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リンは攻略が上手くいか、ない

「こんにちはー!」


元気よく挨拶して扉をくぐった。ルークはカウンターでルーペ片手になにやら作業中のようだ。


「リンちゃんいらっしゃ〜い。」


にこやかに片手をあげて歓迎の意をしめしてくれる。そんなあたしの視線は相変わらず目深にフードを被ってカウンターに佇むルドに釘付けだ。


「ルドさんこんにちは!会えて嬉しい。」


駆け寄ったあたしの渾身の笑顔にも、安定の無視で返された。くすん。


「リンちゃん口説いてた俺の前でその笑顔は鬼畜でしょ〜。こんな無愛想なやつはやめて、俺にしなよ〜。」


ルークが拗ねたように口をとがらした。確かにルークはあたしを口説いてたけど、男が本気かどうか分からないほどあたしは初心じゃありませーん。


ルドに胸キュンしてから今日で一週間。毎日ルークのお店に日参した。会えたのは今日で3回目、成果はご覧の通り芳しくない。残り時間はわずかだっていうのにぃ。


「ルドさんってお仕事何してるの?」


「煩い。」


やっぱり素直に答えてはくれないようで、ルークに視線を移す。教えて教えて?


「俺の仕事道具仕入れてくれる友人だよ〜。それ以上は秘密。なんか悔しいしね〜。」


ぐぬぬ。苦戦してるあたしを見て、ルークのチャームポイントの大きめの口が意地悪そうに歪んだ。


「ルークの仕事道具ねぇ。ルークは腕のいい魔術師なんでしょ?城に出仕しようとは思わないの?」


出仕が叶えば、いわば公務員だ。給与も保証されて将来安泰。まぁ国が実は危機的状況の今はアレだけど。


「興味ないなぁ〜。国に雇われた魔術師の主な仕事ってなんだと思う?」


「?便利道具作ることじゃないの?」


国家魔術師たちは王城の敷地内に専用の棟があって、ほとんどがそこに籠っている。あたしも特に興味ないし、詳しい仕事内容なんて知らない。


「まぁそれもあるけど、基本は兵器の研究なんだよね〜。俺、物騒な事嫌いだし合わないんだ。」


ふーん。確かにルークは女の子口説いてる方が似合いそうだ。ってこれじゃ駄目だ。いつもいつもルークとの会話になっちゃう。そして前回ルドはあたしが来ると早々に帰っちゃったのだ。


野性味溢れる無愛想男には天真爛漫イノシシ娘キャラが合うと思ったけど、路線変更かな。


「そうだよね…。兵器なんて全部なくなっちゃえばいいのに。戦争なんて、駄目だよね。」


ちょっぴり俯いて言えば、しんみりした空気が流れた。


「…この国が武力で蹂躙されたとしてもそんなおめでたい事が言えるのか?」


低く肌が粟立つ声に苛立ちが乗っている。好悪はともかく、気は引けたようだ。


「あたしは暴力に暴力で返さなくたっていいと思うの。非暴力不服従、武器がなくたって人は戦えるよ。」


ガンジー様万歳。相手の良心を抉る効果的な剣だ。あつらえ向きに、この世界の宗教は愛を説いている。勿論隣人愛もだ。武器を持たない人たちを虐殺するなんて、洗脳されるかよっぽど精神強くなきゃ出来ない。


「女子供の戯言だな。兵士にあっという間に弾圧されて終わりだ。」


「なあに、ルドさんってば丸腰の相手を躊躇いなく切り殺せちゃう冷血漢だったの?」


「なっ、そんな訳ないだろう!」


「ふふ、知ってる。ルークの友達だもんね。あたしはルドさんがいい人だって勝手に信じてる。」


激昂して立ち上がったルドが、そのままで止まった。


「…なんにも、知らねぇくせに。」


「じゃあ教えてよ、ルドさんのこと。あたしのことも知ってほしい。」


ルドは返事はせずに座り直して、ぷいとあたしから顔を背けた。本当に忌々しいフードめっ。顔を見ずに口説くのは難易度高いんだからねー。


ちょっと調子に乗ってあたしはルドの手を引っ張った。ビクリと引かれたけど、離さない。


「手相見たげる。」


「手相?」


興味深げに聞いて来たのはルーク。君もルドの後に見てあげよう。


「うん、占いの一種だよ。ルドさんの未来を占って進ぜよう。」


合コンでベタベタ相手の手を触るのに、手相占いはうってつけ。大抵男から言われるものだけどね。ルドの手のひらをじっくり見た。ちょっと握り込んで皺を検分する。


人差し指の半ばと小指の付け根にタコがある、分厚い手のひらだ。生命線の根元から中指にかけてカーブする線があった。指で確かめるようにつつつとなぞる。それから小指の下の方に何本かの横線。随分いい手相だ。


「ふむふむ。ルドさんはこれから逆境にも負けずにきっと大きな成功を収めるよ。大逆転して、そして皆に愛される。」


「…何を根拠に。」


「あたしを根拠に。だってあたしルドさん大好きだもん。」


またまたルドはあたしから顔を背けた。照れてくれたなら、嬉しい。


「リンちゃん!俺のも見て見て〜!」


渋々ルドの手を離してルークの手を取る。意外にも、ルークの手もタコがあった。ルークは他の線にぶつかるような障害線が多かった。…苦労人なんだね。そう言えば、隣のルドが初めて笑った。可愛い!


ちょっとだけルドの壁が低くなったかな、と思ったところにドアが開いて来客。振り向いた先にいたのは、いつぞやの孤児院の少年テト坊だった。教会からのお呼び出しというわけだ。そろそろかなとは思っていたけど。はあと大きなため息をついた。


「おねーちゃん、迎えに来たよ。」


可愛らしいアルトの声が、タイムオーバーを知らせる。あたしはテト坊にちょっと待ってもらって、ルドに向き合った。


「あたし帰らなきゃ。最後にさ、ルドさん顔見せて?」


多分これが本当に最後。でも残念なことに、ルドさんはしっしっと追い払うように、あたしに手を振るだけだった。仕方ない、縁がなかったと言うことだ。後ろ髪ひかれつつ、もう一度ため息をついて、あたしはルークの店を後にした。












考えなきゃいけないことが沢山ある。けど、いかんせんあたしは天才じゃない。それに猶予はもうない。サーシャ、今頃どおしてるかなぁ。考えたくもないけど、もしも最悪なことになってたら。そしたらあたし、ぷっつんくるかもしれない。


ふるふる頭を振った。憂鬱な気分を晴らしてくれるのはいつだって男だ。あたしは隣に寝転ぶ皇子様の輪郭を指でなぞった。彼の右腕に頭を乗せて、間近の美貌にうっとりする。あたしたちの物理的な距離は日に日に近づいた。


「くすぐったい。」


くすくす笑いながら不満を口にする皇子様。癒されるー。寄せられる唇を拒否せずに受けた。刹那、目の端に上空できらりと何かが流れた。


「今、流れ星だったよね?ガル、見た?」


「僕はリンしか見てなかった。」


完璧な回答だ。惚れ惚れしちゃう。それにしても残念だ。ちゃんと見てたらお願いごとできたのに。空には雲ひとつなくて満天の星空。月明かりが少し明るいけど、それでも充分綺麗だ。


かつての世界とは違って夜には無駄な光がない。それが今までは少し寂しく感じたけど、こんなに星が輝いて見えるなら良かったのかもしれない。見知った星座は何もなかったけど、東の空を横切るような光の帯があった。


「あそこ、天の川みたい。」


「天の川?」


「うん。どこかの島国の伝説でね、あの川の向かい岸には1年に1回しか川を渡ってじゃないと会えない夫婦が住んでるんだよ。」


二人して仰向けに体勢を変えて、空を見上げた。皇子様はいつもあたしのくだらない話をちゃんと聞いてくれる。そんなところも好ポイントだ。あれ?あたしが誑かされてないかね?


「なぜ一緒に住まないの?片岸に二人で住めばいいのに。」


「初めは一緒に住んでたんだよ?ただ夫も妻も夫婦生活に溺れちゃってね、仕事を放棄したんだ。だから神様が怒っちゃって、二人は引き離されたの。仕事をちゃんとしたら、年に1回は会わせてあげるって。」


「ああ。それなら、仕方ないね。」


皇子様が納得したように頷いた。その反応に、あまりの物分かりのよさに違和感を覚えた。


「そうかな。新婚なら溺れちゃってもしょうがなくない?あたしは新婚休暇を用意しなかった神様が気が利かないなぁって思っちゃう。そのうち二人も飽きたかもしれないのに。」


「リンは本当面白い考え方をするよね。でも僕は義務を背負ってるなら、そもそも溺れるべきじゃなかったんだと思うよ。」


ストイックすぎるでしょー皇子様。もうちょっと肩の力を抜いて緩く生きればいいのに。


「ガル、肩揉んだげる。あなたはちょっと、お固すぎ。人間の義務なんて、面白おかしく幸せに生きることだけでしょ。それ以外はただの仕事、出来なきゃ放り出せばいいし、手一杯なら誰かに振ればいいじゃん。」


うつ伏せにした皇子様の腰をあたしは跨いだ。親指に力を込めて、筋肉の緊張を解きほぐしていく。大分、凝ってるみたい。あたしみたいなおサボり王女とは違って、ちゃんと昼も仕事してるんだろうなー。


「きもちい?」


「…うん。」


ついでに手相も見てあげた。…覇王線にマスカケ線がくっきり。なんかあまりに予想通りすぎて、笑えた。ちょっと悔しくなって、あたしは悪くないんじゃない?としか言えなかった。

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