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リリーは甘んじて駒になら、ない

 喋って喉乾いたなと思ってたら 、エリンちゃんが冷えた果実水を渡してくれた。…エリンちゃんの侍女スキルが上がってる!めちゃくちゃ褒めたら照れた。可愛い。


 ふうと息をつく。あたしが国王の種じゃないなんて陰口があったのは知ってるけど、本気にする人がいたなんてビックリだ。しかも本人に言っちゃうなんて。ばーかばーか、マーサのばーか。


 …もしかして皇子様もその噂を本気にしてる、とか?いや皇子様はそこまでお馬鹿じゃないよねぇ。


 謁見で国王はあたしが王城を抜け出したことや、仮病について何も言ってこなかった。不自然、だと思う。特に仮病について知ってたらもっともっと怒られてたはずだし、殴られたかも。アベル君が報告しなかったってことかな。


 国王から情報を隠匿するってある意味反逆だよね。アベル君の本命主人さんの指示なのかな。なに、この国内乱でも起こるの…?こわっ。


「リリー様、本日はどうされますか?日課の散策はお控えなさいますか?」


 頬には赤い手形が出来ちゃってる。…こんな時こそ出かけるべきじゃない?お目目潤ませて可哀想な可憐王女様ごっこでもしようかなー、なんて。


「お花でも眺めて心を落ち着かせようかな。」


 ポールにブーケでも作ってもらおうかなぁ。ブランチは途中だったし、コンサバトリーでお昼をとることにした。


 言葉を交わしたことがある使用人たちから同情の視線を感じながら、歩いた。王女のあたしに手をあげる人間なんて限られてるもんね、そうだよ国王の仕業だよ。酷いよねー?あ、あたしは悪くないからね?


 コンサバトリーが見えてきたところで、どうやらあたしのお気に入りのソファには先客がいるのがわかった。引き返そうかなと思ったところでガラス越しに振り向いたその人と目があってしまった。


 ここで引き返すのはあまりに失礼かなってことでそのまま進む。その人は立ち上がってあたしを待っていた。レディーファーストってやつだ。


「ごきげんよう、レヴィエルお兄様。珍しいところでお会いいたしましたわね。」


 母譲りの白金の髪に国王譲りのアレクサンドライトみたいな瞳。母から儚さをとったようなキラキラな外見の王子様イケメンだ。国王のように体格には恵まれていなくて、少しひょろっとしている。エスコートのために伸ばされた手に、手を重ねた。


「久しぶりだね、リリアン。…元気そうで何よりだ。」


 あたしの頬をチラリと見たけど、彼は無視することにしたようだ。薄情な兄だなぁ。手をひいてあたしを向かいのソファに誘導する。あたし、猫足ソファのが好きなんだけど。


 レヴィ兄の後ろに控えてる近衛騎士さんたちとイーサンは知り合いのようで、目礼しあってた。


「わたくしこちらで遅めの昼食をいただこうと思いましたの。お兄様はご休憩ですか?執務にお忙しいかと思いますがご自愛くださいませね。」


「そういえば私もまだ食事をとってなかったな。妹と親交を深める機会だ、一緒しても?」


「もちろん。」


 嫌だけど。レヴィ兄付きの侍女とエリンちゃんが用意してくる間、お茶をいただく。周囲の花の香りに負けないハーブティーだった。


 この兄は努力家だ。小さい頃から王太子に相応しいように遊びもせずに勉学に励んでいた。もちろん生まれつきの能力もあって、お陰で将来を楽しみにされている。


 彼はあたしが嫌いだと思う。彼からしたらあたしは何の努力もせずにいじけている鬱陶しい妹だったろう。でもリリーを擁護させて貰うなら、彼女だって努力したんだ。重ねても実を結ばない努力を続ける精神力がなかっただけで。でも、誰だってそうじゃない?


「最近随分君の噂を耳にするようになったよ。綺麗になったとは聞いていたけど、私たちの曽祖母、アルバニアの前大公妃にそっくりになったね。」


「お母様にも言われましたわ。わたくしが生まれる前にお亡くなりになられたのですよね。残念ですわ。」


「私の執務室に姿絵があるよ。食事を終えたら見せよう。」


「まあ、嬉しい。でもお忙しいのでは?」


 妹のためだ、とレヴィ兄は笑った。…この人、あたしに何か用があるみたい。ここじゃなくて人払いできるところで話したいってことかな。豪華なご飯が並べられてく。お互い他愛もない話をふふふほほほと談笑しながら食べた。









 レヴィ兄の執務室は国王のものより幾分狭い。けれど大きく設えた窓からは光がたっぷり入るようになっていて明るく、壁にはあちこちに風景画や肖像画が飾ってあって、温かみを感じる。あ、アリアンナちゃんの肖像画じゃん。…あたし個人のはないね。


 部屋の中央にあるソファを勧められて腰掛けた。侍従たちが菓子と紅茶を用意し終えると、レヴィ兄は下がるよう申しつけた。サーシャたちもしずしずと下がって、部屋には二人だけだ。こんなにすぐに話をしようとするってことは、やっぱり忙しい人なんだろう。お疲れさま。


「…その頬は、まさか父上が?」


 そろそろとレヴィ兄はあたしの頬に手を差し出した。あれ。意外と心配してくれたってことかな。


「わたくしの落ち度です。国王陛下のせいではございませんわ。お気になさらず。」


 レヴィ兄は昔から国王の言うことには逆らわなかった。母が言ってたことがある。もしオリヴィエの産んだ子が王子だったら、レヴィ兄は王太子になれたかどうかって。だからか分からないけど、レヴィ兄はまるで国王の犬のように、その意のままだ。彼の前で国王の悪口を言うのは控えた方がいいよね。


「父上の執務室に呼ばれたそうだね。なんて言われたの?」


「ガルディクス皇子をアリアンナから引き離すよう言われましたわ。」


 アリアンナから皇子を引き離すんじゃなくて、皇子からアリアンナを引き離せってとこが国王のアリアンナちゃんへの溺愛ぶりが伺えるよね。自分からアリアンナちゃんへ働きかけて嫌われたくないってことでしょ。近親相姦かよ。


「リリアンはそれを拒否したの?君はガルディクス皇子を慕っていたと思っていたけれど。」


「もちろんお慕いしておりますわ。それにわたくしは王女ですもの。国益のために嫁ぐのは義務です。」


 今日2度目の返答ですが、顔とキステクはね?あ、あと将来的に皇妃っていう身分もなかなか魅力的だと思うよ。


「そう。あと6日で婚約の儀だ。本当に君はこのまま皇子と婚約することが最善だと思う?」


「…と申しますと?」


「噂は君も知っているだろう。夫婦になっても愛されないのは辛いんじゃないかと思ってね。もっといい嫁ぎ先を見つけてあげることも不可能じゃない。」


 むむむ。レヴィ兄はあたしに皇子様に嫁いで欲しくないってこと?アリアンナちゃんのために?…それでこの兄が国王の意に背く、なんて有り得るの?


「政略結婚ですもの。国のためそれも致し方ありません。」


「ならば、国のためならば、リリアンはガルディクス皇子を諦めてくれるかい。」


 レヴィ兄は真っ直ぐあたしを見つめてきた。常は紫色に輝く瞳は光の加減で緑にも見える。その目は決意というか何かを覚悟してるようで、あたしにそうしろって言ってきてる。…あれ、これあたし、もしかして諦めないって言ったら殺される?な、ないよねぇ?


「国のためとあれば、王族ですもの。意を唱える気はございません。ですが…今更どうにかなるものだとお思いで?」


「どうにかするさ。まずは君の覚悟が聞きたい。」


 イケメンがふっと笑ったって今のあたしにはちょっとトキメク余裕がない。あ、あたしマジで消されるのかな。くそぅ。こいつが実兄でさえなければ身体から籠絡してやるのに。


「理由をお伺いしても?理由もなくそんなことを仰られても納得致しかねます。」


「全てが済んだら説明しよう。今は、駄目だ。」


 今日は1日色んなことがあった。国王にはぶたれてマーサに八つ当たりして、兄には説明もなしに駒のように扱われようとして。前のお気楽王女ライフが恋しい…。思わず遠い目をしちゃいそうだよ。


 皇子様への執着心なんて、ない。この兄がここまで言うなら王国のためなんだろう。でも、嫌だ。これがあたしをデロデロに甘やかして溺愛してる兄ならお願いを聞いたかもだけど、ちょっと調子が良いんじゃない?


「そうですわね…。婚約の儀まであと6日もあります。少々お時間を頂きたいわ。わたくし一人では結論が出そうにありませんし、どなかに相談しようかしら。」


「このことを誰かに、特に父上に言うことは許さない。…君の行動は全て見られていると思っていい。」


 ふーん。アベル君の本命主人はレヴィ兄ってことかな。宰相さんもレヴィ兄陣営ってことか。何を企んでるのかなー?


「ならばわたくしに直接話すのは悪手ではなくて?」


「今までの君なら話さなかったさ。…けど、皇子と距離をとろうとしている今の君なら話す価値があると思っている。」


「でも全てを話す価値はないと仰るのね。わたくしはあなたの同腹の妹であって、駒ではありませんのよ?」


 言い切ったあたしにレヴィ兄は押し黙って、そうだね、とポツリとこぼして自嘲した。根は優しい兄だこと。…ふふん、罪悪感を刺激してやる。


「…わたくしはずっとお兄様に振り向いて欲しかった。何にも一生懸命努力してこなすお兄様はわたくしの憧れでした。その背を追いかけて、振り向いて微笑みかけて欲しかった。どんなに努力してもわたくしは凡庸で、追い付けなくて諦めてしまった弱虫ですけど、あなたに褒めて欲しかった。頑張ったねと一言でいいから…。アリアンナのように、慈しんで欲しかった。」


 レヴィ兄ははっとしたようにあたしを見つめてから、俯いた。まだまだあたしの攻撃は終わらないよ!


「お兄様に信用されないのは、全てわたくしの行いのせいだと分かっておりますわ。信じてもらうのは難しいかも知れませんが、わたくしにもあなたの妹として、王女としての自尊心があるのです。何も考えずに流されるままの王女でいたくはない。駒としてではなくて、あなたの重責を分かち合える妹としてありたい…。」


「リリアン…。」


 顔を上げたレヴィ兄に、一筋涙をこぼして微笑んだ。彼は何とも言えない表情をして、唇を噛んだ。


「…事情をお話しする気になったら、またお呼び下さいな。お兄様と久しぶりに言葉を交わせて…わたくし、嬉しかった。」


 結局紅茶には口を付けずに、あたしはドアに向かった。何が入ってるか分からないもんね。これから用心しなくちゃ。背中にレヴィ兄の視線を感じたから、振り向いてもう一度儚げに笑ってやった。




















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