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リリーは消えることに、した

 侯爵家に至る道沿いに招待客の馬車が並んでいる。あたしたちの馬車は列には並ばずにそのまま門をくぐり、玄関に横付けされた。黒のシンプルな仮面をつけた皇子様のエスコートで降りる。玄関ホールでは侯爵夫妻にご令嬢が招待客を出迎えていた。


 インテガードン侯爵家は派手な屋敷だった。当主の趣味かな。あちこちにお金をかけただろう調度品が並べられている。ホールの階段途中にはデカデカと家族の肖像画があって、キラキラ輝いてるとこから宝石を混ぜた絵の具で描かれているんだろう。


 正面の庭園には裸婦像がたつ噴水、木陰に隠れるような東屋、生垣で作られた迷路、幾何学模様に配備された花が植えられていた。


 仮面舞踏会とは言っても完全に身分素性を隠して楽しむなんてのは無理で、あたしたちには近衛騎士がついている。だから侯爵は騎士を見るなりあたしたちが誰だか察したのだろう。最上級の礼をとった。


 まずは皇子様が招待の礼を述べた。小さな仮面じゃ皇子様の麗しさは隠しきれなくて、ご令嬢どころか夫人までぽぅと見惚れている。皇子様に見惚れたのち、あたしたちの後ろにいるアベル君やイーサン、アレクさんにも見惚れている。


 わかるよわかるよー。いつもの騎士服だけでもかっこいいのに、今日は正装だもんね。飾られた勲章に金の飾り紐をつけた騎士服とかよだれ出ちゃいそうだよね。アレクさんも冷たそうに見える外見だけど、そこがまた堪らないよね。


「インテガードン侯爵、本日はお招きありがとうございます。とても素敵な邸宅ですわね。」


 皇子様の挨拶の後、あたしもドレスを摘まむ。今まで皇子様に集まってた視線が今度はあたしに注がれる。


「これはこれは可憐な春の姫君!当家にお越し頂き光栄でございます。お身体のお加減はいかがでしょうか?気分が優れない時はすぐにお申し付けください。」


 仮面舞踏会のルールとして、誰だか分かっても名前を呼ばない。あたし、春の姫君だって。ふふふ。侯爵は若い頃はイケイケだったんだろうと思わせるようなおじ様だ。あたしの盛りに盛ったデコルテをちょっぴり好色そうな目つきで見た。年頃の女の子は嫌うだろうこの視線があたしは結構好き。女としての栄養になってくれるもん。


 お礼を言って皇子様と大広間に移動した。サーシャは侍女の控えの間に向かう。ここで彼女とはしばしのお別れ。視線を合わせて微笑んだ。心配しないで、と。


 今日の招待客の中で一番身分が高いのはあたしたちだ。既に到着していた招待客たちの視線が集まる。皇子様は見られるのに慣れているんだろうね。堂々とした足取りで進む。


 広間の左右にある椅子にあたしをエスコートして、シャンパンを渡す。小さな泡がはじけるグラスを受け取って飲んだ。しゅわしゅわ強い炭酸が喉をスッキリさせてくれる。鼻を通り抜ける青い葡萄の香りを楽しみながら、目を細めた。


「気に入ったようだね。でも空腹に飲み過ぎるのは良くない。何か食べたいものはない?」


 本当にこの人は皇子様中の皇子様や。けど料理を取ろうとあたしから離れた途端、皇子様たちはいろんな人にあっという間に囲まれた。すぐにはそこから抜け出せなさそうで、こちらに申し訳なさそうな視線を寄こす。いいけどねー。


 代わりにアベル君がよそってくれた料理を少し口にした。広間には人がどんどん増えていく。仮面舞踏会なだけあって、通常の夜会よりもみんな奇抜だったり派手なドレスをまとっている。日が完全に暮れているのに、ここはシャンデリアの煌めきで眩しいほどだ。


 突然ざわざわした人の話し声がさざ波のように引いていった。みんなの視線を辿れば、仮面でも隠しきれない美少女オーラを放つ妖精姫がそこにいた。まああの髪の色だ。そりゃ隠せないよね。騎士も連れてるし。


 エスコートしてるお洒落イケメンは誰だろうと思っていたらアベル君が教えてくれた。


「彼は王族公爵のウェミランター公爵の嫡男ですよ。」


 なーるほど。アリアンナちゃんの婚約者候補の筆頭か。国王の従兄弟の息子で、あたしにとってははとこか。花に群がる虫みたいに、アリアンナちゃんの周りにも人が集まっていく。…あたしまだ誰からも声掛けられないんだけど。


 確かにリリーは親しい人なんていなかったけどさ、あたし完全に壁の花じゃん。いや、チラチラ視線は感じるんだよ?主に若い男から。けど、話しかけてこない。まあ今日はそっちのが都合いいけどさ。不貞腐れて二杯目のシャンパンを飲んだ。


 ワルツの調べが聞こえてきた。皇子様はさすがにファーストダンスでアリアンナちゃんを誘うなんてことはせずに、あたしの方にやって来て手を差し出した。


「さっきはすまない。囲まれてしまってね。よければご一曲。」


 リリーも一応王女様だからね、ダンスのレッスンは受けていた。実践は乏しかったけど。踊れるかなー。まあいいかと手を重ねた。


 足運びがちょっと不安だったけど、皇子様が上手にあたしを引き寄せたりしてくれるから思ったより踊れた。無駄な筋肉のない、しなやかな身体に抱かれるのが気持ちいい。


 けどあたしは光の洪水みたいな下でワルツを踊るよりも、薄暗い中でお腹に腰に響くような重低音聞きながら男と絡んで踊る方がよっぽど楽しい。ワルツは密着するダンスだっていうけど、全然物足りない。


 皇子様に回されながら周囲を見れば、アリアンナちゃんと目が合った。切なそうにこちらを見つめている。皇子様を確認すると彼もアリアンナちゃんの方を見ていた。それでも乱れない足さばき、すごい!


 短めの曲だったからダンスはすぐ終わった。疲れましたわと皇子様から離れてまた壁際に戻る。女性に囲まれていたアベル君がすぐにあたしの側に来たけど、イーサンは来なかった。


「どうやってイーサンを遠ざけたの?」


「さきほどアリアンナ殿下の騎士が一人不調を訴えて任務から外れました。イーサンはその穴を埋めるため、今日はアリアンナ殿下に付くことになりまして。」


 …アベル君のお仲間が何か一服盛ったのかな。あたしは三杯目のシャンパンを手に取った。


「…飲み過ぎですよ。少し、顔が赤くなっています。」


 確かに少しふわふわする。前世はどんなに飲んでも酔ったことなんてないのに。酔ったふりは数え切れないけど。


 中央では思い思いに男女が踊りを楽しんでた。…皇子様とアリアンナちゃんも踊っていた。さっきのあたしよりも密着してる。皇子様が耳元で何か囁くと、アリアンナちゃんの口角があがった。


 仮面で隠れてよく見えないけど、やっぱり皇子様はアリアンナちゃんのことを好きなように見える。愛おしそうに見つめている。あれが演技なら大した男だと思う。


 なんだから急に寂しくなって、後手に組んで立つアベル君の手を握った。後ろは壁だ。誰にも見られない。彼は手を振り払うことなく前を向いたまま握り返してくれた。


 皇子様の周りには常に人がたくさんいた。その中にはもちろんアリアンナちゃんもいる。こないだの行動するって宣言通り皇子様の隣をキープしているようだ。エスコート君、可哀想に。


「…あなたはアリアンナ殿下をどう思ってらっしゃるんでしょうか。」


 唐突にアベル君が言った。その視線の先には仲睦まじそうな皇子様とアリアンナちゃん。


「どう、ね。憎んではいないかな。ちょっと嫌いだなと思う時はあるけどね。」


 リリーもアリアンナちゃんを憎んではいなかった。彼女は現実の全てを諦めていたから、そこまでの負の感情を誰に対しても抱いてなかった。国王に対してさえ。ただ、自分の死に価値があることを祈って死んだ。


「なぜ、憎まないでいられるのですか?」


「…ねぇアベル、あたしと閣下は違う人間だからきっと聞いても意味がないことだと思うよ。もしかしたら閣下はあなたを憎んでるかもしれないし、嫌ってるかもしれない。でも、あなたは閣下が好きなんでしょ?」


「あなたは本当に鋭い方ですね。その気持ちを兄は受け入れるでしょうか。」


「それは閣下の問題。迷惑がられるかもしれないし、その気持ちを利用されるかもしれない。でも、少なくとも伝えたらアベルの心はすっきりするんじゃないかな?そうしてからどう行動するかはアベルの問題。」


 …その好きって気持ちが近親相姦ゲイじゃありませんようにぃ。イケメンを男に盗られたらあたし一週間は寝込む自信あるわ。


「…殿下は、とても真っ直ぐな人ですね。」


 ちょっと泣きそうな声だった。繋いだ手をぎゅっと握られる。あーあ、もしかしたら憎しみをぶつけられてどん底になったアベル君を慰められるチャンスかもしれないのに。このイケメンともお別れかと思うと悲しいなぁ。城下で野生のイケメンを探して楽しもうと。


 宴もたけなわ、大理石の上でくるくるダンスに興じてるカップルや、お酒が回って招待客たちが盛り上がった頃。


「庭に出ましょうか。」


 入れ替わりの時だ。テラスに出れば夜風は少し寒いくらいだった。テラスから数段階段を降り、庭に出る。アベル君に手を引かれて迷路に入った。右に曲がったり左に曲がったり、またまた右に曲がったり。


 等間隔に明かりが灯されているけど、とっても暗い。大きな迷路を大分進んだところで、人が二人待っていた。


 あたしとよく似た髪型身長の女性は、あたしと同じドレスを着ていた。側には腰に剣をぶら下げた男が立っている。アベル君はあたしの仮面を外して彼女に渡す。男から真っ黒いローブを受け取ってあたしに着せた。


「侍女殿は、全て承知なんですね?」


 アベル君に尋ねられて頷く。偽物さんはこのあと、アベル君に付き添われすぐに体調が悪いと下がる。入れ替わりがバレないように、今夜の世話は全てサーシャがする。


 そして偽物さんは寝静まった頃に誰にも気づかれないように部屋から姿を消すんだ。くノ一さんですか?明日の朝、サーシャが王女がいないと報告するまでにあたしは王都から出来るだけ離れることになっている。


 婚約を前に王女が消えたなんて公には発表できないから、国王は緘口令をしくだろう。あたしを探すにしても大々的にはできないから追っ手も少ないんじゃないかな。


「リリアン殿下、これよりは僕がお供をいたします。カールとお呼びください。」


 平民の服を着た男は多分騎士なんだろう。がっしりしてる。カールに頷いて、彼の側に立つ。入れ替わるように偽物さんがアベル君の側に立った。


「…どうか、また会える日までどうか、ご無事で。リリー様、あなたの幸せをお祈りいたします。」


 アベル君が片膝ついてあたしの手に口付けた。今夜は新月だ。彼の表情は、見えない。時間もないことだし長々とお別れを惜しんでる間はない。


「あたしの騎士があなたでよかった。…遠くからアベルの幸せを願ってます。」


 そう言って、あたしはカールに続いて歩き去った。アベルはもう結構あたしに堕ちてると思う。恋愛だけじゃなくて庇護欲的なものもあるだろう。これからのあたしの行動は彼の心に傷を残すと思う。せいぜい後悔に塗れて苦しんで苦しんであたしを想えばいい。ふっふー、楽しみー。


 迷路から出て庭師用の扉だろうか。鍵はかけられてなくて、小さな木製のそれをくぐる。塀沿いに少し歩けば、黒い箱馬車があった。


 カールの手を借りて乗り込む。馭者に合図すれば、馬車はすぐに走り出した。


「王都から街道で2時間ほど進んだところで他のものが待っております。それまではご不便ですが、僕がお世話をいたします。」


「ありがとう。」


 酔いも少し残っていたのかとても眠い。ワイアットさんは準備、間に合ったかな。馬車の揺れに誘われてあたしは王女としてはしたなくも男性の前で眠りこけた。












 ガコンと突然の激しい揺れで目が覚めた。拍子で壁に頭を打ちそうになったけど、カールがあたしを支える。


「殿下、何があっても馬車から降りずに身を丸くして頭を下げていて下さい!」


 カールが剣を抜いて外を伺う。馬の嘶きと複数の足音が聞こえた。あたしはうーんと伸びをしてから反対側の小窓を覗いた。


 松明の灯りのおかげで暗い中でも目を凝らすと、布で顔を隠した汚い身なりの男たちが複数人馬車を取り囲んでいるのが分かった。転がってるのは馭者さんかな?あれま。絶対絶命のピンチだね、これ。


 扉が外から乱暴に開けられた。カールが飛び出て応戦してるようで、金属同士がぶつかる音がした。出るなって言われたけど、ごめんね。あたしは躊躇わず外に出た。


 あっという間に後手に拘束されて首に刃物を突きつけられた。浮浪者風なのに、男たちは臭くなくてホッとした。これで本物の盗賊さんだったら、あたしただの馬鹿だもんね。


「おいっ剣を捨てろ!この女がどうなってもいいのか!」


 これぞ悪役のセリフ。カールはあたしが拘束されてるのを憎々しげに見てから、ゆっくり剣を落とした。カールは強いのか負傷しているのは男たちだけだった。死んでる人はいないみたい、良かった。


「…お前たちはその方が誰だか分かっているのか。」


「ああ?誰だろうと売れる女なら構わねえよ。」


「くそっその方を離せっ」


 カールがこちらに駆け寄る前に一人の男が彼の頭を殴る。痛そうで思わず目を瞑る。良いところに入ったのか、そのままカールは気を失ったようだ。念のためか馭者とともにロープで手足を縛られていた。


「さてと、お嬢さん。服は用意してあるから着替えてもらえますかね?」


 さっきまでの態度とは打って変わり拘束を解かれた。もともと優しく握られただけで痛くなかったしね。彼らはワイアットさんが雇った男たちだろう。


「ありがとー。」


 荷物を受け取って馬車の中で着替える。あたしはこれからこっそり王都に戻る。身分も家もワイアットさんが用意してくれてるはず。


 リリーは今日これで安否不明、生死不明だ。レヴィ兄はあたしを探せない。だって国王にバレるとマズイから。国王はあたしを大っぴらに探せない。帝国にバレたらマズイから。迫る同盟のためにアリアンナちゃんを差し出すしかないだろう。


 これからの難しい話はおいといて、あたしは取り敢えず明日から王都を存分に楽しむことにしよう。










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