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リリーは娼婦に身を落とさ、ない

 まだ正午には早かったけど、ヘンリーは壁に凭れながら腕を組んであたしを待ってた。いつもより短い剣を腰にぶら下げてる。麻の白シャツに黒のベストをゆるーく着て、ちょっと鎖骨が見えてる。美味しそう。


 じぃーと観察してたあたしの視線に気付いて満面の笑みで人混みから駆け寄ってくる。


「よかった。リリー様が無事に来られるか案じてました。何か危険なことはなかったですか?」


「大丈夫だよー。あたし、ちゃんと周囲に馴染んでるでしょ。」


 ひっつめ髪をほどいて、お仕着せ風ワンピースに花柄のショールを肩にかけた今のあたしはどうみても街娘にしか見えない。今日は普通の平民がするようなデートプランを考えてってヘンリーにはリクエストしてある。


 下級とはいえ、貴族として育ったヘンリーに無茶ぶりかなとは思ったんだけど、デートしたかったんだ。高位貴族になると街中デートなんて出来ない。庭園を散策したり、領地を馬に乗って遠駆けしたり、観劇したり、夜会に行ったり。そういうのも楽しいのかもだけど、あたしは手を繋いで街をプラプラ歩きたい。


「でも、俺はすぐにわかりましたよ?やっぱりリリー様は目を引きます。」


 ふふふ。ヘンリーそれはね、恋の魔法ってやつだよ。あたしが手を差し出すと彼はおずおず握ってくれたんだけど。一旦その手を解いて、あたしから指を絡めて繋ぎ直した。見上げたヘンリーの耳が赤く染まってて可愛い。


「今日は休息日ですから、広場で大道芸とか簡単な演劇が催されてますよ。」


 途中屋台で南方の果物を絞ったジュースをひとつ買って、二人で飲みながら歩いた。


 広場にはたくさんの人がいた。ピロピロ笛で蛇を躍らせてるおじさんとか、リュートみたいな楽器や括れた太鼓を鳴らしてるお姉さんたちとか。見てるだけでテンションが上がる。


 臨時に作られたっていうテラスで屋台の食べ物を楽しんだ。王城のフルコースも美味しいけど、スパイスとかパンチが効いたお肉やお魚も美味しい。


 スーリュアは東に海に面してるから特に魚介類が新鮮。ヘンリーは器用にあたしのために料理を取り分けてくれた。大道芸を横目に食事していると、そこらかしこで皆おしゃべりに興じてる。と、あたしの名前が聞こえてきた。


「リリアン王女様はまだ我儘言って身を引かないんですって!」


「あと一週間で婚約の儀なんでしょ?妖精姫がお可哀想よねぇ。」


 見れば若い女の子たちだった。このくらいの年頃は、恋の話が大好きだもんなぁ。彼女らは口々に最近あたしが浪費ばかりしてるとか病気で皇子様の気を引こうとしてるとか噂した。


 王城内の噂は普通、下働きの者から市井に漏れる。あたしなんて特に貴族連中と関わってないから、城の侍女さんとかが情報源なはずだ。


 西翼のあたしの周りにいる使用人は概ねあたしに好意的なはずなんだけどな。ちょこまか花とかもう飽きた化粧品とか下げ渡して好感度稼いでるし。彼女たちの噂はどこから流れたものなのかな。


「移動しましょう。」


 あたしがぼうと考えてたらヘンリーが立ち上がって腕を掴んできた。彼にも聞こえてたみたいで、すごく不機嫌そう。


「ありがとう、ヘンリー。」


 もうちょっと聞いていたかったけど、ほとんど食べ終わってたし、あたしたちは広場奥に作られた舞台前に移動した。ドンキホーテみたいなアホなおじさんが主人公の物語を見て二人で笑った。


 そのあとは大通りに面した商店をぶらぶら歩いてウィンドウショッピングを楽しんだ。やっぱりサーシャの門限は厳しい気がする。あっという間に日が傾いて、もうお帰りの時間になっちゃった。


 ヘンリーに停留所まで送ってもらってお別れ。心配で着いてきたそうにしてたから宥めて、ちょうどやってきた乗合馬車に乗り込んだ。


 春の日は短いから、街中に徐々に明かりがともされて、綺麗。乗合馬車は歩道そばを走るからその速度はとてもゆっくり。イケメンいないかなー、王城では会えないような野生イケメン見たいななんて人波をずっと眺めた。


 中心部から外れて、ちょっと人が少なくなってきた十字路あたりで、突風が吹いた。砂が入らないようにぎゅって瞑った目を開けた時、飛ばされたフードを被ろうとしてる黒いローブ姿の男の人と一瞬目が合った、気がした。


 ーーー超絶イケメン………


 一瞬しか見てないけど、それも遠目だけど、魂抜かれちゃうようなイケメンだった。とんでもない威力だ。


 はっと我に帰る。


 …というか、あれって、ガルディクス皇子様、じゃない?


 一瞬すぎて目の色は分からなかったけど、似ていた。あれほどのイケメンが二人もいるとは考えにくいよね?


 馭者のおじさんにここで降りますって無理矢理降ろしてもらって、来た道を戻った。走ってさっきの場所まで戻ったけど、もういない。なんとなく十字路を右に曲がって歩き回ってみた。


 歩いても歩いても黒いローブ姿はもうどこにもなくて、ちょっと冷静になる。あたし、衝動的に追いかけちゃったけど、何がしたいんだ。なんかモヤモヤする。


 確かになかなかお目にかかれないほどのイケメンだった。あれが本当に皇子様だとしたら、記憶の彼よりも本物はずっとずっと吸引力がある。でも皇子様がこんなとこに居るわけないよねぇ?


 結構探してたせいか、もう日は完全に落ちちゃってるし、遠くで夜1つ目の鐘がなった。サーシャに怒られる。もうあたし何やってんだろ。無駄にサーシャのお説教受けるはめになるじゃん。


 薄暗くなった来た道を引き返そうとした時。建物と建物の間、細い路地の方向から何かに強い力で掴まれた。


 そのまま引き摺られて、行き当たった壁に強く背中を打ち付けられた。さっきよりも暗くて何がなんだか分からない。怖いんだけど目を閉じられなくて、あたしに覆いかぶさってるのが何なのか把握しようとした。


「僕に何の用?」


 耳元で囁かれた。ぞくりと肌が粟立つような男の声だった。どうしようどうしようどうしよう。


 ーーー間違いない、この声、ガルディクス皇子様だ…


 リリーの残留思念が狂喜に震えるのに合わせて、あたしも身体を震わせた。皇子様がゆっくりと、しなやかに長いその指をあたしの首に這わせた。


「答えないならいい、このまま折るよ?」


 かっちーん。なんでこんな訳わかんないとこで婚約者に殺されなきゃいけないんだ。ぐっちゃぐちゃだった思考がそれで落ち着いて、あたしは皇子様のローブをぎゅっと握った。


「お兄さん、あんまり綺麗なお顔してたから遊んで欲しいなと思って探してたの。…それってそんなに怒らせることだった?」


「…娼婦、か?」


 失礼なっ。フードの陰に隠れて見えない顔を睨み付けてからぐいっと引き寄せて唇を押し付けてやった。


 皇子様は一瞬あたしを突きはなそうとしたけど、それより早く唇を割るように舌を這わせた。刺激で薄く開かれたそこにねじ込む。あたしの百戦錬磨キステクに抗えるもんなら抗ってみなさい。


 しばらくされるがままだった皇子様は、もう片方の手をあたしの腰にやってきつく引き寄せた。あたしの舌を軽く噛んでくる。攻守交替の合図のようだ。


 う、うまひ。歴代トップスリーに入るかも皇子様。長い長い口付けを解くと、お互い息が上がっていた。


「どこの店?」


 お店?ああ、あたしを買う気になったってことかな。そもそも娼婦じゃないんだけど。あたし娼婦だって一言も言ってないし。処女が娼婦とかないよねー。


「…マダム・ピートーの館ってとこ。表向きは普通の洋服屋さんだけど、裏で働いてるの。あたしのこと気に入っちゃったの?」


 嘘だけど。マダム・ピートーそんなことしてないけど。多分。艶っぽく言えば、皇子様は喉で笑った。


「昔飼ってた猫に似てるんだ。黒い毛並みに金の瞳。…そうだね、気に入ったのかもしれない。」


 あたしの肌の感触を確かめるように頬をすりすり撫でられた。気持ちよくて目を細めちゃう。


「それにしても、そんな格好で娼婦が務まるの?」


 皇子様があたしの全身に目をやった。確かにこの地味格好は娼婦っぽくないよねぇ。だって娼婦じゃないもん。


「こういう禁欲的な服を脱がさないでスるのって背徳的じゃない?お気に召さない?」


「…そうだね。悪くない。」


 ワンピースの後ろの包みボタンに手をかけられた。えっここでするの?と思った時、通りから石畳に蹄鉄と金属が響く音がした。馬車だった。


「残念、時間切れだ。…今度は僕から会いに行くよ。君の名前は?」


「…リン」


 皇子様は名残惜しそうにあたしから手を離して翻った。


 え、会いに来られても困るんだけど。マダム・ピートーが。








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