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リンは闇夜の邂逅を望ま、ない

 日が落ちかけてあちらこちらのお店が灯りをつけた頃、ルークが迎えにやって来た。鉢植えをしまったりと後片付けは全部ジェイクさんがやってくれて、デートに送り出してくれた。


「ちょっと歩くんだけど、リンちゃん大丈夫〜?」


「うん!むしろ歩いてお腹空かしたいな。」


 ルークはあははと笑ってから、エスコートするみたいにあたしに肘を出した。ちょっと恥じらう振りして躊躇ってから手をかける。黒いシャツにゆったり目のズボン、革のブーツっていうよくある平民の格好なんだけど、どことなく品がある気がする。首に巻かれた革紐のネックレスが色っぽい。


 あたしはリンになってから髪はずっと黒く染めてる。この地域には貴族とか王城勤めの人はほとんどいない。そもそもリリーは知り合いなんてほとんど居なかったし、特にバレる心配はしてない。


 念のため眉の形をちょっと変えて、地味風化粧をしてるけど。灯台下暗しって言うでしょ。まさか姿を消した王女様が城下でのんびりしてるなんて誰も思わないよね。


 ルークに連れられて西へ向かって通りを歩く。商店街や市場を越えたそこは飲食店が多い地区だ。更に西へ行けば歓楽街があって、娼館が建ち並ぶ。そこから先は大きくはないけど、貧民街があるから行かないようにジェイクさんに注意された地区だ。


 仕事終わりのお兄さんやおじさんに、この世界基準ではちょっと露出の多い服をまとったお姉さんが通りに増えてきた。暖かくなってきたから、店の中だけじゃなくて外にテラス席を設けてるお店もある。


 ルークはさりげなくあたしが人にぶつからないように誘導しながら歩いてくれて、とってもスマート。目的のお店は門の両脇に樽が積まれていて、ザ・飲み屋って感じ。ぶら下がった真鍮の看板には西の月亭って彫られている。


「ちょっと女の子口説くような店じゃないんだけど、味は美味しいからね〜。」


 ルークは常連のようで、お店に入ると何人かが手をあげて挨拶をしてきた。そんなに広くはない店内は既に満席近い。内装も実に無骨な感じで、確かに女の子向けじゃないな。けど、居酒屋って感じがしてこういうのも悪くないなと思う。


 取り敢えず一杯目は冷えたエールを注文することにした。メニューはないから、料理はルークのオススメを頼んでもらう。


「リンちゃんはお酒強いの?」


「強くはないんだけど、飲むのは好きだよ。ふわふわして気持ちいいから!」


 あたしの返答にルークは苦笑した。さてさて、お酒を飲むと本性現れるっていうよね。ルークの本性はどんなのかな。


 運ばれた料理はスーリュアには珍しくスパイスをふんだんに使ったものだった。ちょっとB級グルメっぽくてテンションが上がる。ルークのグラスが空きそうなタイミングですかさず瓶からお酒を注いでいく。


「リンちゃんは気遣い屋さんだねぇ。あんまり俺、酔わせたら狼になっちゃうよ?」


「もうルークは冗談ばっかりー。料理どれも美味しい。連れてきてくれてありがとう。」


 エールの次は甘酸っぱいフルーツのカクテルを頼んでゆっくり飲む。ルークはあんまり仕事の話はしない。あたしも知ってる人の面白い話とか聞いていたら、入り口近くからリュートの調べが聞こえてきた。流しの吟遊詩人のようだ。誰でも知る冒険譚を歌い始める。


 一曲終わったところで、デカパイのお姉さんから恋曲がリクエストされた。始まったのはアリアンナちゃんと皇子様の物語だった。前よりも内容が濃くなってるし。


「リリアン王女様の病が早く治るといいね〜。」


 歌を聴きながら頬杖ついたルークが言った。


「そうだね。婚約の儀が延期になったんだよね。ジェイクさんもお祭り用の花の注文がなくなったって珍しく愚痴ってたよ。」


 そう、アリアンナちゃんと皇子様の悲恋は続いている。あたしが姿を消したにも関わらず、どうやら国王はアリアンナちゃんを身代わりとして差し出すことを拒んだようだ。第一王女リリアンは感染性の病を得て伏せっていて、治療の塔で療養中だそうだ。治り次第、婚約の儀を行うとのこと。


 笑っちゃう。あんなに計画立てたのに、レヴィ兄の思う通りには事は進まなかったみたいだ。彼らはこれからどうするのかな。あたしを探すためだろう騎士たちが王都を出発したとヘンリーからの手紙に書いてあった。


 サーシャは適当なあたしの影武者の女の人と塔に篭りっきりのようで、連絡がままならない。多分、国王めっちゃ焦ってるだろうなぁ。レヴィ兄も焦ってるだろうなぁ。想像したら楽しくなっちゃって、ふふふと笑いがこぼれた。


「それにしても、リリアン王女様は可哀想だね〜。まるっきり物語の悪役王女様みたいだ。一番悪いのは浮気性の皇子様だと思うけどな〜俺。」


 歌は佳境を迎えていた。病を口実に皇子様を引き止めるリリアン王女を振り切って、皇子様はアリアンナちゃんを攫って帝国へ駆け落ちをするようだ。所詮はフィクションで、登場人物の名前も少し変えられている。王族の名前をそのまま歌うなんて不敬だからね。


「ルークはスーリュア出身じゃないの?」


「なんで?」


 だってあたしに同情的な発言をしたから。慈善事業に熱心なアリアンナちゃんは民からとっても好かれている。オリヴィエが平民出身ということもあって、自分たちに身近な存在として崇められている。もちろん見た目が美しいのもあるけど。


 特に王都ではアリアンナちゃん人気はすごいから、ルークみたいにあたしに同情的な人って少ないんだ。ただでさえあたしは公務に出ない王女様ってことで、良い目で見られないし。正直、ルークにかばってもらったのは嬉しい。


「スーリュアではリリアン王女様って人気ないから、ルークの意見って珍しいなーと思って。」


「あ〜。妖精姫贔屓が過ぎるよなぁ。」


 ルーク、なんて良い奴!俄然テンション上がって追加で赤ワインを頼んだ。お酒飲むとトイレ近くなるよね。お花を摘みにって席を立つ。戻ればテーブルにはデキャンタとなみなみにワインが注がれたグラスが2つあった。うーん。


「ルーク!可愛いお嬢さんにこれサービスだ!」


 カウンターの内側から大柄なおじさんが皿を手に持って声をかけてきた。ルークが立ち上がって受け取りに行く。その隙に、念のためルークのグラスとあたしのグラスを入れ替えといた。


 おじさんサービスのおつまみを食べながらワインを二人で空けた。夜2つ目の鐘がなってしばらくしてから、ルークは顔を赤くしてテーブルに突っ伏した。酔いつぶれたみたい。お酒の注文ペースからして結構強いのかなと思ったんだけど。まさかあのワイン、なんか盛られてたとか?考えすぎ?


 取り敢えず揺すっても起きないルークはお店の人に任せることにした。さっきの大柄なおじさんことオーナーさんに運ばれていった。奥で休ませてから帰すらしい。お勘定もルークから貰うって言うし、お礼を言って一人で帰ることにした。


 あたしも中々酔ったみたいで頬が少し熱い。それに動いたことで少し酔いが回ったようだ。王都の治安は良い。けどこの通りは酔っ払いも多いし、あたしは可愛い女の子の一人歩きだしで、少し早歩きで家路を急ぐことにした。


 飲み屋街の煌々とした灯りと熱気の中を通り抜けて来た道を戻る。市場も商店街も既に灯りは消えていて、人通りもほとんどない。上弦の月はまだ細くて、なんとも心細い気持ちになる。


 後ろから馬車の音がした。道を譲るように、端によけた。細い道だからゆっくり走っているようだ。あたしは止まって、馬車が過ぎるのを待った。黒毛の馬が引く小さい馬車だ。パカパカ軽快な足並みがあたしに近づくにつれ乱れて、ちょうど横で止まった。


 多分あたし、自分で思ってたより酔ってたんだと思う。道でも聞きたいのかなぁ、なんてぼうっとしてたら扉が開いて、中に引き込まれた。掴まれた腕が痛くて、つい呻く。脇にも手を差し入れられて、座席に投げ出された。明かりは小さなランタンだけで、咄嗟にはあたしを掴んだ人が誰だかわからなかった。


「探したよ、リン。」


 低すぎず高すぎない身体に染みるような美声に背筋に震えが走る。


「だ、だあれ?」


 いや、もう分かってるんだけどさ。なんか現実逃避というか一瞬でも魂飛ばしたかったというか。


「…君につまみ食いされた哀れな男だよ。娼婦のリン?」


 暗闇を吹き飛ばせちゃうくらいの眩い笑顔で、皇子様はあたしにそう言った。





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