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リリーは略奪宣言を受け流すことに、した

 レヴィ兄との密談後、あたしは昼寝をした。起きてからこのままアフタヌーンティーでもして、ゴロゴロして夕食食べてゴロゴロしてなんて思ってたけど、やっぱり今日は厄日だったみたい。


「リリー様、アリアンナ殿下からお見舞いに伺いたいと先触れが…。」


 お見舞いってあたしの仮病について?それとも今朝国王に打たれたことについて?アリアンナちゃんには使用人がたっぷり付いている。噂を拾うのも早いんだろうな。


 どーしよーかなー。て、会うしかないよねぇ。お優しい妖精姫の申出を断ったらあたしの立場が悪くなる。全力で迎えうってやろうじゃないか。


 顔色を明るく見せる赤のフレンチスリーブのドレスを選んだ。エリンちゃんに繊細な総レースのリボンを髪に編み込んでもらって、紅を唇に乗せる。頬の赤みは白粉を軽くはたいて隠した。完全には隠せてないけど、まあいいだろう。今日のテーマは色気、だ。


 準備が出来たところで、イーサンを迎えにやった。サーシャには厨房からあたし用にいつも作ってもらってるチーズケーキをお願いした。あたしチーズケーキが一番好き。ベイクドじゃなくてスフレね。


 応接間で待ってるとイーサンから入室の許可を求められた。イーサンが扉を開けて、アリアンナちゃんをエスコートする。後ろから侍女も4人ぞろぞろやってきた。…アリアンナちゃんを見つめるイーサンの頬が赤い。しかもあの無表情男が薄っすら微笑んでいる。…折角のイケメンなのにアリアンナちゃんのものかよー。


「リリアンお姉様、お怪我をされたとお伺い致しました。お見舞いがご迷惑でないといいのですけど…。」


 迷惑だよー。あたしゴロゴロしたかったのに。


「とんでもないわ。会いに来てくれて、とても嬉しく思います。さあ、そちらにかけて。」


 応接間のソファにゆっくり座るアリアンナちゃんを観察した。…さすが妖精姫だこと。腰まで届く朱鷺色のふわっふわの髪に少し赤みを帯びた紫色の瞳は涙の膜でも張ってるのかキラキラしてる。小さな鼻も微笑みを堪えたぷっくり赤い口元も、とても可愛らしい。どこもかしこも甘そうで、まるで砂糖菓子みたいな少女だ。前世のあたしよりも可愛い…。しかも声まで嫌味のない高さで愛らしい。ぐぬぬ。


 それよりも特に目を引くのはエメラルドグリーンのドレスの胸元を押し上げる膨らみ…!天は二物を与えずって言うけど、与えてるじゃん!大きさも形も申し分ない柔そうな二物を!


 ポーカーフェースを崩さずに心の中で泣いた。母もおっぱい小さかった。あたしのおっぱいは間違いなく母譲りだ。…遺伝って怖いよね。そうよね。


 あたしがアリアンナちゃんを見てるようにアリアンナちゃんもあたしをじっと見て、ほうと可愛らしいため息をついた。


「なあに?」


「あっ、ごめんなさい不躾に。お怪我が大事ないようで本当に良かったです。それに、リリアンお姉様がとてもお綺麗で、つい見惚れてしまって…。」


 顔を赤くして語尾を小さくしながらアリアンナちゃんが言う。…たしかにあたし、今じゃ結構綺麗だって自負してるけど、あなたには負けるよねー。わあ、目を伏せるとまつ毛の長さがよく分かる。自然にカールしてるのかな。マッチ棒何本乗るかな。


「ふふふ。ありがとう。でもアリアンナ、あなたの方がずっと綺麗だわ。わたくしの騎士もあなたに見惚れてるじゃない。」


 来客時は室内に騎士も立ち会うから、あたしの後ろにはイーサンがいる。…まだ赤い顔をしてる。あたしの視線から逃げるように、目を逸らされた。ふんだ。


「と、とんでもない!イーサンはお姉様の騎士だもの。お姉様の側にいて、私に見惚れるなんてあり得ません!お姉様が一番に決まってます!」


 はーん。本当にアリアンナちゃんは天真爛漫だねぇ。もう名前呼びされてるんですねぇ。ここまでの道中で何があったんでしょうねぇ。さすが妖精姫ですねぇ。毛穴あるの?ってくらいきめ細やか肌ですねぇ。白さはあたしの勝ちだな。うん。


「まあ、そうなの?イーサン?」


「…私はリリアン殿下の騎士です。殿下をお守りすると誓っております。」


 答えになってないよ?上手く流したねぇ。けどちょうどいい機会だ。ちょっとイーサンで遊んであげる。アリアンナちゃん、あなたが来てくれて、本当に良かった。


「そう、嬉しいわ。…もし、わたくしとアリアンナが同時に危なかったら、あなたはどちらを助けるの。」


「そんな、もちろんお姉様に決まってますわ!」


 ナイスだよーアリアンナちゃん!あなた、空気読めないようですごく空気読める子だったり?イーサン、これで引けなくなったよね。本心がどうであれ、ね。


「アリアンナ殿下の仰る通りです。」


「そう、ではここで騎士の誇りにかけて誓ってちょうだい。」


「…は、」


「もし将来、誓いを守れなかったら、わたくしの言うことをなんでも聞いてちょうだいね?」


 もしあなたがあたしを優先しないで、あたしに危害が及んだら、そうね、犬になってもらうよ?いつも冷たいイーサンが屈辱に赤くなる様を見たいなぁ。


「…御身のために命を賭することを誓います。」


 イーサンはソファに座ったままのあたしの前で膝まづいて、ドレスの裾に唇を落とした。アリアンナちゃんの前で、あたしにこうするのってどんな気持ち?俯いてるから目が見えないのが残念でならないよ。


「素敵…。イーサンはお姉様に相応しい立派な騎士ですね。」


 うっとり手を組んでアリアンナちゃんが言った。恐れ入りますとイーサンはあたしの後ろに控えた。あたしが言えたことじゃないけど、この子は本当にスィーツだ。頭の中生クリームが詰まってるんじゃないかな。


 サーシャが勧めたチーズケーキを美味しそうに食べてる姿がとても可愛い。アリアンナちゃんの侍女ズも微笑ましそうに見ている。チラチラあたしを伺うから、その度ニッコリ微笑んだ。


「あの、お姉様。あちらの薔薇の花はもしかしてガルディクス皇子からの贈り物でしょうか…。」


 応接間の出窓には見事な薔薇の花が活けられている。色は、赤だ。花言葉はあなたを愛してます、だもんね。そりゃ気になるね?けどさ、よくもあたしにそんなこと聞けるよね?


「ひみつ。」


「えっ…。」


 途端に愛らしい顔が曇った。大きな宝石のような瞳が揺れてる。そんな表情も庇護欲をそそるなぁ。落ち込んだアリアンナちゃんに、侍女ズから無言の圧力を感じる。


「冗談よ。わたくしの秘密の崇拝者からのプレゼントよ。皇子からじゃないわ。」


「まあ、崇拝者なんてさすがお姉様ですね。…あの、私今日伺ったのは、お見舞い以外にも、お姉様に言わねばならないことがあるからなんです…。」


「なにかしら?」


「わ、私、ガルディクス皇子をお慕いしているのです。」


 …みんな知ってるよ?そんなにたっぷり溜めてから言うことじゃないよ?


「お姉様の婚約者であることは分かっています。婚約の儀まで間もないし、もう諦めなくちゃと思いました。…でも諦めきれないのです!」


 これは、皇子様を寝取る宣言?数多の修羅場を経験してきたあたしからしたら、笑っちゃうような拙い略奪宣言だ。でも彼女の顔は至って真面目で、茶化したら泣いてしまいそうだ。金縁の施されたティーカップを口元に寄せて一口飲んだ。


「それで、わたくしにどうしろと?」


「ただ、伝えたかったのです。私は、卑怯にも今までお姉様から逃げて来ました。責められるのが怖くて、自分の気持ちを伝えることをしませんでした。愚かにも、周りがなんとかしてくれるんじゃないかって期待して、ただ待っているだけでした…。」


 話しながら泣くかなー?って思ったけど、アリアンナちゃんは気丈にも涙を零さない。泣いたらあたし大笑いしちゃったかもだから良かったー。言葉は挟まずに視線で先を促す。


「お姉様がお変わりになったと聞いて私、怖くなりました。ガルディクス皇子がお姉様に惹かれてしまうのではないかと。…その時、初めて私は自分がとても嫌な人間だと気付きました。子供のように自分の感情だけで皇子に近づいて、お姉様がどう思うのかなんてちゃんと考えていなかった。お姉様はきっと私が思う以上に辛い思いをされていたはずなのに…!」


 この子は本当に良い子で、嫌なやつで、そして傲慢だ。婚約者のあたしの前で、皇子様が既に自分のものかのように話してる。気付いていないのだろう、きっと。


「私、それでも彼を諦められないのです。正々堂々と彼の隣に立ちたい。だから、待っているだけじゃなくて行動したい。お姉様にはこれで嫌われてしまうかもしれません。でも、自分の口から伝えたかったのです…。」


「そう、あなたの気持ちはよく分かりました。」


 これで話は終わりかなと思ってカップを置いた。アリアンナちゃんはまだあたしを見つめて、言葉を待っている。けれどあたしには言うべきことなんてない。彼女の期待する言葉を与えるつもりはさらさらない。


 しーんとした空気が居た堪れない。と、取り敢えず咳払いかな?コ、コホン。


「…アリアンナ殿下、リリー様はお怪我から少し調子を崩されております。殿下の御身のためにも、日を改めた方が宜しいかと存じます。」


 ナイスだよサーシャお姉さん!


「も、申し訳ございませんお姉様。すぐに下がらせていただきます。ゆっくりお休み下さいね!」


 わたわた慌てた様も可愛いなぁ。人形のように整った顔立ちなのにとても表情豊かで、ついつい目で追ってしまう。愛されて育ったからか、真っ直ぐ人の目を覗き込んでくる。天衣無縫とはこういう子を言うんだろう。妖精姫っていう渾名がピッタリだと思う。けど、嫌いだなと思った。











 寝支度を済ませサンダルウッドの香りを楽しみながら、指先で皇子様のシグネットリングを撫ぜた。今日は疲れすぎたせいか、身体が火照ってまだ眠気が訪れない。


 周囲は尽くあたしと皇子様を引き離そうとする。まるで、あたしが悲恋物語のヒロインのようだって錯覚しそうになるくらい。


 国王の言いなりになるのは、嫌だ。かと言ってレヴィ兄の思惑に乗るのも癪だ。存在を無視した妹を使うなんて百年早いと言いたい。身の振りどころに迷うなぁ。


 リリーだったら今日のアリアンナちゃんになんて答えただろうか。きっと会うことさえ拒んで、話すら聞けなかったかもしれない。それでいいと思う。リリーが死んでいて良かった。彼女が、これ以上悲しまないのならこれで良かった。


「ふあー。明日ヘンリーが当番だといいなぁ。」


 指輪を宝石箱にしまい、シーツの間に身を滑らせる。絹の冷たさが身体に心地よい。この身体を巡る熱っぽいものの正体は怒りなんだなと思った。













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