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15.エターナル・フォースの存在


 夕方の生徒会室の一室。夕日がもうすぐ沈もうとして、部屋に影を作り始めた頃。向かい合う長いソファの片側に、機関の生徒会長であるマシューと副会長を務めるフィオナが、反対側のソファには全身黒ずくめの男が1人座り、そのそばに少年が1人控えていた。4人は向かい合っているがしばらく無言のまま時間が過ぎる。黒ずくめの男が用意されたティーカップを手に取り口元に持って行く。味わうつもりがないのか、ごくごくと勢いよく喉に流すとぷはぁ、と息を吐き出した。


「ノアさん、失礼っすよ」


 そばに控えていた少年が黒ずくめの男、もといノアに注意する。ノアはへいへい、と聞いてなさそうに返事をすると綺麗な模様の入ったカップをカチャリと音を立ててテーブルに置いた。

 ノアが顎をくいっと突き出す。先に名乗れということだ。機関の生徒会長と深淵の騎士団長という立場上、自分が先に名乗ろうと思っていたのでマシューはすぐに頷いた。


「マシュー・ウィルソン、この機関の生徒会長をしています」


 マシューは横目でフィオナにも挨拶するように促す。フィオナは微笑んで頷いた。


「フィオナ・フローレスと申します。副会長を務めさせていただいておりますわ」


 背筋を伸ばし綺麗にお辞儀をするフィオナに見とれるでもなく、ノアはノアだ、と言うだけで自己紹介を終わらせた。そばに立つ少年は名乗る様子を見せず、ただノアの行動に対して眉間にシワを寄せている。立ち位置的に使用人のようなのでマシューも名前を問うことはしない。


「失礼ですが…本日はどのようなご用件でしょうか?」


 マシューの問いに、ノアは一瞬だけ少年に視線を投げかけた。少年はそれに気づき、持っていた薄い鞄の中から1枚の青い紙を取り出し、ノアに渡した。ノアは受け取るとテーブルの上に、マシューたちに向けて紙を置く。


「1ヶ月後、各騎士団が総出で機関の偵察に来る。各騎士団の団長、副団長とその他数名だ。目的は機関の生徒の実力を知るため……まあ実際は機関のおっさんたちの監視だろうが」

「ノアさん」


 ノアの口の悪さに、少年がすかさず牽制する。ノアは面倒くさそうに表情を歪めるとまた口を開いた。


「1ヶ月後にエターナル・フォースがあるはずだ。そこに俺達の観客席を用意しろ。これは国王からの命令、もちろん逆らうなんてできないよなぁ」


 テーブルに置いた青い紙をとんとん、と人差し指で指しながらへらへら笑うノアに、マシューは嫌な感情を隠せなかった。彼も機関のことを全面信用しているわけではないが、こうもあからさまに疑われると反抗心が湧いてくるのだ。そして何より、ノアの態度がいけない。人を試すようにあざ笑う彼の言うことを聞こうとはとても思えない。それでも国王から、と言われれば従わざるを得ないのだ。

 マシューは反抗したい気持ちを抑えながら、その顔に笑みを浮かべた。


「わざわざ機関のイベントにおこし下さるとは、大変嬉しく思います。我々生徒会は、誠意を持って騎士団の方々をお迎えいたしましょう」

「どうも」


 素っ気なく言うとノアはスッと立ち上がる。瞬きをした瞬間、だるそうな立ち居振る舞いがまるで演技だったのかと思うほど、音もせず一瞬で彼は出入口の扉の前に立っていた。

 動揺を隠せずマシューも急いで立ち上がる。隣でフィオナも慌てて立ち上がったのがわかった。


「お前」


 ノアが扉の前で人差し指を立て、マシューに向ける。本来は失礼な行為だが、なぜか彼がすると当たり前に似合っているから不思議である。

 そんなノアはマシューと視線を合わせ、少し黙ったかと思うと先程までのへらへらした態度とは一変、きりっと表情を変えた。


「お前は、絶対に機関の犬になるな。ここにいる間は奴らを全員敵だと思え。特に教師なんぞ、信じるんじゃねぇぞ」

「え、あの…」


 どういうことかと聞こうとしたが、すでにノアは扉の前から消えていた。少年が深々と頭を下げ、失礼しますと口にしてゆっくり扉を閉める。


「さすが、深淵の騎士団長なだけありますわ。もう足音はおろか、気配さえ感じません」


 フィオナがぽつりと呟いた。放心状態に近いのは彼女だけではない、マシュー自身もだ。

 機関の謎が多いことは知っている。悪い噂も、嫌という程聞いてきた。だがマシューとて、人間だ。3年とちょっと機関で過ごしてきて信頼できる教師はできたし、彼らは人間としていい人だと思っている。そんな彼らを『信じるな』と、深淵の騎士団長は言った。

 思考に囚われ突っ立っていると、くいっと制服の裾を引っ張られた。振り返るとフィオナが眉尻を下げつつも微笑みを浮かべている。


「マシュー様、ひとまず落ち着きましょう?フォースの準備は私にお任せ下さい。マシュー様は機関の者へ伝達を」

「あ、ああ…わかった。よろしく頼む、フィオナ」

「お任せ下さい」


 礼を言われたフィオナはふふ、と楽しそうに微笑むと準備のためせわしなく動き始めた。その背中を見て、マシューは心を乱している場合ではないと頬を1発叩き、いまだテーブルの上にある青い紙を手に取ったのであった。






 今日はどこか生徒達が浮き足立っているなぁと感じながら、フィルは母への手紙を教室で書いていた。いつもなら就寝前に部屋で書くのだが、明日は休みということで今夜はイヴァンからお誘いがあったのだ。そのため教室の、地面に足がつかずぷらぷらさせたままの椅子に座り、ペンを握っていた。


「フィル、聞いたか?例のうわさ!」


 テンション高くやって来たイヴァンが机をバンバン、と叩く。ふにゃふにゃと書いていた字が歪んでしまい、恨みがましく犯人を見上げた。イヴァンはあちゃーと言って両手を前で合わせる。


「ごめんごめん。悪気はなかったんだ」

「…別にいいですけど」


 書き直しだとペンを置き、未完成の手紙を折りたたんだ。すると今度は後ろから女の子の声がした。


「お手紙を書いてたのね。お母様に?」

「そうです」


 アマリアである。先日の、Sクラスとの合同練習で自分の実力不足を嘆いた彼女は最近、自らエリーに補習を申し込んでいるらしい。


「お前マメだなぁ。俺なんかここに来てから1回も書いてないぜ」

「それはイヴァンだけ。私だって入学の報告は書いた」


 フィルは2人の年齢を考える。まだ11歳のはずだが、両親は手紙をよこせと言わないのか。


「僕、ほぼ毎日書いてるんだけど…」

「はあ?」


 2人は?と続けようとして遮られる。イヴァンがうへぇと嫌そうな顔をする。


「毎日書かないといけないのか?大変だなぁ」

「フィル君は天使だから、お母様もお父様も気が気じゃないのよ」


 ねぇ、とアマリアに同意を求められ、曖昧に頷いておいた。

 ところで、とアマリアが話題を変える。


「イヴァン、さっきなんて言おうとしてたの?」

「ああ、そうだった!」


 イヴァンは手をぽん、と叩き、瞳をキラキラさせる。


「今年のエターナル・フォースに、騎士団の偉い人たちが視察に来るんだってよ!」


 騎士団と聞いて一番に思い出したのはノアの顔だった。表情が歪むのがわかる。アマリアにどうしたのと聞かれ、なんでもありませんと答えた。

 よりにもよってどうしてあんな男が思い浮かんだのか。セルジュでいいじゃないかと自分に言い聞かせているうちに会話は進む。


「どうしてわざわざ騎士団がくるの?」

「噂だけど、機関の生徒をスカウトしにくるんだってよ!もし騎士団の目に止まれば卒業後の人生は約束されたようなもんだ!」


 うしし、とにやけながら言うイヴァンにアマリアは冷めた視線を投げかける。


「おこちゃま。そんなの噂に過ぎない。きっと大人の事情ってやつよ」

「なんだよ、少しくらい夢を見たっていいだろー」

「そのまま一生覚めなくていい。さようなら」

「ひどい!」


 2人が軽口を叩きあうのを聞き流しながらフィルはペンをケースに片付ける。

 セルジュがよく言っていた。「機関を信用してはいけない」と。実際、黒い噂を聞いたこともある。フィルからすれば得体の知れない機関よりセルジュを信じるのは当然である。そして嫌な男だがノアもまた、機関を毛嫌いしていた。彼は不躾だがどこか信用できてしまう、不思議な男だ。もちろんルークも、フィルの機関への入学を渋るほどには信用していないのは明らかであった。

 はぁ、とため息をつきながら、まだ言い合っている2人の少年少女を見てそういえばと考える。


「エターナル・フォースって、何ですか?」


 フィルのその言葉に、2人はぴたりと言い争いをやめ口をあんぐり開けて固まった。信じられないものを見ているかのようにぱちぱち瞬きする。

 イヴァンがぶるぶると震え、拳を握り机にガンッと叩きつけた。


「フォースを、知らないだと!?」


 あまりの剣幕にこくこくと数回頷く。イヴァンは肩を震わせながら再び拳に力を入れる。


「フォースって言えば、機関の4大イベントのことだよ!」


 4大イベントなんぞ、聞いた覚えがない。セルジュも言っていなかったように思う。だがイヴァンとアマリアの表情を見るに、ありえないことのようだ。

 アマリアがイヴァンの肩に手を置いた。


「きっと天使の保護者は、天使がまだ幼いから関係ないと思ったんだわ。きっとそう」

「だけどよ、ここで生活していく上でフォースほど重要なもんはないぜ~」


 アマリアにやれやれ、と肩をすくめてみせる。そんなに言われると気になってくるじゃないか、とフィルは再度イベントとはどんなものなのかたずねた。

 イヴァンが腕を組んで自信満々に胸を張る。


「1年で4回行われる、機関公認の生徒同士対決だよ!5対5のチーム戦なんだ」


 今度はアマリアが口を開く。


「そこで優秀な成績を収めれば、そのチームは生活のあらゆる面で優遇されるの。例えばいつでも使える専用の訓練室を与えられたり、3ヶ月間学費免除だったり、食堂の利用がタダになったりね。まあ次のイベントで成績が落ちれば全部取り消しになるんだけど」


 ふむふむと頷いていると、イヴァンが、ただなぁ…としょんぼりして言った。


「フォースに出られるのは最低でも2年生以上じゃないと駄目なんだ」

「え?」

「違うわ」


 なぜだと問おうとして、横からアマリアが鋭く言い放った。


「フォースに出るには先生の推薦が必要なだけ。ただし、先生は上級生たちの攻撃に耐えられるだけの実力を持った生徒しか推薦しない。だから必然的に2年生以上になるの」

「なんだ、そういうことかー」


 イヴァンがほーと感心したように頷く。アマリアはそんなイヴァンを見て一瞬嫌な顔を浮かべたが、すぐにフィルに視線を戻した。


「上級生っていうのは3、4年生のことね。彼らは授業で既に魔物の討伐隊に加わってる。だから実戦経験が豊富で、とてもじゃないけど戦い方を習ったばかりの1年生では太刀打ちできない」


 魔物の討伐隊とは、騎士団のことである。いくつかある騎士団のうち、2つの団が学生の訓練をかねて魔物討伐を定期的に行っているのだ。確かに、授業で教わっただけの技術では、実戦を積んだ者には勝てないだろう。それも11歳と15歳だ。年の差も歴然である。

 アマリアがにやっと笑った。人差し指を立て、左右に揺する。


「でも一つだけ、1年生がフォースに参加できる方法がある」

「えっ、本当か!」


 イヴァンが目をキラキラさせながらアマリアに勢いよく迫った。反射でのけ反ったアマリアは、嫌そうにイヴァンを押し返す。


「それは、フォースに出られる先輩のチームに入れてもらうこと」

「でも、推薦されないと駄目って…」


 ちっちっち、とアマリアは舌を鳴らす。


「先生から推薦された生徒は、自分のチームのメンバーを好きに選ぶことが出来るの。もちろん、その選んだメンバーが間抜けな戦いをすれば推薦された生徒の評判はガタ落ち、先生からの信頼も失う」

「つまり、強い先輩を味方につけとけばおこぼれを貰えるかもってことか!」

「…イヴァンには無理だと思う」


 イヴァンが嬉しそうにはしゃぐ。それにアマリアが冷たく言い放った。

 フィルは考える。自分の知っている上級生といえば、生徒会長のマシューくらいだ。彼は強いのだろうか。


「マシューさんって…」

「マシュー様だと!?」


 アマリアがフィルの机を、反動で斜めになるほどバンッと勢いよく叩く。普段の淡々とした言動からはかけ離れているその姿に、フィルは驚き目をぱちくりさせた。そんなフィルを見てアマリアはこほんと咳をし、恥ずかしそうに視線を逸らした。


「ごめんなさい」


 そんなアマリアにイヴァンがふん、と鼻を鳴らす。


「アマリアは生徒会長が好きなんだ。あの人を追って機関に入ったも同然だしな」


 どこか不機嫌そうなイヴァン。反対にアマリアは目を輝かせている。


「私だけじゃない。マシュー様は女の子のあこがれの王子様なの。誰にでも優しくて、身分関係なく接してくれるからまさに騎士様に相応しいわ」


 それに、とアマリアの話は興奮したまま止まらない。


「彼には婚約者がいるんだけど、それが今の副会長であるフィオナ様なの。彼女もとても優しくてお姫様みたいで、そんな彼女にとってもベタ惚れなのもマシュー様の魅力…!2人の中睦まじいお姿はまるでおとぎ話みたいなの!」

「そ、そうなんですね…」


 勢いに押されてフィルは吃る。それでもアマリアはいかに2人が魅力的なのかを、頬を赤くさせながら興奮気味に語っている。


(あれ?僕はマシューさんが強いのかどうか聞きたかったんだけど…)


 そう思いアマリアを見るが、彼女はもはや自分の世界に入ってしまいしゃべり続けている。それならばとイヴァンに視線を送るが彼は彼で眉間にしわを寄せ、頬をぷくっと膨らませて不機嫌そうにしている。

 フィルは早々に2人に聞くことを諦め、不機嫌なイヴァンに代わってアマリアの話にひたすら相槌を打つのであった。


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