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リンは穏やかな生活が物足り、ない

「リン!お前今日夜ヒマか?」


「あ、トキさんお仕事お疲れ様。ごめんね。今夜は予定があるんだー。」


 お使いで道の両端に商店が立ち並ぶ地区に来てみれば早速今夜のお誘い。鍛冶屋のトキさんは無駄な筋肉付けちゃった肉肉しい男の人。顔立ちは悪くないけど、そこまで好みじゃない。残念そうな顔のトキさんに手を振り花籠を抱えて目的のお店までてくてく進む。


「リンちゃん、お使い?ちょっと寄って休憩してく?」


「ラウルさん。寄って行きたいのは山々なんですけど、急ぎでって言われちゃって…。今度また美味しい紅茶を飲みに来ますね!」


 申し訳なさそうに断るといいよいいよと喫茶店のオーナー、ラウルさんは笑った。むむ、笑い顔は結構好みだな。断るの早まったかな。ペコリとお辞儀してから、またまたてくてく進むことにした。


「リ、リンさんお使いですか?お、重いものでしたら僕が運びますよ!」


「ヒューイ君ありがとう!今日は全然重くないから大丈夫だよ。ありがとねー。お仕事頑張ってね!」


 あたしがお店の前を通れば必ず出てくる薬屋のヒューイ君はヒョロい眼鏡男子。眼鏡男子は好物なんだけど、手を出したら危ない系の匂いがするから彼もパスだ。しょんぼりしたヒューイ君を尻目に更にてくてく進むことにした。


「や、リンちゃん。前飲み屋に行ってみたいって言ってなかった?俺の行きつけでよければ今夜どう〜?」


「えっいいの?あたしは全然暇だけど、ルーク忙しいってこの間聞いたけど。」


 声をかけてきたのは、ここら辺の女子人気ナンバー1のナンパ男ルーク。なんと魔術師さんだ!便利グッズを揃えた自分のお店を持っている。すっごいイケメンって訳じゃないんだけど、なかなか整った顔をしている。お口が大きめで人懐っこい笑顔が可愛い。赤茶の癖の強い髪をちょこんと後ろで縛ってるのも可愛い。


「花屋の新人看板娘のリンちゃんと遊べるなら仕事なんて後回ししちゃうよ〜。後でお店に迎えに行くね。」


「ありがとう、楽しみにしてる!お仕事頑張ってね。」


 大きく手を振ってから、ルークの店の前を後にする。今夜もデートだデートだらんらんらん。お使い先はルークの店からすぐそこだ。赤い煉瓦の小さなお店。扉には小さなベルとリースが吊るされている。


「こんにちは。ミア姉さん!」


「リンちゃん、今日もいらっしゃーい。」


 チリンチリンと扉を開けるとポプリのいい香りがした。ミア姉さんのお店はドライフラワーや手作りポプリ、花器を売っている。センスよくコーディネートされた店内は癒しの空間だ。ミア姉さんはワイアットさんの従兄弟の娘さんで、その従兄弟さんはあの日盗賊に扮したうちの一人でもある。


 あの日の盗賊さんはワイアットさんが雇った人たちじゃなかった。全員彼の近しい親戚だった。ワイアットさん曰く、自分たちが直接手を汚せばそれだけあたしが信用しやすいだろうとのこと。彼は本当に素敵な熊さんだ。


 あたしは今ワイアットさんの兄弟のお嫁さんの弟さん、ジェイクさんが営む花屋で働いてる。働くって言っても花屋の重労働なんてさせられないって、たまにアレンジするくらい。手が荒れちゃうのは嫌だから嬉しいけど。


 元は貧農の出のワイアットさんは、身一つで成り上がった。そして親族全てに職を当てがって、日々の暮らしに困らないようにした謂わば英雄さんだ。だから彼の一族は彼を中心にとても結束が強い。


 念のためあたしの正体を知ってるのはワイアットさんと彼の奥さんだけ。あたしは深ーい事情によりワイアットさんに預けられた恩人の娘さんで身を隠す必要があるって設定だ。そして外向きにはワイアットさんの叔父の娘の旦那方の姪っ子で、名前はリーンベル、愛称リン。実在の人物で本人は王国の辺境の村に住んでいる。


「注文の品ですよー。今日はあたしがアレンジしたんだ、どう?」


「あら可愛い。あなたって本当センスあるわね。今紅茶とお菓子を準備するから待っててちょうだい。」


 リンになって、明日でちょうど一週間。ここは王都西にある所謂平民たちが日々を営む居住区だ。その中でも商売に携わる人たちが多い地区。ワイアットさんの商会は王都中央にある。貴族との付き合いもあるような大きな商会や格のあるお店はみんな中央に集まっている。


 あたしはミア姉さんやジェイクさんの親戚ってことでここにすんなり受け入れられた。元気な働き者って触れ込みで愛想振り撒きまくったおかげでプチ人気者。気さくな人たちの多い通りを歩けば連日デートのお誘いがある。ちやほやされて毎日楽しい。どストライクイケメンはまだ見つからないけど。


 ミア姉さんが焼いたっていうアップルパイにシナモンスティックを添えたミルクティーはとっても美味しい。あたしはこうやってほぼ毎日ここでお茶してる。住まいは花屋の3階、2階にはジェイクさんが住んでて、ジェイクさんは若い頃傭兵さんの経験があるらしく一応あたしの護衛さんだ。


「それでリンちゃん、今日のデート相手はだあれ?」


「さっきルークに飲みに誘われたよ。楽しみ!」


「魔道具屋のルーク君ねぇ。リンちゃん婦女子の妬みを買うわよ?」


 女の嫉妬に怯えてたら、ラブハンターなんてやってられないよ?それに、あたしはちゃんとデート後のアフターケアもしてるんです!もう次はないなって男の人は他の女の子に目がいくようにさり気なく誘導してるし。デートで仕入れた男の人情報は惜しみ無くミア姉さん経由で流してるしねー。


「ルークは人気者なんだねー。もしかして友達以上恋人未満の幼馴染の女の子とかがいたりしちゃう?」


 ナンパ男と意地っ張り幼馴染との甘酸っぱい恋愛っていいな。少女漫画によくありそうなやつ。残念ながらリリーには幼馴染って呼べるような男はいないから体験できないけどー。


「なあにそれ。ルーク君もここでは新参者だから幼馴染はこの辺にいないと思うわよ?ただ魔術師だなんて将来有望じゃない?だから結婚適齢期のお嬢さん方に大人気みたい。」


 ミア姉さんはくすくす笑いながらあたしの話を聞いてくれる。正直王城から出て一番辛かったのは、サーシャがいない事だった。サーシャはいつもいつもあたしの側にいた。静かに話を聞いてくれた。たまに突っ込んだり窘めたりされたけど。だから、ミア姉さんみたいな存在がいて本当によかった。


 午後の穏やかな一時を美味しいオヤツとおしゃべりで過ごしてからお店に戻る。もちろん戻る途中もお誘いされたりするけど、今日はもうルークに決めたからみんなにお断りした。


「ジェイクさん戻りましたー。」


 ミア姉さんのお店から東に二本入った通りにあたしの職場兼自宅はある。お店の前には鉢植えや春の花がブリキのバケツやタライに並べられている。


「ん。」


 ジェイクさんはあたしをちらりと見てから頷く。あたしの保護者ジェイクさんは超無口だ。無駄なおしゃべりなんてぜーんぜんしない。38才独身、がっしりした身体つきは年齢を感じさせない。日に焼けたのか肌はちょっと浅黒くて、ちらほら傷跡がある。


 ボサボサの頭と無精髭を剃ればなかなかの顔立ちだと思うんだけど、本人は身なりを気にしないんだよね。でもって花を扱うときはすごく丁寧で慎重なんだ。見た目とのギャップがいいよねー。


 ミア姉さんが持たせてくれたアップルパイの残りを温めて紅茶を淹れる。花屋って結構忙しいんだけど、夕方前の午後のこの時間帯は比較的暇だ。


「ジェイクさん、店番はしますからちょっと休憩してください。甘い物、好きでしょう?」


 あざとすぎるくらいに上目遣いで見つめる。ジェイクさんは結構乙女だ。隠してるようだけど甘いものとか可愛いものとかが大好きなんだと思う。


「…ん。」


 ほんのり頬が染まってますね。恥ずかしがらなくていいんだよー?可愛い可愛いあたしのことも愛でていいんだよー?


 あたしの城下生活は概ねこんな感じ。楽しいんだけど、ちょっぴりイケない刺激が足りないのが今日この頃の不満であります。






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