リリーは熊さんを手懐けることに、した
ワイアットさんは朝一で駆けつけてくれた。あたしはまだ朝食中だったから、彼の分も用意してもらって食事を一緒にとることにした。別にワイアットさんが非常識なほど早かったわけじゃないよ。あたしが起きるのが遅いだけ。
「いやはや、こんな朝早くから申し訳ございません。しかし王女様と食事を共にする栄誉に授かれて光栄です。子々孫々まで語り継がせますよ。」
「あたしが呼んだんだから。食事が口に合えばいいけど。」
最近の王都で流行ってるものとか聞きながら食事を済ませた。エリンちゃんは今日はお休みだ。ベルが片付けに下がったところで話を切り出した。
「ねえワイアット、あなたあたしに人生賭けてみる気はない?」
熊さんみたいに大きな身体を揺らしながら彼は笑った。
「商人が人生を賭けるのは金ですよ、殿下。お陰様で殿下の考案された爪染めでいくらか儲けさせては頂いておりますが、人生を賭けるとは穏やかではないですな。」
ワイアットさんは最近あたしのアイディアで王都で新しくラテアートの喫茶店を開いたり女性向けの商品を売り出したりしてる。見返りとしてあたしも彼から贈り物を受け取っていた。持ちつ持たれつの関係だ。
「将来的に世界一のお金持ちにしてあげるって言ったら?危険も厭わず人生を預けられる?」
「…そうですねぇ。そんなことが可能なら私個人の人生どころか息子たちの、まだ見ぬ孫の人生も賭けるでしょう。」
さすがやり手の商人!熊はやっぱり肉食獣なんだって思わせるような鋭い目であたしを値踏みしてくる。あたしも彼を見定めるように観察する。
「…もし金の卵を産むガチョウがいるとして、あなたはそのガチョウをどうする?」
「勿論そんなガチョウは大切に大切にいたしますよ。そんな夢のようなガチョウを失いでもしたら目も当てられません。」
「お腹に大きな金塊があるんじゃって、お腹を裂いたりしない?」
「私はそんな愚かな商人になるつもりはありませんね。目先の利益よりも恒久的な利益を選択しますよ。」
彼は信じられる。あたしの勘がそう告げてる。シアさんは本当に使えるおじさんを紹介してくれたものだ。
「ワイアット、あなたに真珠の作り方を教えてあげる。そのかわり、あたしに人生をくれるって誓って。」
ワイアットさんが唖然とする。サーシャも息を呑んだのがわかった。驚け驚けー。真珠王ミキ◯トならぬ真珠王ワイアットにしたげるよー。真珠作り体験デートで培った知識、惜しみなく教えたげるよー!
「…真珠を、作れるなど聞いたことがありません。」
「今聞いたじゃない。これは投資だよ。作るって言ってもすぐにはできないからね。小さいものなら数年後にでも量産できるようになると思うけど。」
そうなの。これって時間がかかるんだよね。すぐに大金持ちになれるならあたしだって国捨てて楽しく暮らすのに。あたしの望む生活には沢山お金が必要なんだもん。
「…失礼ですが、殿下はどちらでそのような知識を得たのでしょう?」
当然の疑問だよねー。彼氏とのデートでだよ、デート。
「あたしちょっと前に一度死んだの。その時にオクトリウス神の慈悲なのか、別の世界を覗き見たの。…そう言ったらあなたは信じる?」
「商人が信じるのは金ですよ、殿下。しかし確かにあなたは見たこともない商品で私に富をもたらしてくれています。…乗るべきか否か。いやぁ、大きな賭けですね。」
「悪いけどあまり時間がないの。この場で決めてね?」
熊さんが顎に手をやって悩んでる様は可愛い。香り高い食後の紅茶を啜りながら待つ。真珠が人工的に作れるなんてなったら、巨万の富を得られる。王族もかくやっていう生活が送れるだろう。もちろん成功したらあたしも取り分貰うけどね?
ワイアットさんはあたしが見るに臆病な人間じゃないし、愚かでもない。彼は商人としてお金ももちろんだけど知識欲も探究心も旺盛だ。目の前にぶら下げた極上の餌に魅力を感じないはずがない。見返りが莫大なこの賭け、乗りたくてうずうずしてるのか悩みながらも口元は笑っている。駄目押ししとこう。
「ただの真珠じゃないよー。まん丸の、それも大きさも自由自在な真珠の作り方だよ。一番綺麗なのはあなたの奥様のネックレスにしてあげて?あたしは二番目に綺麗なので我慢したげる。」
ワイアットさんは目を丸くしたあと声をたててガハガハ笑った。あたし声の大きな男の人って大好き。腹の内になにも溜め込まなさそうな豪快そうなのがいい。
「乗らせていただきましょう殿下。私はあなたに賭けます。いかようにも私をお使いください。勝も一興、負けるも一興。人生の中でこんな大きな波は何度もないことですからな。」
「ワイアットは賭博師なんだね。リリーって呼んで?これからあなたとはながーい付き合いになると思うから。」
ワイアットさんの大きな手と握手する。がっしりした手に安心感を覚える。妻子持ちじゃなければ熊さんと戯れるのも面白かったかも。
時間がないから手短に明日の夜の計画を話す。ついでに国王とメガンの繋がりも話しちゃう。レヴィ兄の企みだって話しちゃう。だってあたし口軽いもん。ワイアットさんは自分なんかに話していいのかって言うけど、いいの。あたしの直感がいいって言ってるんだから。勝も一興負けるも一興、なんでしょ?
「では時間も迫っていることですし、早々に準備に取り掛かりましょうか。使える人間も手配しなくては。あとはリリー様の新しい身分ですが…ご希望の名前などありますか?」
新しい名前、なんて言われたらこれしか思い浮かばない。あたしの懐かしい名前だ。
「リン。本名は何でもいい、愛称がリンになればいいよ。」
今日は王城でのんびりできる最後の1日。お気に入りの庭とコンサバトリーで過ごすことにした。アベル君とももうすぐお別れになっちゃうから、彼にエスコートしてもらう。
「殿下には燃えるような赤い花が似合いますね。」
早咲きの薔薇を一輪渡してくる。丁寧に棘もとられている。アベル君分かってるじゃない。あたし肌がめちゃ白いからね、赤い花を添えると自然と血色がよく見えるんだ。青い花とかじゃ死人みたいに見えちゃう。
薔薇を手にゆっくり庭を散策する。何もないところで躓いてみた。バランスを崩して転ぶ前に、アベル君が長い手をあたしの腰に回して引き寄せた。あたしも素直に身体をあずけ縋り付くように彼の胸元を握りしめ上目で見上げた。
「ありがとう、アベル。あたしったらドジだね。…もっとしっかりしなきゃいけないのに。」
ねえアベル君、あたしの腰ってば細いでしょ?仄かに香る甘い花の香りに誘われるでしょ?こないだの夜のこと、思い出しちゃうでしょ?
アベル君があたしのちょっと露出したデコルテにそっと触れた。びくりと身体を震わせる。
「花弁が…。急に触れて、申し訳ございません。」
さっきの拍子で手元の薔薇が散ったようだ。アベル君の指につままれた赤い花弁がちょっと艶かしい。
「ううん、ありがとう。もうついてない?」
頬横の髪にもついていたようで、撫でるような手つきで取ってくれる。アベル君の瞳がずっと揺れている。小さな炎のような欲が灯っては消えて。アベル君の手つきに合わせて顔を真っ赤にしてわざと小さく喘いで煽った。ねえアベル君、目の前の花、手折ってみたいと思わない?突拍子もないことをしちゃうような、無邪気で健気で男を翻弄する、けど本当は無垢な花にそそられない?
コホン、とサーシャが咳払いしてアベル君は素早くあたしから離れた。残念。
散策から戻れば、レヴィ兄からドレスと仮面が届けられていた。青リンゴのような綺麗な明るいグリーンのドレスだ。スカート部分には幾重にもシフォンが重ねられている。蝋でコーティングされた花を散りばめた大きめの仮面も可愛い。春の妖精みたい。
ドレスはベルに吊るしてもらい、寝室にある宝石箱を開けた。宝石を持ち出して足がつくようなことは嫌だから何も持ち出さない。けど皇子様の指輪を置いて行くわけにもいかない。これは持って行くことにしよう。
部屋を見渡す。リリーにとって思い入れのあるものは、ない。リリーが大事に取っておいた皇子様からのご機嫌伺いの手紙はあたしが燃やした。明日はなんとも身軽に消えられそうだ。




