リリーは受け入れることに、した
鈴谷凛こと前世のあたしは大層モテた。持って生まれた容姿が良かったのもあるけど、それだけじゃない。勘が良かったのか、ある程度仲良くなれば相手の男が何を求めてるのかわかっちゃうし、磨きに磨いたモテ術でそりゃあもう男はイチコロでしたとも。同時進行、デートはしごは当たり前で、15才から彼氏が途切れた事なんてなかった。友達とはキャピキャピ遊んで男にはチヤホヤされて超充実人生だった。影でスイーツビッチとか言われてたけど、否定しなーい。
あれ?あたしなんで死んだんだろ?友達はあんた絶対刺されて死ぬよとか言ってたけど、そんなヘマしたかなぁ。思い出せないや。まあいいか。
お湯に浸かった裸の身体を見下ろす。おっぱいはぺったんこだし、ガリガリのせいでくびれもよくわかんない感じ。骨ばってて触り心地も悪そう。要改善だ。肌がすごく白いのは嬉しい。ほとんど化粧して来なかったから痛んでないし、これからは毎日念入りにお手入れして磨かなきゃ。客観的にみて前世のあたしよりは劣るけど素材は悪くないかな。これからの美容計画を立ててると扉がノックされた。
「失礼いたします、リリー様。」
タオルを持って入って来たのはあたしの侍女頭のサーシャだ。乳母の娘で、小さい時からずっと側にいる信頼できるお姉さんだ。
「ありがとう」
身体を拭いて貰って新しい夜着に身を包む。部屋に戻れば暖かい紅茶が用意されていた。サーシャはすごく良くできた侍女ちゃんだ。こんな夜中にごめんね。
「リリー様、こんな時間に湯浴みなんてどうされたんですか?」
サーシャとはなかなか気安い関係だからソファとお茶を勧めた。
「私ね、さっき死のうとしたの。」
ぶっとサーシャが噴き出した。変なとこに入っちゃったのかゲホゲホ噎せて涙目だ。
「大丈夫?落ち着いて?お水でも飲む?」
「いや何リリー様が落ち着いてるんですか?!どういう事?!馬鹿なの?!」
赤くなった顔を青くしながら問い詰められた。いつもの丁寧な口調が崩れちゃってる。うん、あたしも馬鹿だと思うよー。
「ごめんね。私も馬鹿な事したと思ってる。あのね、再来月に私とガルディクス皇子との正式な婚約が発表されるでしょ。だからその前に私、消えなくちゃって思ったの。でも私王女だからたとえ逃げたって連れ戻されるし、逃げ切れるわけ無いじゃない?だから死ぬしかないと思ったの。」
「だからなんでそんな発想になるんですか!リリー様はガルディクス皇子との婚約を喜んでたじゃありませんか!どこに死ぬ必要が…ってまさか?!」
「うん。多分サーシャの考えてる通り。だって皇子はアリアンナと愛し合っているんでしょ。私がいなければ二人は結ばれると思って…。正式に披露されちゃってからだと迷惑かけると思って。」
そう。あたしの婚約者の皇子様は異母妹のアリアンナとどうやら恋仲らしい。隠しきれてないらしく見目麗しい二人の悲恋が最近の社交界のメインネタ。しかも吟遊詩人にまで歌われてるらしい。あたしとしては他の女に夢中な男なんてどうでもいいけど、これは政略結婚だ。
ガルディクス皇子はうちよりも大きい大国ベルベガルド帝国の第一皇子で、皇太子だ。帝国の仮想敵国であるメガン王国に対抗するためにうちと同盟を結ぶ必要があって、完全に政略で決められた婚約だった。あたし皇妃になる予定なんだよ、凄くない?
けど、いつからか分かんないけど皇子様はどうやら妖精姫と名高い我が異母妹に惚れたらしくて。異母妹も黒の皇子と名高い皇子様にベタ惚れしたらしくて。てか黒の皇子とかそのまんまじゃん。髪黒いだけじゃん。じゃあ異母妹があたしの代わりに結婚すればいいじゃんって思うんだけど、この世界じゃ難しい。
異母妹の亡くなった母の側妃ってさ、平民出身なんだよね。で、あたしの母の王妃様は神聖アルバニア公国っていう小さな宗教国家のお姫様だった。小さな国だけど、宗教の力は侮れない。この世界のメイン宗教の総本山なんだ。バチカンの大きいバージョンみたいな感じ。
帝国側は平民の血が流れた異母妹より血統のいいあたしがいいんだって。それにうちはうちで父の国王が異母妹を蜂蜜漬けかよってくらい溺愛してて、国外に出すのを拒否してる。政略的に同盟のための結婚は必須。帝国に直系の皇女はいない。てなわけで、皇子様と妖精姫が結ばれるのは不可能ってこと。あたしがいる限り。
そう、あたしが死ねば解決する問題なんだ。同盟のための結婚が必須なんだからあたしが死ねば帝国は嫌でも異母妹を受け入れるし、国王も異母妹を手放さざるを得ない。だからリリーは皇子様の幸せのため毒薬飲んだってことなのです。
「な、なんて…なんて馬鹿な事を…。」
サーシャはもう青を通り越して真っ白い顔で涙を流しながらあたしを睨みつけてきた。
「うん、ごめん。馬鹿な考えだった。でもね、もうそんな考えは微塵もないから。私、これからは前向きに生きたい。」
あたしがそう言えば、サーシャは握り締めた手から力を抜いた。あっ、血が出てる。サーシャはこんなにリリーを大切に思ってたんだね。ちょっとほろっと&きゅんとしちゃう。
「思いとどまってくれて、本当によかった…!それで、リリー様はこれからどうなさるのですか?婚約破棄を陛下に申し出てみますか?」
「私は何もしないよ。言っても無駄だろうし。もしあの二人が添い遂げたいなら、二人が行動を起こせばいいと思うの。私は何もしないし、どんな結果でもそれを受け入れるよ。それが王女として最善だと思ってる。」
二人が行動しない結果あたしが皇子と結婚するならそれでいいし、皇妃になって子供二人産んだらイケメンの愛人と遊ぼう。婚約破棄になったらなったで、別の誰かと政略結婚するだろうし、子供二人産んだらイケメンの愛人といちゃいちゃしよう。だって貴族だもの。義務を果たせば公然の秘密ってやつで許されるのだ。けど当然結婚までは処女でいなきゃいけない。あたし我慢できるかなー。
「そうですか…。リリー様がそこまで決心されたなら私からは何も申し上げません。ところで死のうとされたって、どうやって…?」
あたしが今夜の事を説明したら、毒薬を一口飲んだって所でサーシャがよろけた。全部吐き出したって言ったのに、侍医を呼ぶってうるさい。しょうがないから服毒の件は隠すってことで許可した。サーシャは慌ただしく部屋から出て行った。もう遠くの空が黒から紺へと移ろい始めているのに起こされる侍医可哀想にってあたしのせいか。
しんとなった部屋で消えたリリーを想う。可哀想で可愛そうなリリー。彼女は最後まで皇子に愛される希望を捨て切れなかった。もしかしたら皇子は本当は異母妹ではなくてわたくしを愛しているのかもしれない。わたくしの死をもってすれ違った末の悲恋になるのではないかと。わたくしの死を嘆き悲しんでくれるのではないかと。都合のいい夢だ。でも死んでしまえば真実を見なくていいのだから最期の時までリリーは妄想に浸った。
そして遺書を用意した。二人のためにわたくしは死を選ぶという内容の。ねえリリー、救いようのない愚かなリリー。あたしが教えてあげるよ。皇子はあんたの事なんてこれっぽっちも愛してないよ。死んだとしても嘆かない。フリはするかもだけど。記憶の彼を思い出してあたしは断言できるよ。なんたってあたし、ラブハンターだもん。
今は初春。風が強い季節だ。吹き抜けた風でカタカタなる窓を開ける。燭台の火を寄せて隠した遺書を燃やした。灰はひらひらと明るくなりかけた空に吸い込まれていった。
ばいばい、馬鹿なリリー。
ばいばい、もう一人のあたし。