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リリーは享楽的人生を望むことに、した

「リリー様、アルバニア公国には私もついて行きますからね。」


 サーシャが両手で温めたオイルをあたしの身体に塗りつけていく。サーシャには今夜アベル君から聞いたことを全て話した。その上であたしに着いてきてくれるって言ってくれることがとても嬉しい。ヘンリーはどうだろう。全部捨ててあたしを選んでくれるかな。


「でも、あたし大人しくアルバニアに行くつもりはないんだよね、まだ。心が決まらない。サーシャはどうしたらいいと思う?」


 一度アルバニアに行ったら、もう二度とスーリュアには戻れない。アリアンナちゃんと皇子様が結婚して戦争が回避されたとして戻れない。だって、帝国の皇太子との婚約から逃げた王女っていう汚名を被るんだよ?戻ったらあの国王のことだ。よくて生涯幽閉、悪くて毒杯を賜るだろうね。


 しかもアルバニアにいても必ずしも安全じゃない。アルバニアは小さな宗教国家で、住人はほぼ全員が信者で、軍事力なんか持ち合わせてない。アルバニア教は平和的な宗教だ。各国に教会を有し民衆の心理的な柱ではあるけど、国家に政治的な干渉をすることはない。もし面子を潰されたとして帝国が、スーリュアが、身柄の引き渡しを求めたら。拒否しきれるか少し不安がある。


 レヴィ兄がこれらを分かってないわけないんだ。結局あたしを捨て駒にする気まんまんってことじゃん。…国王死なないかな。急病でコロッとさ。もう奴が死んだら全部解決するのにねー。


 レヴィ兄はいつあたしをアルバニアに行かせようとするのかな。婚約の儀の前夜っていうのはあり得ないよね。アリアンナちゃんを代役に仕立てる時間が無さすぎる。けど時間がありすぎると国王があたしを捜索して見つけ出されるかもしれない。多分、前々夜に出発することになるかな。今日はもう終わる。猶予は2日とちょっと。みっじかいな。


「リリー様はどうされたいですか?リリー様が望むことならば、私はお助けするだけです。」


 あたしがしたいこと。イケメンにちやほやされて、オシャレして、欲しいものは我慢しないで手に入れて、毎日優雅にのんびり暮らしたい。うん、そうしたい。


 けど、リリーが泣いてる気がするんだ。時々心がしくしく痛むんだ。みんなみんなリリーに犠牲を押し付けて、リリーから奪うだけ。地味で引きこもりのネガティヴリリーは馬鹿な女だった。愛されないのに愛されたくて、駄々を捏ねることさえできなかった哀れな女だ。けど、あたしはどこかそんなリリーが可愛い。


 …情報を手土産に帝国に寝返ってやろうかな。なんて、暗い考えが頭をよぎる。スーリュアが消えたらリリーの悲しみも消えるかな。リリーとあたしが違いすぎて、分からない。


「サーシャはスーリュア、好き?」


「大嫌いです。陛下はリリー様を蔑ろにしました。ご兄弟方はリリー様を無視しました。貴族連中はリリー様を馬鹿にしました。皆でリリー様を殺しました。どうして好きになれるでしょう。」


「そ、そうだね。」


 さ、さすが病んでるサーシャお姉さん。坦々とした語り口調が怖い。あたしの背中を流れる手が一句ずつに強くなる。い、痛い。なんかあたしのシリアス飛んじゃうじゃん。


 サーシャは子爵家の一人娘だ。けどあたしの乳母だった母親も父親も既に亡くなってるし、爵位はサーシャとは親しくない親戚が継いでる。この国、というか殆どの国で女性が爵位を継ぐなんて出来ない。王女のあたしにも王位継承権はない。サーシャはスーリュアに未練なんてない。


 あたしは、未練があると思う。母は好きだ。エリンちゃんもポールもワイアットさんもシアさんも教会のお爺ちゃんも好き。それにヘンリー。もしスーリュアが戦火に巻き込まれてヘンリーの家族に何かあったら、きっと可愛い彼が悲しむ。小さな未練だけど、未練は未練だ。


 ぐるぐる思考がいろんな方向に飛んでっちゃう。折角のサーシャのマッサージなのに眠くならない。


「…私はリリー様に笑っていて欲しいです。あなたが何を選択しようと、笑って幸せでいてくれるなら、あのリリー様も救われる気がするのです。」


 サーシャがあたしを通してリリーを探してるのは気付いてた。あたしにリリーの残滓を見つけると切なそうに嬉しそうにしてる。もしあたしが死んだらそれも消えちゃって、リリーはもう一度死ぬことになる。サーシャはきっと耐えられないだろう。サーシャのためにもあたしは幸せじゃなきゃいけない。


「…ありがとうサーシャ」


 リリーの復讐とか何とかちょっと考えちゃったけどそんなのあたしらしくない。柄じゃないよね。漫画の主人公がよく言うもんね。復讐は何も生まないって。


 あたしは幸せ求めて欲望の赴くままに生きよう。その結果、誰かが犠牲になっちゃったり悲しんだりしてもあたしの幸せのためならまぁ仕方ないなって思える。だってあたしはあたしが一番大切だもの。まずは明日、ヘンリーに会えたらイチャイチャしたい。


 身体と頭の力を抜いてサーシャに身を任せると、あっという間に優しい夢がうつらうつら近づいて来た。ああ、幸せ。












「リリアン様、庭師からのお花とワイアット商会からのお荷物が届いております。」


 ベルとエリンちゃんが朝から腕に荷物を抱えてやってきた。ポールからは頼んでたチューベローズ、ワイアットさんからはなんだろ。


 ベルに中身を開けてもらう。出てきたのは手のひらサイズの楕円形の厚さのある布袋だった。あ、そうだ。ワイアットさんに頼んでたな、そう言えば。


「リリアン様、これ、何だかブニブニします。一体…?」


 ベルが手に持ちながら怪訝そうな顔をしてる。ふふふ。それはね、パットですよ、パット。乙女の秘密の武器だ。しかもあたし特注の服の上から触られても偽物とバレないような触り心地の!…脱いだらバレちゃうけどね!


「ないしょー。」


 ベルから受け取ってあたしも感触を確かめる。うん、いい感じだ。ワイアットさんは本当に優秀な商人だ。さすが飛ぶ鳥を落とす勢いの新興商人だ。ブニブニの素材は何なんだろ。


 今日はこのあとイケメンとのご対面。チューベローズは見た目は可憐な花だし、髪に飾ってもらおう。パットはすぐにでもこっそり詰めさせてもらおう。ベルにはケイトさんのとこにお使いに行ってもらって、サーシャとエリンちゃんに支度を頼んだ。


 聖書朗読なんて真面目に聞いてたらきっと寝ちゃう。だからゆっくりと準備した。高くなった日が窓越しに射し込んで部屋をポカポカと暖める。こんな明るい中で、香る扇情的な花の香りがなんだかチグハグだ。こういう少しの不整合な感じって、あたし好きだな。


 ベルが戻ってきて、あたしたちは礼拝堂に行くことにした。今日の騎士はイーサンとヘンリーだった。ヘンリーはあたしと目を合わせて黙礼するだけで言葉を交わすことはない。あたし王女様だもん、仕方ないよね。うーむ、王女様やめたらもっと公然とイチャイチャできるのはメリットかな。


 東翼は遠い。礼拝堂は独立した建物で東翼の先端側に建てられているから更に遠い。 東翼は城勤めの文官たちの仕事場がある。歩いている最中にすれ違う人もどんどん増えていく。あたしの顔を直接知らなくても近衛騎士を連れてるから、王女だってすぐに分かるよね。皆脇に逸れて顔を伏せる。


 目的の場所は東翼から出ればすぐに分かった。ドーム型のこじんまりした旧礼拝堂とは違って、真っ白い柱が印象的な三角屋根の建物だ。何本もの柱の天辺には聖人の像が彫られている。アーチ形の入り口には扉はなく、城の内壁を越えられる人間ならば誰でも出入りが自由だ。


 壁に空間に反響しても、なお耳に心地よいゆっくりめの声に誘われるように装飾が施されたアーチをくぐる。数百人はゆったり座れるほど、数の多い木製のベンチは前方に行けば行くほど空いていないようだ。一番後方に腰掛けた。


 ここでは身分は関係なくみんな等しく神様のしもべだ。サーシャたちに視線で同席するよう促してから、中央にある祭壇の左、聖書台に立つ赤いショールを肩に掛けた男に顔を向けた。




















私事ですが、酷い風邪を引いてしまいちょっと更新が滞りそうです。復活次第また更新ペースを上げたいと思います…。

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