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リリーは皇子様の魅力にハマら、ない

 ベルが丁寧にあたしの全身にクリームを塗っていく。少し刺激臭のするこれは脱毛剤だ。この世界には永久脱毛がないからね、仕方ない。どんな成分か知らないけど、毛を溶かしてしかも生成を抑制するクリームらしい。魔法でパッと毛が消えればいいのに。


 残念なことにこの世界の魔法は前世のゲームのような万能のものじゃない。魔石と呼ばれる、摩訶不思議なエネルギーが含まれた石を加工して使われる。魔術師はエネルギーを取り出して用途に合わせて加工するエンジニアだ。掌から火が出るようなビックリ人間なんていない。


 しばらく放置してから流してもらう。このあとは香油で全身マッサージだ。今はお昼寝から起きた時刻。夜会は夜一つ目の鐘から始まる。けど女の子の支度には時間がかかるからね。仕方ない。


 サーシャとベルが二人がかりであたしの全身を磨きあげていく。エリンちゃんは広げた髪の水分を丁寧に吸い取る。たっぷりお昼寝したのに、みんなの手の体温が気持ちよくてまた少し寝た。


 余分な油分を丁寧に拭き取って下着を身につけた。スーリュア以外はどうだか知らないけど、この国にはガチガチの紐でキツく縛るコルセットをつける文化はない。ドレスを着るときに補正するための、柔らかい素材でできた着脱が容易な簡易コルセットを身につける。


 細い腰をさらに細く見せてくれる。シルクのスリップを着て上からガウンをはおった。ドレスはまだ着ない。ソファに座って手と足の爪を整えてもらう。手の爪はオーバルでお願いした。形を整え艶出しした爪に次は色を乗せていく。


 こんな生活も今日で終わりなんだと思うと寂しい。あたしの美は大半をお金と手間暇で作ってるって言うのに。まぁワイアットさんもあたしを大切に養ってくれるだろうけど。


 爪が乾いたところでちょっと休憩して午後のおやつタイムだ。料理長特製チーズケーキも食べ納めかぁ。寂しい。サーシャの淹れた紅茶をゆっくり楽しむ。


 今日は皇子様のエスコートで夜会に向かう。だから迎えが来る前に準備を終えて待っていなきゃいけない。エリンちゃんに声をかけられてしぶしぶカップを置いた。


 髪は結いあげない。エリンちゃんは何度も何度も櫛で丁寧に梳いていく。ベルはお化粧は得意ではないらしくて、サーシャにお願いした。瞼に薄っすらキラキラした粉末をのばす。筆で睫毛の根元を埋めるように目を強調し、睫毛を挟み上向きに癖付ける。


 コーラルピンクの頰紅をふんわり乗せて、口紅は自然な色のものにした。鏡の中のあたしは妖精のように可憐だ。やっぱりお化粧って強力な武器だよねぇ。雰囲気をガラリと変えてくれる。


 これなら、万が一にも皇子様にあの夜のリンだとバレることはないだろう。あの路地は大分暗かった。その上あたしは地味風メイクで黒髪だったし、瞳の色も違っている。それに、仮面がある。


 この仮面は結構大きくて顔の半分以上を隠してくれる。入れ替わりやすくするためだけど、ありがたい。化粧を終えてドレスに着替える。大粒のモルガナイトをふんだんに使ったネックレスを最後につけて、出来上がりだ。天使の輪っかが眩しい茶色の髪に、ネックレスのピンク色とドレスのグリーンのコントラストがまさに花のようだと思う。


「ベルとエリンは城で待機していてね。きっとすごく疲れて帰ってくるだろうからすぐに休めるように部屋を整えておいて。」


 支度を終えて、あとは皇子様の訪れを待つだけ。王城は都の東にある。皇子様の仮住まいの華離宮は北部。インテガードン侯爵家は南部にある。侯爵家だけじゃなく、南部は小高い丘になっていて貴族や富裕層の本邸が立ち並ぶ地区だ。皇子様はもう離宮を出発した頃だろうか。


 まさかの晩餐会の時同様ドタキャンはないよねぇ。あたしデートで待つのって嫌いなんだよね。いつも彼氏が先に来て、あたしは後から現れる派だから余計に。待つのってなんか落ち着かな気分にさせられる。


 窓から西陽が差す頃扉が叩かれた。繊細な花を損なわないように丁寧に仮面を身につけて入から室を許可した。


 ベルとエリンが扉を開ける。微笑みながら入ってきた皇子様はそれはそれは麗しかった。身体にフィットする細身の漆黒のテールコートにズボン。短い前裾のお陰で腰の高さがよく分かる。均整のとれた美しい身体だ。光沢の美しい白いシャツと金糸で飾られたベストもなんとも品が良い。


 仮面は付けていない。さらりと揺れる長めの黒髪にツァボライトのように濃い緑の瞳。通った鼻筋にきりりとした目元が男らしさを感じさせる。あたしでもうっとりしそうになるほどのイケメンだ。


 細い首もとにクラヴァットが結ばれているのが残念でならない。解いて喉仏に舌を這わせたくなる。21才にしてこの匂い立つ色気とは末恐ろしい。思わず舌舐めずりしたくなるのを堪えた。


「久しぶりだね、リリアン王女。伏せっていたと聞いたけれど、今日の体調はどう?」


「お久しぶりでございます、ガルディクス皇子。もうすっかりよくなりましたの。今日はエスコートを引き受けてくださってありがとうございます。」


 まだ時間はあるので礼儀として紅茶を勧めた。ありがとう頂くよと皇子様はソファに掛けた。長い足を組む仕草も素敵。カップの縁をなぞる指も素敵。


 あたしの自室にガルディクス皇子がいる。あたしの視線に気づいたのか、顔を上げてニッコリ微笑みかけてくる。とたんに心臓がうるさい位に高鳴ったのがわかる。口の中が乾いたように張り付いて、手が震えてきそうで、ぎゅっと握りしめた。顔が、耳まで熱をもっていく。…なにこれ。あたしまさかこの人に惚れちゃったの?


 急に恥ずかしくなって皇子様から視線を外して、彼の後方を見た。側仕えと護衛の二人が同行している。帝国の人間には暗い髪の人が多い。青みがかった黒の長髪に氷のように冷たい水色の瞳のイケメンと刈り上げたような焦げ茶の髪をしたガッシリ体型の中年イケメン。


 どっちもなかなか美味しそうなんて考えたら、心臓が少し落ち着いた。多分、この感情はリリーのものだ。あんな風に微笑みかけられて、一気に残留思念が暴れだしたんだろう。…なんて恐ろしい。リリー、あなたどれだけ皇子様が好きだったの。まさかのあたしが年貢の納めどきかと思っちゃったじゃん。喉を潤したくてあたしも紅茶を飲んだ。


「仮面が邪魔ではない?まだ付ける必要はないと思うけど。」


「あの、わたくし少し恥ずかしくて…。皇子のお気に触らないのであればこのまま付けさせて頂きたいのですが…。」


「気に触るなんて、そんなことないよ。…ただ久し振りに婚約者の元気な顔を見たいと思ってね。とても心配したよ。」


 くそう。ここで外さなかったらあたしが礼儀知らずみたいじゃんか。しぶしぶ外してベルに渡す。控えめに恥ずかしそうにゆっくり顔を上げた。


 皇子様はあたしの変貌に驚いたのかわずかに目を瞠った。けれどすぐにポーカーフェースに戻ってあたしを失礼にならない程度に眺めた。


「…もとより控えめながら美しかったけれど、更に磨きがかかったね。今夜は仮面で隠れるけれど、今後大勢の崇拝者が現れそうだ。」


「そんな、崇拝者だなんて…!でも皇子にそう言っていただけてわたくしとても嬉しいです。」


 はにかむように笑えば、皇子様もまた微笑む。が、急に何かしら考えるような探るような目つきになった。


「君、どこかで…?」


 …何この人、鋭すぎでしょ。でも、その質問はやっちゃったね。あたしは驚いたのち絶望を顔にのせ、大粒の涙をボロボロこぼした。


「…失礼ながら、ガルディクス皇子。いくらリリー様が変わられたからと言ってご自分の婚約者にそのようなおっしゃりようは失礼ではないかと。」


 サーシャの物言いは大国の皇子様相手にとっても非礼なものだ。けど彼女の主人が傷ついて泣いているのだ。あたしを守ろうとしてるのは明白、今なら許されるだろう。許さなかったらとんだ小さい男だ。


「いや、すまない。そういうつもりではなかったんだ。リリアン王女、泣き止んでくれないだろうか。」


 皇子様は申し訳なさそうに真っ白なハンカチを差し出した。エリンちゃんが受け取って、化粧を崩さないように抑えながらあたしの涙を拭き取る。やり過ごせた、かな。


「いいえ、急に泣いてしまいわたくしこそ申し訳ございません…。」


 ぐすんと鼻を鳴らす。部屋はなんとも気まずい雰囲気に包まれた。


「皇子、そろそろお時間です。」


 助け舟を出すように長髪イケメンが出立を促した。窓から射す陽はさらに傾いていた。ベルに再度仮面を付けてもらい、皇子様の差し出した腕におずおずと自分の腕を絡める。


 爽やかなグリーンノートにシナモンやサンダルウッド、ムスクが加えられた男の香りが鼻をくすぐる。あたしの好みの香りだ。包まれて眠りたいくらい。


 馬車は二台あって、青鹿毛の馬が二頭で引く四人乗りだった。あたしと皇子様、長髪イケメンもといアレクさんとサーシャで別れて乗った。皇子様の護衛とあたしの護衛は騎乗して馬車を取り囲むように走る。


 四人乗りなうえに大分広く作られていて、お互いの膝が当たるなんてこともない。皇子様は女性に優しいようで、あたしの肘と腰にクッションを当ててくれた。座面も柔らかく座り心地もなかなかな馬車だ。


 道中皇子様は礼儀正しく話題を振ってくれたけど、あたしは彼の興味をなるべく引かないような返答に努めた。馬車は揺れもなく居心地いいのに、皇子様の視線は特大の猫を被っててもなんだか見透かされてるような、なんとも居心地の悪いものだった。






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[良い点] ドキドキして好きです。ふんわり艶やかにひらりと舞うように、色気のある戦い方に、ほう、とため息が漏れます。色っぽい~ [気になる点] 誤字報告 なんか落ち着かな気分 ↓ なんか落ち着かない気…
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