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リリーは王女様で公女様で、した

 安物の染粉で髪を黒く染めた。いい感じにあたしのエンジェルヘアをくすませてくれる。庶民に溶け込むにはあたしの髪はちょっと手入れが行き届きすぎてるからね。


 シアさん作のお仕着せ風ロングワンピースに白いエプロンをつける。染めた髪を引っ詰め頭には白い頭巾を被り、口元も白い布を三角に折り覆う。掃除道具を片手に持てば、早朝に城を彷徨いても違和感のない格好の出来上がりだ。


 サーシャの後をついて、西翼裏の林に向かった。そこには捨て置かれてるドーム型の小さな旧礼拝堂がある。今や礼拝堂といったら東翼側の豪華絢爛なものを指すから、旧礼拝堂に人が近付くことは滅多にない。


 ここに、王城を二重に囲む内壁外壁を通過して都に降りることのできる通路がある。抜け道その1だ。


 両開きの扉を開けると、左右に木製のベンチが等間隔に並べられている。奥にはアーチ状のステンドグラス、その前には白磁で造られた聖アルバニア教の唯一神オクトリウスの像が立ち、彫刻の施された木製の祭壇があった。


 朝日に照らされた神像を眺める。男でも女でもない完全体なる神は柔和な笑みを湛えていた。あたしは教皇の血に連なるものだけど、実際は不可知論者だった。けど、あの日あのタイミングで『りん』を取り戻した事にほんのちょっとだけ神様の慈悲を感じる。そう思うと自然と神の身元に跪き、そのみ脚に嵌められた紅石に口付けられた。


 がこりと祭壇下の床が浮いた。敷かれた赤いカーペットを退かすと入り口が現れる。サーシャから蝋燭を受け取って、地下の階段を照らした。


「リリー様、必ず夜1つ目の鐘が鳴る前にお帰り下さいね。この場所でお待ちしておりますので。」


 サーシャが念押ししてくる。この世界では時計はとても高価で、基本的に鐘の音で時刻を知ることになってる。午前6時から暁の鐘が2時間置きに鳴り、正午からは昼の鐘、午後6時からは夜の鐘が鳴るの。みんな鐘の種類と鳴らす回数で時間を把握してる。サーシャの決めた門限は6時だ。前世では考えらんないほど厳しいけど仕方ないよね、だってあたし王女だもん…。


「わかってるよー!無理そうだったら手段つけてちゃんと連絡するね!」


「必ず夜1つ目の鐘が鳴る前にお帰り下さいね?」


「う、うん…。」


 しずしず階段を降りることにしました。べ、別にサーシャが怖かったわけじゃないからね!降り終えたところで、上を見上げてサーシャに行ってきまーすと声をかけた。


 ここから先はどうやら真っ直ぐ一本道みたい。結構距離あるよね。丁度いいや、お腹をぐーっと凹ませて姿勢を意識しながら歩く。美しいくびれのため、こんな時でも気を抜けない。美は1日にしてならず、だ。


 今は暁の鐘が1つ鳴ったばかり。こんなに早く抜け出したのには訳がある。ちょっと面倒なことを済ませに行かなきゃなんない。ヘンリーとのデートは、そのあとの自分へのご褒美ってやつだ。


 蝋燭が半分ほどのサイズになった所で壁に行き当たった。炎を近づけて、仕掛けを探す。壁の真ん中にある不自然な火燭台を引っ張ると結構簡単に開いた。


 どうやらタペストリーの裏側に通路があったようだ。布を捲って一歩出ると、質素な部屋の中に出た。食事中のお爺ちゃんが目をまん丸にこっちを見ていた。朝ごはんの邪魔しちゃって、ごめんなさいって意味でぺこりと頭を下げる。


「王族の方、ですかな?」


 お爺ちゃんはこの抜け道の存在を知ってたみたい。王族専用の抜け道から出て来たんだから、王族だってわかるよね。話が早くて助かる。


 お爺ちゃんは白い司祭服に青のストールを肩から掛けていた。青は司祭が纏う色だ。この教会に繋がってるって知ってたから、あたしは抜け道その1を使った。目の前のお爺ちゃんはあたしの尋ね人、かもしれない。


「お爺ちゃんはダナルゲイド司祭さん?」


「お爺ちゃんとな。可愛いおなごに言われるのは嬉しいもんじゃな。いかにも儂はダナルゲイド=クロークスじゃ。さて、あなた様はどなたかな?」


 普通にしてても皺くちゃの顔が、笑ったことでもっとくしゃってなった。お爺ちゃん目、ちゃんと見えてる?


「こないだ送ったドレスは役に立った?」


「これはこれは。リリアン王女でいらっしゃったか。良い値段で売れて、お陰様で隣接の孤児院の坊主どもに鱈腹食べさせてやれました。さて、こんな早朝に如何なされた?」


「お爺ちゃんにお願いがあるの。聞いてくれるなら、あたしの個人予算から寄付を弾むよ?」


「こんな王都外れのしがない教区を受け持つ儂になんのお願いでしょう。可愛い願いでしたら、なんでも聞きますぞ。」


 何でもって言ったね?撤回は許さないよ。断ってからお爺ちゃんの向かいの席に腰を下ろして頭巾を外した。


「亡きオリヴィエ側妃について調べて欲しいの。」


 お爺ちゃんのグレーの瞳がきらんって光った、気がする。小柄で垂れ目で皺々で髪も真っ白で優しげだけど、このお爺ちゃんは狸だと思う。


 今日のために図書館で教会聖職者名簿を調べた、サーシャが。お爺ちゃんは今でこそビンボー教会の司祭さんだけど、元は首座総司教を務めてた。アルバニア教の上から数えて4番目に偉い位で、スーリュア王国内の教会のトップにいた人だ。


 あたしの自論として、偉い人はみんなお腹になんか飼ってると思ってる。


「何のためにか、とお聞きしても?」


「何でも聞いてくれるって言ったでしょ。調べるって約束してくれたら、教えたげるよ?」


「…リリアン王女はお噂とは随分違いますな。先日の寄付は賄賂と言ったとこですか。はて、そもそも何故儂にそんな頼みを?側妃のことでしたら城で貴族年鑑を調べてみては如何かの。」


 違うもん。ドレスはこのための賄賂じゃなくて、王都に遊びに行くための賄賂のつもりだったもん。あたしだってこんなの想定外だったんだから。あーあ、お爺ちゃん上手く話を逸らすよね。あたし恋愛以外の駆け引きとかって向いてないんだよ。よし、直球で行こう。


「ダナルゲイド元首座総司教、現司祭。神聖アルバニア公国の公女の身分で命じます。オリヴィエの受洗礼者名簿を手に入れなさい。」


 あたしは教皇であるアルバニア公国の大公の孫娘にあたる。公国では公女の身分を持ってる。


「儂は神聖アルバニア公国ではなく、神に終身誓約を捧げておる。その命は拒否しよう。」


「…ではスーリュア王国王女として王国民たるあなたに命じます。」


「儂の生まれは今は地図に無き亡国、王国に忠誠を誓った覚えはないのう。その命も拒否しよう。」


 くっそぅー。やっぱり狸じゃんかぁ。泣きたい。顔を歪めたあたしをお爺ちゃんはにやにや見て言った。


「理由を述べて、可愛くねだれば考えんこともないがの?」


 むっきー。




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