表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/38

黒の皇子様は誰も愛さ、ない

少し時間が遡ります。皇子様視点です。

 苛立ちに悪態をついて黒檀の卓に手を振り下ろした僕を側近のアレクは冷たい目で見やった。


「悪態をつく暇があるなら手を動かして下さい殿下。大体全てはあなたの短慮が招いたこと、悪態をつく権利すらございません。」


 言い切られ、全くその通りなのだが悔し紛れにジロリと睨み返した。こいつは優秀だけど、口がすぎる。


「なんですか、その目は。娼婦と戯れてシグネットリングを無くされたのは私ではなくあ、な、たですよ、ガルディクス殿下。…本当に慎重なあなたらしくもない。そんなに欲求不満だったんですか。」


「もういい、分かったからそれ以上僕の傷を抉るな。指輪はいくら探しても見つからなかった。あの女が拾ったはずだ。マダム・ピートーの尋問はどうなってる。」


 両手を上げて降参の意を示した。これ以上あのアイスブルーの瞳に侮蔑を乗せられては堪らない。夢に出そうだ。


「同じことの繰り返しですよ。そんな娼婦は知らない、とね。調べても彼女の関係する売春宿の情報は得られませんでした。せっかく不敬罪だって難癖つけて引っ張ってきたのに無駄足でしたね。これ以上の拘束は意味がないでしょう。」


 また悪態をつきそうになるのを飲み込んで深く息をはいた。あの時彼女は確かにマダム・ピートーの裏稼業の女だと言った。僕が煙に巻かれたか、謀られたということか、それとも。


「どこかの間者だったら、厄介なんてもんじゃないですね。」


 間者。あの手入れされた肌といい手練手管といい高級娼婦に間違いないと思ったけれど、色事専門の間者という可能性も捨てきれない。スーリュアのものかメガンのものか。


「指輪が使用された痕跡はまだないんだな。」


「あなたのふざけた報告後にすぐに各所には通達しましたよ。使用されたらこちらに連絡が入るようになっています。ただどうしても時間差がありますからね。どうなってることやら。」


 それならばいい。この苛立ちをぶつけるためにも、彼女には必ずもう一度会う必要がある。久しぶりに女に対して衝動を感じた結果がこのざまだ。次に会ったなら猫のような捉えどころのないあの瞳に、後悔を刻み込んでやりたい。


「…また手が止まっておりますよ。あなたが今心を砕くべき女人はアリアンナ姫でしょう。」


「分かってる。」


 頭を切り替えて手元に集中することにした。姫からの恋文に返事をしなくてはならない。16の少女が好みそうな、それでいて決定的な言葉は与えないものを。こんな仕事が皇太子の責務だったか、とげんなりする。どうしてこうなったか。



 ベルベガルドの西に位置する隣国メガンとは20数年前から国境付近で小競り合いが頻発するようになった。メガン内で作物の不作や水害、旱魃があった年は特にだ。


 古くからメガンは肥沃な大地を有する農業大国だった。対してベルベガルドは国土の7割が山地で、国内に金鉱銀鉱や魔石を産出する各種鉱山を有し、それらを加工し輸出することを主としていた。


 平野の乏しいベルベガルドの食料自給率は悪く、メガンからの輸入に頼った部分も大きかったため、資源に乏しいメガンとは持ちつ持たれつな関係を築いていた。


 それが破綻したのは先帝の治世下だ。武勇に富んだ先帝はベルベガルド南側の小国をいくつか呑み込んだ。お陰で、ベルベガルドは国土を広げ海洋に面した土地を、農耕に適した土地を手に入れたのだ。そしてメガンは大きな輸出先を失うことになった。


 関係が変わらざるをえない状況になってもメガンは従来通り接した。元々ベルベガルドの足元を見てか強気な外交カードを切ることが多かったメガンに対し、帝国民の心象は良くなかった。両国の関係は急速に冷え込んだ。


 そんな折にメガンを襲った水害、国内を縦横に流れる河川が氾濫し作物は流された。古くは婚姻によって結ばれたこともある国だ、とベルベガルドが援助を申し出る間も無く、メガンは略奪という愚かな選択をした。


 すぐさま退けられたが、メガンは蜥蜴の尻尾切りとばかりに国の関与を認めず民の反乱だとし賠償金の支払いを拒んだ。これにより両国は友好同盟を破棄する運びになった。


 それよりずっとメガンはベルベガルドの敵国として警戒されてきた。そして潜り込ませた間者から届けられた情報。2年前からメガンは税率を上げたこと、しかしそれが公共事業などに当てられた形跡はなく、更には近隣から高値でも鉄や魔石を買い込んでいることが分かった。


 メガンは大規模な戦争を目論んでいる。今や大陸一の強国となったベルベガルドなら負けることはないだろう。が、万が一を考え東に国境を接するスーリュア王国との結びつきを強めたいと第一王女リリアンとの政略結婚を申し込んだ。


 スーリュア王国にとってもベルベガルドとの縁戚は願っても無いもので、すぐに飛びついた。スーリュアとの同盟で、メガンが野心を砕いてくれればいいと願ったが。



 苦心して書いた手紙をアレクに渡す。


「よくこんな甘ったるい文章が書けますね。尊敬します。ことが終わった暁には姫を帝国にでも連れて帰りますか?」


「お前、本当いい性格してるな。そのつもりは、ない。」


「はあ。私はあなたが恐ろしいですよ。あれほど愛しい愛しいと態度で示しておきながら。」


「愛玩動物だとでも思えば簡単なことだ。」


 確かにアリアンナは美しい。男なら誰でも欲しがるような存在だろう。けれど、心を動かされたかと問われれば否だ。皇妃には素質が足りない夢見がちな少女だし、後宮に妾妃として囲ったとしても子を産ませるつもりはない。


 これは花とともに届けておきますとピラピラ手紙を振られる。一番の厄介ごとが済んだと次の報告書に手を伸ばす。


 リリアン王女についてだった。二月前に別れてから、今回の滞在ではまだ顔を合わせていない。その間の王女の動向についてだ。病に伏せっていると夜会の断りが連日届いているが仮病だと噂されていたな。


 あの王女が仮病、ね。報告書に隈なく目を通す。商人の出入りと庭の散策風景について書かれているだけの中身のないものだった。


「アレク、リリアン王女の報告が随分遅かったと思わないか?」


「ああそれですか。…手のものに聞き込みさせたりしたのですが、どうも王女の周りは皆口が固いようで。まぁ、あの引きこもり王女のことです。特に気にとめることはないでしょう。」


 リリアン王女は引っ込み思案な王女だ。こちらの問いに上手く返せず俯いてばかりで、正直これに皇妃が務まるのかと甚だ疑問だった。今となっては皇妃になるはずもない女だけれど。報告書に再度目を落とす。確かに中身のない報告だが…。


「それよりも殿下、今夜潜り込んでたものたちから報告がありますよ。」


「そうか、決定的なものだといいな。」


 スーリュアとメガンが通じているかもしれない、と密偵から報告があったのは同盟の話が受け入れられてしばらくのことだった。ベルベガルドの軍備はメガンだけを想定したもので、東からスーリュアに攻め入られれば崩れかねない。


 調査の結果、スーリュアは限りなく黒に近い。もっと時間が必要だった。スーリュアの裏切りの決定的な証拠を見つけるため、裏切りの全容を掴みそして対処するための。


 スーリュア国王の溺愛するアリアンナが僕に近づいて来たのは好都合だった。彼女は国王の意思決定に多大な影響力を持つ。スーリュアの愚行をしばし引き止める楔になれるかもしれない。いざという時には価値ある人質にもなるしれない。だからそこに乗って甘い言葉を与えた。


 僕が恋にうつつを抜かしているとスーリュア、ひいてはメガンが油断するように振る舞う。僕はスーリュアを油断させるための餌だ。


「失礼いたします。」


 困惑顔の侍従が持って来たのはスーリュア王家の紋章が描かれた2通の手紙だった。1通は今夜の夜会のエスコートを頼むもの、もう1通はやはり夜会には行けない旨認めたもの。


 手紙をアレクに渡し、お互い顔を見合わせる。


「…念のためリリアン王女の側に誰かをつけておくように。」


 考えてみれば、おかしなことだ。あの王女が仮病で連日僕の誘いを断る。彼女は僕に心酔していたはずだ。さっきのアレクの言葉を思い返す。周囲の皆口が固いという。あの王女の周りに忠誠心の強い使用人ばかりが侍るだろうか。


「王女に何かあるとお考えで?」


「彼女本人じゃなくても周りに何か思惑があるのかもしれない。」


 彼女が僕と距離を置こうとしている?それとも彼女を僕から遠ざけるようとしているものがいる?スーリュアも一枚岩じゃないということか。スーリュアの内部がどうだろうと利用できるものなら利用するまでだ。帝国を謀った償いは必ずさせよう。


 さて、あの王女は毒となるか薬となるか。




次も別人視点予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ