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リリーは聖職者を釣ることに、した

 礼拝堂の中はとても明るい。吹き抜けの上部に多数設置された明かりとりの小窓から、前面に大きく配置されたステンドグラスから色とりどりの光が降り注いでいる。華やかな光に照らされた首座総司教は、遠目にもとても美しかった。


 肩口で切り揃えられた深い海のような紺色の髪も、同色の涼やかな目元にある泣きぼくろもなんとも色っぽい。程々に高い鼻も、形良い唇も男臭さを微塵も感じさせない。けど決して女性には見えない。肩幅もあるし、細いけど白いローブ越しにもひょろくはないようだ。微笑む姿はどこか神聖さを感じさせる。


 ゆったりとした口調で語られる物語はそろそろ終わりを迎えようとしてた。あたしでも知ってる神の愛を説く有名な物語だった。神様を愛する信心深い男と神様を愛さない罰当たりな男の話。我らが慈悲深い神様は罰当たり男を選び寄り添った。曰く、己を愛する男は常に神の愛を側に感じ幸福である。けれど、この男は愛を信じない哀れな男故、側にあって幸せを与えようっていうカンドー的な話だ。


 朗読が終わって、首座総司教は祝福を降らした。キラキラ小さな光の粒のようなものが天井から落ちてくる。静粛だった礼拝堂内に歓声があがった。口々に神を讃える言葉が聞こえてくる。


 これはごく一部の聖職者がもつ奇跡の力だ。と言っても病を治したり幸運を授けたりするようなものじゃなくて、前世での厄除けみたいなもの。彼はまだ20代、若くしてその地位につけたのは奇跡の力を持っていたからだろう。


 髪や身体に着いた光の粒は吸い込まれるように消えてった。あたしの未来が幸せでありますよーに、パンパン。頭の中で柏手を打っといた。


 首座総司教が退出すると、合わせてみんな立ち上がり礼拝堂を後にしていく。あたしは人が居なくなるまで座って待つことにした。この後に仕事が控えてるんだろう、みんなサクサク帰っていく。


 告解室は祭壇の右手奥の扉の先だ。サーシャたちに待っていてもらって、一人進んだ。扉の先は窓のない小さな部屋だ。3畳ほどのスペースを真ん中で区切ったような造りで、硬そうな布張りのされていない木製の椅子が一つ置かれていた。椅子にかけて、区切られた格子と対面した。


 突然向こう側で閉められていたカーテンが開けられた。格子越しにさらりと紺の髪が揺れたのがわかった。いくつか燭台が灯されているけど、まだ暗い。こんなに近いのに、格子越しの横顔だけで我慢だなんて泣きたい。


「ご機嫌麗しゅう、リリアン殿下。キリアン=テンブレシアと申します。こんな場所での謁見で申し訳ございませんねぇ。」


 さっきの朗読の時の優しげでゆったりした声のまま話しかけられる。目を細めて微笑む様も美しい。さすが聖職者って感じの穏やかそうな見た目なんだけど、何故かヴェネチアのカーニバルでよくあるような、ピエロのお面を被ってるみたいだなと思った。


「ううん。忙しい中ありがとう。早速だけど、ダナルゲイドお爺ちゃんからはどこまで聞いてる?」


「全て聞いておりますよ。側妃の受洗礼者名簿の件ですが、ございました。」


 へ。もう調べてくれたんだ。お願いするまでもなく、キリアンは仕事の早い男のようだ。けど、名簿があったってどういうこと。


「36年前に水の都アールスでオリヴィエという名の赤ん坊が洗礼を受けたと記録がありましてねぇ。」


 …あたしの勘が外れた?おかしいな、結構自信あったのになぁ。


「…赤ん坊の容姿は?記録されてるよね?」


「茶目茶髪、漁師の娘だそうで。」


 オリヴィエの肖像画はない。けど、アリアンナちゃんの髪はオリヴィエ譲りだ。てことは誰かの戸籍を丸ごと乗っ取ったってことかな。そんなことわざわざするってことは、やっぱりオリヴィエはただの平民じゃないってことだよね。


「キリアン首座総司教、あたしお願いがあるんだけど。」


「キリアンで結構ですよ。…お聞きいたしましょう?」


「近隣諸国全ての受洗礼者名簿に朱鷺色の髪の、オリヴィエらしき赤ん坊がいたか探して欲しいの。」


「それはまた面倒くさいお願いごとですねぇ。」


「確かに面倒なのは分かってるけど、あなたも気にならない?オリヴィエはただの平民じゃなかったかもしれない。国王が何を隠してるのか探りたくならない?」


「そうですねぇ。」


「…国王を脅すネタが手に入るかもしれないよ?」


「それはそれは物騒ですねぇ。」


 …のらりくらり語尾を伸ばしながら躱す様子はお爺ちゃんそっくりだ。キリアンはお腹に狐でも飼ってるのかな。こういう男はどうしたら動かせる?権力欲はもう満たされてそうだ。財力だってその地位があればどうにでもなる。色欲、はこの見た目だもん、いくらでも女に不自由しなさそうだよね。うーん。


「調べた結果次第で面白いことが起こると思うよ?わくわくしない?」


「…面白いこと、ですか?」


「そ。あなたって聖職者してるの楽しい?毎日お祈りして聖書の馬鹿らしい話を大真面目に読んで。それで充分満足してるってなら、これから起きることに巻き込んじゃ悪いからお願いしないけど?」


「聖書を馬鹿らしい話、ですか。公女様の言うこととは思えませんねぇ。…ああ、参考までに今日の話を王女様にご解説頂けますか?」


「神を愛さない男を選んだ神様のお話?簡単じゃない。自分に靡かない相手を落としてちやほやされたいって思うのは万人共通の感情でしょ。神様は自分のハーレムを作りたかっただけ。」


 自分を愛さない男の幸せを望む、なんて慈悲深い理由よりもよっぽどしっくりくる理由だ。それに共感できる理由だ。あたしがそう言うと、キリアンは俯いて肩を震わせた。


「くっ…爺が面白い王女様だって言ってましたけど、その通りですねぇ。ちょっとお馬鹿ですが。」


 失礼なっ!面白い女って褒め言葉じゃないよね?あたしわざとちょい馬鹿っぽく振舞ってるんだからね?あなたの興味を引くために。けど、どうやら釣れたようだ。顔をあげたキリアンは、むくれたあたしに向き合うように座り直した。


「ふふ。けど、まあその解釈は嫌いじゃないです。お願いごとを叶えればもっと笑わせてくださいますか?」


「笑えるかどうかはあなた次第だけど、退屈はさせないよ?楽しくなるようにあたしが引っ掻き回したげる。約束する。」


「近隣諸国も含めて調べるとなると、時間がかかりますねぇ。二週から一月ほどかかるでしょうか。」


「調べてくれるのね、ありがとう!どんなに時間がかかっても構わないよ。あたしのことは、これからリリーって呼んでね?」


 中々長いけど、しょうがない。断られたら素直にアルバニアに行って大公に頼むことも考えたけど、キリアンが動いてくれるなら万々歳だ。薄暗いから効果ないかもだけど、鏡の前で何回も練習を重ねたとびっきりの笑顔でお礼を言った。


「それではリリー様、もし万が一どうにもつまらない結果になりましたら…あなた様で楽しませてくださいねぇ?」


 格子越しにキリアンはあたしを舐めるように見つめてきた。細められた目は、捕食者のように怪しく光っていた。キリアンてば、ロールキャベツ男子ってやつ?…それこそあたしが望むところだよ?でもね、あたし男で遊ぶのも男と遊ぶのも大好きだけど、男に遊ばれるのは大嫌いなの。勝負だね、キリアン?


「…あたしを誘ってるの?」


「ええ、そんな花を飾って私を誘惑しようとする悪い王女様と遊ぶのも一興かと思いまして、ね。」


 バレてるし。キリアンは花にも詳しいようだ。乗り気なイケメンを前に、今更ながら格子が恨めしい。くそう。














 時刻は昼時前。キリアンとの連絡の取り方とか話してたら遅くなっちゃった。待ってたサーシャたちとともに西翼まで戻る。歩きながら考えた。アリアンナちゃんにはやっぱり出生の秘密があった。オリヴィエは一体何者なんだろう。朱鷺色の髪なんてかなり珍しい。きっと彼女の記録は見つかるはず。


 それにしても長くて一月か。結果を知るまでは王都から離れたくないな。それにあたし、まだ全然王都を堪能してないしね。アルバニアに大人しく行きたくない理由ができちゃった。でも城にいるわけにもいかない。どうしようかな。


 …うん、リリアン王女にはしばらく姿を消してもらうことにしよう。


 レヴィ兄にも誰にも知られず姿を隠す。アルバニアにはそのあと気が向けばこっそり行くことにしよう。実行するには協力者が必要だよね。一人ぴったりな人が脳裏に浮かぶ。…あの人、あたしの協力者になってくれないかなぁ。何か魅力的な交換条件を考えないと。取り敢えず明日朝一にでも登城するよう使いを送らなきゃ。方針が決まればお腹が空いてきた。今日のお昼はとびきり豪華にして貰おう!



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