リリーは生まれ変わることに、した
「サーシャ、私、綺麗になりたい。」
「綺麗に…ですか?」
昨日侍医の診察を終えてから寝て、起きたのはお昼近くだった。サーシャもいつもの時間に起こさずにゆっくり休ませてくれたのだ。感謝感謝。
「そう。私ね、今までの私は昨日死んだと思ってる。これから新しく生きていきたいの。今までみたいに引っ込み思案な地味王女じゃなくて、もっと親しみやすい王女になりたい。だから言葉遣いも少し崩すし、引きこもりも辞める。その決意表明というか…見た目を変えたいの。」
「確かに昨日から少し変わられましたね。以前よりもお言葉も多いし、明るく振舞うのは良いことです。それでは改めまして、リリー様に伝えたい事がございます。サーシャはリリー様が死んだら死にます。ですからリリー様、ご自分をくれぐれも大切になさって下さいね?」
すーごく良い笑顔でサーシャは物騒な事をさらりと言った。サーシャはいつからヤンデレお姉さんになったのかしら…?存在感ゴマ粒王女なあたしをリリーの愛称で呼ぶ人ってサーシャともう亡くなった乳母と母だけ。そんな大事な大事なサーシャが死ぬなんて嫌だ。
「うん。あなたが死んだら私も悲しくて死んじゃうと思う。」
ヤンデレにはヤンデレで返すのがあたし流です。サーシャ可愛いなあ。新しい扉を開いちゃいそうだよ。
「な、なんて事を仰るんですかリリー様!そんな事を他所で仰らないで下さいね!」
この場合の他所とは人がいる所で言うな、なのか他の人に言うな、なのか。顔を真っ赤にして涙目の金髪グラマラス美女に胸キュンが止まらないよー。
「もちろんだよ。サーシャ以外の人をそこまで大切に思うなんてあり得ないから。ねえ、サーシャ。私の今年の予算はあとどの位あるかな?衣装とか持ち物を新調したいと思って。」
「まるっと年間分残っておりますよ。それに今年は婚約披露がございますので特別予算も出ておりますし、明日にでも御用達の仕立屋と宝石屋を呼びましょうか?」
「うん、お願いー。あと香油も欲しいな。サーシャ用にもいくつか新調しようね。楽しみだなあ。」
女の子ですもん、買い物大好きです。王女の年間予算は大体日本円で一千万ほど。婚姻用の特別予算は三千万ほどある。この世界の通貨の単位はギルで、一ギルが約一円になる。今まであたしは慎ましく生きてきたから使い切った事なんてない。なのに予算の翌年への繰越は出来ないんだ。勿体無い事したなあ、今年の分足りるかなあ。
ノックの音と共にあたし付きのもう一人の侍女が昼食のワゴンを運んで来た。
「失礼いたします。お食事をお持ちいたしました。」
現れたのはちんまい小動物のような侍女、エリンちゃんだ。髪と瞳の色もあってリスみたいな子。ちなみにあまり打ち解けていない。リリー人見知りだったし、この子もコミュ力低そうだし。
「ありがとう。今日は気分良くていっぱい食べられそうなの。いつもは控えてた甘味も用意して貰える?生クリームを使ってないものがいいな。」
黒目がちなエリンちゃんの目をちゃんと見て微笑んだ。目を合わせるの、初めてじゃないかな。好感度アップ作戦の第一歩だ。あたし、スイーツは大好きだけど、生クリームはダメなんだよね。食べると胸焼けしちゃう。エリンちゃんは続き部屋の応接間に綺麗に食事を配膳してから、ピョコンとお辞儀して出て行った。可愛い。
さてと。今日の午後は何をしようかな。食事をとりながら考える。ジミーズでネガティヴでヒッキーな王女にはあんまり公務はない。国王もリリーに公務は務まらないってわかってるからか最初から予定に組み込まれていない。たまに孤児院の慰問や、新しい建造物の落成式に参加するくらいで税金泥棒ってやつだ。
しかしここは異世界。うちは絶対王政のため誰かに誹られる事もない。王族が一番偉いんだから。便利な魔法があるとはいえ前世よりは遥かに劣った文明のこの世界。本当、王族に生まれて良かった。そうじゃなきゃやってらんない。
ペロリとエリンちゃん一押しのスイーツまで全部食べきった。今までより随分食べた。この身体は貧相だからね。まずは肉付きをよくしなきゃ。そんで運動だな。よし決めた、庭を散策しよう。でもその前に、食後の紅茶を飲んで食休みだな。親が死んでも食休みって言うくらいだから、すごく大事なことだよね。
結局食休みどころか一時間ほど昼寝をした。気持ち良かった。比較的歩きやすい軽めの黄色いドレスに着替えてエリンちゃんに髪を結ってもらう。
「珍しいですね。リリアン様が髪を上げられるなんて。でもとてもよくお似合いでございます。」
両サイドとトップを編み込んでくるくるまとめ、うなじに後れ毛を残したスタイルだ。あたしの髪の毛はほぼ直毛だから熱した金属棒で後れ毛をくるんと巻くことも怠らない。コテ万歳。エリンちゃんは中々の腕をお持ちのようだ。
鏡で確認してみれば、なかなか可愛い。腰までの茶色い髪は重いし野暮ったく見えて根暗な性格が強調されるような髪型なのに、今まで下ろしてばっかりだったんだよね。今日は白いうなじを存分にアピる。サーシャに言って髪の毛も少し切ってもらおうかな。
「ねえエリン、この髪型すごく素敵。毎日エリンに髪、触ってもらいたいな。これからは私のことリリーって愛称で呼んで?」
あたしは褒めて伸ばす主義なのです!エリンちゃんは勿体無いお言葉ですって顔を赤くしながらも頷いてくれた。可愛い。
サーシャとエリンちゃんと三人で部屋を出ると、扉の前であたしの護衛騎士ズが待っていた。少しチャラ目の優男とキツ目な三白眼の男。今までは気にも留めなかったけど、2人とも顔立ちは整ってて結構なイケメンだ。一礼してからあたしたちの後ろについて、5名様御一行で庭へと向かった。
コの字型の王城には庭園が幾つかある。あたしの私室からは西翼左側の庭園が一番近いけど、今日は身体を動かす目的もあるから正殿の前方にある一番大きな中庭まで歩こうと思う。あたしの足じゃ片道30分かかるけど。
ピカピカに磨かれた大理石の廊下をサーシャとエリンちゃんとお話ししながら歩くのが楽しくて、苦もなく着いた。この広大な中庭には噴水だとか迷路だとかそういう人工的な建造物は殆どない。代わりに風景に溶け込んだ湖と自然に植えられた木々が美しい。点々と存在する東屋やベンチ、または芝生でのんびりできる癒しの庭園だ。
庭は執務棟にあたる東翼で働く者たちにも開放されていて、ベンチで本を読んでいる人もちらほらいた。休憩中の文官かな。あたしたちは葉っぱだけの蔓薔薇のアーチをくぐった先にある東屋で休憩する事にした。
サーシャとエリンちゃんがバスケットに入れていたお茶とお菓子を並べる。お茶を入れている大きめのポットは魔法のポットだ。前世の魔法瓶よりも保温性に優れている。保存の魔法がかかっているんだって。本物の魔法瓶だ。
お茶とお菓子とおしゃべりたっぷりの女子会を心から楽しんだんだけど、私室に戻った時にはすっかり体力切れで疲れちゃった。どれだけ引きこもってたの、リリー。でも足の重さも飛んじゃうほどの収穫もあった。
庭園で、あたしはうなじにピリピリした熱っぽい視線を感じた。やっぱりどの世界でも男は揺れるものに弱いのだ。おっぱいしかり、後れ毛しかり。