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17.ついに実戦です

戦っていません。

 入学式から1ヶ月後、そして1週間後にエターナル・フォースを控えた日。フィルたち1年生は、初めて外での実戦授業を迎えていた。森の一角には1年生と、4年生の生徒が全クラス集まっていた。4年生はもうすぐ15歳になろうかとしている青年、かたや1年生はまだ11歳の子供であるため体格差は歴然としており、1年生たちは4年生の鍛えられた体とオーラに圧倒されていた。

 生徒の前で騎士クラスの教師が指示をしている。


「4年生は1週間後のフォースに向けて初心を思い出すことが目的だ。そして同時に、1年生のサポートをしてやってほしい。1年生は魔物との戦い方について少しでも多くのことを先輩方から学ぶように」


 その間エリーはというと、後ろの木陰で自分のクラスをじっと見つめていた。その瞳にはどこか迷いが生じており、彼の目線が常にフィルを捉えていることから、少年の何かを心配しているのはわかっている。


「エリー先生」


 語尾にハートがつきそうな勢いで名前を呼ばれ、ちらりと視線を横に流すと1年生騎士クラスであり、天才児たちを扱うSクラスの担任、ジュリアがウィンクしていた。


「…なんですかジュリア先生」


 ジュリアはふわふわの髪を揺らし、エリーに近づく。


「なんだか元気がないなぁと思って。どうしたの、悩み事かしら?」


 一見するとどう見てもエリーの方が年上に見えるが実はこのジュリア先生、とうに80歳を超えた老女である。いや、正確に言うと、彼女の種族が基本的に200年は生きる種族なので老女ではない。むしろ故郷に帰れば若い部類に入るのだが、ただの人間からすると80年も生きている彼女は立派な尊敬できる人であった。


「いえ、 少し…考え事をしていただけです」


 慎重に言葉を選んでいると、ジュリアはくすっと笑いをこぼした。


「エリーちゃんは変わってないわねぇ。昔から隠し事できないくせに、隠そうとするんだから」

「やめてください」


 昔の話をされるとどうにもむずむずして恥ずかしさが溢れてくる。なにせ彼女は、エリーが幼い頃からずっとそばにいるのだ。彼の黒歴史を一部始終知っていると言っても過言ではない。


「先生っていうのはねぇ」


 急にジュリアが真面目な表情でエリーの瞳を見据えた。


「常に余裕を見せなくちゃいけないのよ〜。生徒たちが不安がってるときにこそ、先生の本領が発揮されるってものよ!現に私のクラスの生徒はほら、落ち着いてるでしょう〜?」


 ジュリアはSクラスを指差す。その先には、確かに他のクラスよりも落ち着いて話を聞いている生徒が多いように見受けられた。少なくとも、他のクラスの生徒のようにきょろきょろと辺りを見回し挙動不審な行動をしている生徒は1人もいない。

 エリーはジュリアを見た。


「まあ、それも理由なんでしょうけど。あのクラスに入る奴らは基本的に変人が集まりますから。肝が座ってるんですよ」

「そうね〜。変わった子ばかりだから、毎日が楽しいわぁ。そうそう、この間ちょーっと授業中に居眠りしてる子がいてね、注意しようとしたら剣で切りかかってきたのよ〜。さすがに重い一撃だったわぁ。もちろんその後お仕置きしたんだけど」


 ぺらぺらと聞いてもいないことをしゃべるジュリア。だがエリーはそれを止めようとは思わなかった。彼女の邪魔をし、怒りに触れるほど怖いことはないと知っているからだ。極力平穏に、彼女を上機嫌のままこの場からフェードアウトしたい。

 そんな気持ちで無表情のまま彼女が話し飽きるのを待つのであった。




 一通りの説明が終わり生徒たちは1年生3人、4年生2人のグループに分けられた。もちろん魔術師の人数が圧倒的に足りないため、剣士5名のグループが存在する。そんな中、フィルが配属されたグループは魔術師2人剣士3人のバランスのとれたグループであった。理由は明確で、”先輩から学ぶ”をコンセプトにしている授業のため魔術師も例外なくセットにしているのだ。

 フィルは他の人に気づかれないようにメンバーを盗み見る。1年生はSクラスとの合同練習で組んだリアムと桃色の長髪を後ろでひとまとめにした少年である。4年生と組むと言われ、以前案内してもらった生徒会長のマシューと一緒になれるかもしれないと少し期待していたのだが、残念ながら違った。代わりに一緒になったのはそこまで高くない身長に(もちろんフィルよりは断然高い)、眠そうな瞳、色白というか少し青白い肌を持った青年であった。第一印象は「これが騎士?」だ。

 もう一人は女性だ。背中まである綺麗な金髪に、優しげな微笑みを浮かべている。どこからどうみてもお姉さまである。彼女は剣を下げていないことから魔術師だとわかる。

 そうして観察していると、ふと女性と目が合った。にこっと笑みを向けられフィルはぎこちなく会釈する。


「そんなに緊張なさらないで、フィルさん」


 女神のように優しげな声だ。いや、フィルは幼女という女神に会っているが、彼女のことではなく理想の女神の声である。とにかく優しげな声は、初めての魔物と戦うということで緊張していたフィルに少し余裕を持たせた。


「あの」


 フィルが声を出すと女性はうん?と首を傾げる。


「僕の名前…どうして知っているんですか?」


 女性は驚いたように手を口に当て、そのあと目元を細めてくすくすと笑った。


「だって、フィルさんは機関でとても有名ですわ。神童であり、天才であり、魔術も素晴らしい…こんな方を知らない人なんて、機関にはおりません」


 フィルは自分の顔が赤くなるのがわかった。いつもセルジュや父のルークに褒められて育ってきたが、身内の贔屓も入っていると信じ込んで軽く受け流していたのだ。だがこんな美少女に言われては、気分も高揚してしまう。

 女性はあ、と言って人差し指を立てた。


「それから、マシュー様も…いえ私の友人もフィルさんのことを褒めていらしたの」

「マシューさん?」


 知った名前が出てきてつい反応した。


「ええ。…そういえば自己紹介がまだでしたわね。申し遅れました、フィオナ・フローレンスと申します。機関では僭越ながら副会長を務めさせていただいております。よろしくお願いしますね」


 フィオナはふわりと微笑みスカートの裾を少し摘むと、優雅にお辞儀をした。

 なるほど、アマリアが興奮して話していたマシューの恋人とはこの人だったのかと納得する。彼女の言っていた通り、内面までカッコよく責任感溢れたマシューと、優しげな笑みを絶やさず常に安心させてくれるようなフィオナは絵に描いたような恋人だ。


「フィオナさん…」

「はい」


 知らぬまに彼女の名前を口に出してしまったことに気づき、慌てるが彼女は首をかしげて微笑むだけだ。どうにか会話を繋ごうとして、マシューのことが頭によぎった。


「マシューさんは、お元気ですか」


 我ながらなんと脈略のない出だしだろうかと思いながら内心汗をかく。するとそれまで微笑んでいたフィオナがかすかに眉を寄せた。もしかして怒らせたのだろうかとビクビクしていると、フィオナはふぅ、と憂いを帯びたため息をついた。


「あの方は私の言葉を無視してフィルさんに自分だけ会いに行ったんです。まったく、生徒会長ともあろうお方が1生徒を贔屓すれば周りの生徒は黙っていないでしょうに、それを承知の上でフィルさんに会いに行くなんて」


 穏やかだった口調が一変、フィオナはぶつぶつと話し続ける。


「大体、あの方はご自分がいかに人気かなのかわかっていないのです。そのおかげで毎日私が振り回される羽目になっていますわ。フィルさんが変に目立ってはいけないから極力関わらないでおこうと初めにおっしゃったのはマシュー様なのに!」


 フィオナはだんだん興奮してきたのか、声が大きくなり始めた。だがそんな自分にすぐに気づいたようで、ばつが悪そうな表情で一瞬黙り込む。そしてすぐに頭を下げた。


「申し訳ありません、少々熱くなり過ぎてしまいましたわ。お見苦しいところをお見せしました…」


 しゅんと落ち込んで謝るフィオナはなんとも可愛らしい。フィルは自分の天使と言われる容姿を棚に上げてそんなことを考えていた。

 剣士の3人はお互い顔合わせは済ませたようで、頭をさげるフィオナを興味深そうに見ている。


「フィオナさん、顔をあげてください」


 慌ててフィオナに言うと、それを見ていた4年生の剣士の生徒がずいっと前に出てきた。彼はフィルの目の前で足を止め、鼻と鼻がくっつきそうな位置でじっとフィルを見つめる。

 急な行動にどうしていいかわからず困惑していると、顔をあげたフィオナがくすっと笑った。


「あの…」

「すみませんフィルさん。彼は少々変わっているんです」


 それは見たらわかります、と思わず口にしそうになるがどうにかその言葉を飲み込んだ。そして目の前の眠たそうな両目を見つめ返す。彼は何度か瞬きをした後スッと身を引いた。それでもかなり近い距離にいるのは変わらない。


「眠いなぁ」


 散々見つめといてそれかい!とまたもやツッコミそうになる。だがフィルは生まれて5年間で培ったポーカーフェイスがある。なんとか無表情を保ったまま首を傾げた。


「眠いのに実戦練習、大丈夫なんですか?危険かも…」


 発言したフィルをまたじっと眠そうな両目が見つめる。その目は先ほどと違ってどこか興味を持っているようで、輝いている。


「俺のこと心配してくれたの、会長と副会長以来だ。俺はリアン。みんなはリーって呼ぶよ。よろしく神童」


 握手を求めて差し出された右手を見て、フィルも右手をあげる。しかし握手する前に差し出そうとした右手を、リアンが両手で包み込んだ。


「…えっと?」


 暗に離してくれと態度で示すがリアンは右手を離そうとしない。その眠そうに垂れた瞳を瞬きさせながら、さらにぎゅっと強く握ってきた。


「リアンっていう名前は、有名な剣術士だった爺ちゃんがつけてくれたんだ。意味は"動揺しない守護者"。俺が魔術師や同じ剣術士を立派に守り通せるようにってつけられた。だから俺は今日、このパーティー全員を絶対に守り通してみせる。眠いのはいつものことだから気にしないで」

「は、はい」


 一気に捲し立てられ押され気味に返事をすると、リアンは満足そうにひとつ頷いてようやく手を離した。だが距離は近いままである。

 フィオナがやれやれと肩をすくめる。


「フィルさん、リーに悪気はないんです。許してあげてください」

「…気にしてません。それとリアンさん、僕はフィルです。神童じゃなくてフィルと呼んでください」


 リアンを見上げて言うと、彼は驚きにその目を少しだけ見開いた。すぐにいつもの眠そうな目に戻り、初めてその顔に笑みを浮かべた。


「フィル…フィル、俺のこともリーって呼んで。フィルにならそう呼ばれてもいいよ」


 少しだけ頬を染め嬉しそうにフィル、フィル、と連呼するリアンはまるで小さな子供のように見えた。

 そうして話している間に教師たちは着々と実戦の準備を進めていた。

 毎年実戦が行われるこの森には古くから魔物が盛んに現れる場所として有名だ。だがそのほとんどは魔力を持たない人間でも倒せるくらいに弱いため、騎士団は魔物討伐を後回しにすることが多い。そのため学生が実戦経験を積む場所として最適なのだが、強い魔物がまったくいないわけではない。



 数十年前、夕方になってもあるパーティーが集合場所に帰らず騎士団が出動した。魔物が活発化する夜は危険だということで翌朝の捜索になった。

 早朝、森の中を捜索していた騎士団が見つけたのは血だらけの地面と、骨が剥き出した何かの塊、そして酷い悪臭だった。それが生徒たちであったものだとわかったのは、何かの塊についていた布切れであった。それは紛れもなく機関の制服であり、機関の紋様が刻まれていた。

 推測でしかないが恐らく肉食で狂暴なベリーの仕業だろうと結論づけられた。実戦中に起こった不運な事故。騎士団も機関の中でもそれで片付けられた。

 だが、亡くなった彼らの担当をしていた教師や同じクラスの生徒たちにはとても信じられない話であった。なにせ亡くなった彼らは、Sクラスにおいて天才と崇められ、トップの成績を持っていたからだ。

 "あいつらがそう簡単に死ぬはずない"

 だが、いくら望んだところで彼らが帰ってくるはずもなく。時だけが過ぎていった。

 それから数十年後、当時若かった担当教師は今自分のクラスの状況に恐怖していた。わずか5歳にして特待生であり神童の名を持つ生徒、フィル。当時天才と言われていた彼らも特待生であった。



 エリーは無理やりフィルから視線を外す。彼のパーティーメンバーである4年生はともに成績トップである。

 副会長であるフィオナは歴代魔術クラスの中でも攻撃魔法に特化しており、その攻撃速度は騎士団の魔術師さえも届かない。リアンはいつも眠たげで目が開いているのかわからないが、気配察知がまるで野生のように優秀である。さらに剣術は会長に次ぐ腕前であった。


 エリーは自分があの事件から立ち直れていないことを自覚しながらも言い聞かせる。


(フィルは光属性でかつ、闇属性も扱える。心配する必要はどこにもない)


 それにあの事件があってから、この森では実戦前に騎士団が調査し危険を回避するようにしている。

 エリーは気持ちを入れ替えるようにひとつ深呼吸をし、木々の隙間から少しだけ覗く青空を仰いだのであった。

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