生意気だっ!


「あなた、名前は?」


 笑われたのが恥ずかしくって、意地悪くモブ騎士君に尋ねると慌てて居住まいを直して右手を拳にして胸にあてた。


「も、申し訳御座いませんでした!近衛騎士団第三隊所属、ヘンリー=フルールと申します!えと、俺、決して殿下を馬鹿にしたわけじゃ」


「そう、ヘンリー。気にしてないからいいよ。この本、あなたに貸してあげる。次会う時にはお茶を飲みながら感想を聞かせてくれない?」


 大抵、モブ騎士君ことヘンリーくらいの十代の脳筋男は恋物語が苦手なハズだ。この王道中の王道のべたべた物語みたいなのは特に。口角を上げて本をヘンリーに押し付けるとあわあわしだした。ちょっと溜飲を下げた。


「リリアン殿下、どうぞこの者をお許しください。そちらの物語は私も一度読んだことがあります。私の感想で宜しければヘンリーの代わりを務めましょう。」


 わ。アベル君の声素敵。顔に似合わず意外と低いんだ。面白がるように目を細めてる。


「ちょっとからかっただけよ。アベルは読んだことがあるのね。ぜひあなたの感想が聞きたいな。」


「口下手な私では、気の利いたことは申せませんが、リリアン殿下にお似合いの美しい物語だと思いました。それに我ら騎士を随分と高潔に書かれているなと。光栄な物語ですね。」


 かっちーん。なんか超超遠回しに馬鹿にされてる…気がする。幼稚な恋物語が似合う夢見がちな王女だって。これはフィクションだからねって。あたし、そこまでアホっぽくみえてるの?


「まあ。謙遜しないで。私、あなたってまるでこの物語から抜け出した騎士みたいに素敵だと思うの。」


 アベル君こそ、お花畑姫に振り回された不憫騎士がお似合いですよー。


 あたしの返答にアベル君は白い歯を見せて声を立てて笑った。きゅん。


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