バナーの実力
儂は長い間、勇者などとおだてられて来たが、そんな物、皆が真実を知れば一気に大罪人に崩れ堕ちてしまうじゃろう。
儂の本質は勇者ではなくただの失敗者に過ぎぬ。
真に勇者と呼ぶに相応しいのはアラヤ君じゃろう。
儂はそう思う。
蛮勇……。その言葉が似つかわしい程、愚かしかった儂はバカなことを繰り返して来た……。
先達に喧嘩を売る、魔物に突貫する、巨人を組伏せる。
中でも大きな間違いは二つかのぉ。
友を殺したこと。
希望を殺したこと。
あの時ジルは道を踏み外すことも、それを止めるには儂では力不足だということも、あやつは知っておったのじゃろうな。
あの時竜王を……ジルを殺すべきでは無かった。
今思えば希望を……魔王殿を殺す時に使った友の力はジルの呪いだったのかも知れんな。
今思ってもその過去は老骨には遠すぎる。
既に殺してしまった事実は変わりはせんし、人間の腐敗も終わりはせん。
その救いのない世界の全てを息子に、それとココに、残すことを申し訳なく思う……。
オウルフ、自伝作成時取材の回答。
国上層部が不適切と判断し、削除。
その後、高位貴族お抱えの筆者ヒッキーによる『オウルフ 栄光の人生』が発売され国民的人気を博す。
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バナーが村に戻ると、農作業を終わらせたのか、サボったのかテセト達が麦畑の横で木の棒で互いを叩き合っていた。
所謂、チャンバラと呼ばれる物である。
いくらチャンバラとは言えそこは剣一本に命を掛けなければならない辺境の農村である。
ちゃんと剣の師であるメルトの父親に習った物であり、普通のチャンバラよりは幾分形式ばった物である。
「やあぁぁぁ!」
今戦っているのはメルトとテセトだ。
メルトが気勢をあげながら上段からの降り下ろすと、テセトは半歩横に捻るだけで簡単に避けてしまう。
更に勢い余ってつんのめったメルトに足を引っかけて転ばせる。
テセトは思いっきり地面と熱烈なキスを交わしたメルトに木の棒を突き付けて言った。
「狙いが分かりやす過ぎるよメルトくん。これでぼくの勝ちだね」
メルトは直ぐに立ち上がり、口の中の砂をペッ、ペッ、と吐き出す。
「うるせぇ!!15かいしょうぶだ!まだ負けてねぇ!!」
「えー、15回しょうぶでも、もう12回負けてるんだからぼくの勝ちだよ」
ついでに言うなら二人のこれまでの戦績は82戦全勝でテセトが圧倒的に勝っている。
これ以上戦った所で勝負は見えていた。
「うっせぇ、そんならおれが勝つまでやるんだよ!」
それでもめげない理不尽キングは執拗に勝負を仕掛け、勝つまでという無理難題をのしつけて来た。
理不尽キングとしては父親が師なのに自分よりテセトの方が成長が早いことが著しく気に入らないのだ。
テセトからすれば知らねぇよ、という話なのだが、根が律儀なテセトは面倒臭そうにしながらも、しっかりそれに付き合っている。
しかし、ここでテセトに救いの神がやって来た。
バナーである。
この理不尽から逃げられる!と直感したテセトは大声でバナーを呼ぶ。
「おおい!バナーくん!いっしょに遊ぼーう?」
子供にとっては訓練も遊びだ。
むしろ普通の遊びより大人達が嫌な顔をしない分、人気がある。
「うん、行くのいやだからいいよー」
流石にバナーとしても人生の選択には覚悟が付き物なのかあまり乗り気ではない。
それに今は幽霊と名乗る青年が居る。
新手の詐欺の可能性もあるが、バナーの持つ財産は身一つのみ。
殺されさえしなきゃ奴隷となっても死ぬまでは生きるだけだ。
今餓死するよりはよっぽどマシだとそう考えていた。
それ故精神的に余裕があったバナーは遊んで気を紛らわすことにしたのだ。
「じゃあ、行くよ」
テセトがメルトの持っていた木の棒を奪い取りバナーに放って宣言する。
コクン、とバナーが頷くと、それを合図にテセトが滑るように移動して、速度をそのままに袈裟斬りに斬りかかる。
トクン。
テセトの小さい心臓が跳ね、バナーの次の手を直感的に知る。
説明は難しいが、テセトは相手の次の行動をほぼ100%の確率で知ることが出来た。
これがテセトの力量の裏付けである。
バナーが袈裟斬りをしゃがんで避け、それを予備動作とした突きを放つと覚り、テセトはその動作を利用した切り崩しを掛ける。
「やぁ!」
しかし、バナーはその切り崩しを何の苦にもすること無くテセトの木の棒を打ち払い、テセトに突き付ける。
テセトとの戦績は32戦28勝。
僅か四度しか負けていない。 バナーはテセトどころか普通の大人にも劣らない力の持ち主なのだ。
それ故に森林に入る程自信過剰であったとも言える。
その力の裏付けは戦闘センス。
自分以外の全てを把握する程の圧倒的な空間認識能力。
それに付随する敵の攻撃予測、それの迎撃方法の選択。
全てを息をするようにし、まるでその世界の住人のようであった。
流石に大人にも通用するのは技術的な物だけで実際に試合をする運びになればその絶望的なまでの膂力の差が、大人に傷の一つも付けることは無いだろうがそれは成長が解決することだ。
こうして才能の塊は農村の片隅に其々燻り続けているのだった……。