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14.魔法って怖い

 入学から1週間、フィルは部屋の扉を開けて固まっていた。授業が終わり夕食前に大浴場に行こうとしていたときだった。コンコン、と音がし扉を開けるとそこには一国の王子リアムが眉間にシワを寄せて仁王立ちしていた。不機嫌そうなその表情に、フィルは内心だらだらと汗を流す。


「フィル、久しぶりだな」

「お久しぶりです、リアム様」


 フィルの言葉に、さらにリアムの眉間のしわが増える。ひえぇと思いながら無表情のままリアムを見つめる。


「…手紙に、書いたはずだ」


 はてと思い数回交換した手紙の内容を思い返す。機関へ入学することが決まってからは準備が忙しくなり途絶えていた。その前の手紙の内容と言えば、リアムの教育係であるソウジが口うるさい、フィルが好きだと言っていたフォンダンショコラを食べたなど、とりとめもないことであった。

 リアムは視線をきょろきょろさせ、少し頬を赤くした。


「私とフィルは、と…友だちだ。友だちはさまづけで呼んだりしない」


 そうだろう?と意気込んで言うリアム。なるほど、「リアム様」と呼ぶなということか。しかし一国の王子を、しかも後々国王となるであろう第一王子を、様と呼ばずなんと呼ぶ。フィルにはそんな無謀なことはできない。


「すみません。リアム様はリアム様なので…」


 リアムは眉尻を下げ肩を落とした。だがすぐに我に返り姿勢を正す。


「フィルがそういうならしかたない。そういえば明日、フィルのクラスと実技授業があるな。楽しみにしている」


 それだけいうと彼は上機嫌で帰っていった。一体何をしに来たのだろうか。入学してからすぐに貴族の礼儀として、あいさつに行こうと思っていたが、この一週間何気に授業が大変で、帰るとあっという間に寝てしまうのだ。

 主にイヴァンからの情報によれば、「今年入学した第一王子はとても優秀でSクラスの人間を何人も従えている」らしい。Sクラスというのはこの機関で最も優秀な者たちが入るクラスだ。魔術クラスは毎年人数が少ないため一つしかクラスがないが、騎士クラスはそうもいかない。変動はあるが100人ほどの人数を4つのクラスに分けるのだ。S,A,B,Cの4クラスで、Sクラス以外は能力の差がない。というか特別能力がある者たちをSクラスに入れるのだ。そのSクラスを従えるリアムもまた、Sクラスの人間である。


「面倒ごと、起きなきゃいいなあ…」


 Sクラスの人たちは皆個性が強いとセルジュから聞いていた。そういう彼もSクラスだったらしいが。

 先ほどリアムのそばには誰もいなかったこともあり、噂はただの噂かもしれない。だがSクラスの人たちが一筋縄ではいかないのはイヴァンやアマリアからの情報で明白だ。

 リアムとは違い、明日の授業に少し憂鬱な気持ちを抱きながら大浴場へ行くため部屋を出たのだった。






 翌日、いつものように登校し教室に着くと、イヴァンが怒りをあらわにしてフィルの席に座っていた。フィルを視界に入れるとすっと立ち上がった。そのままずかずかと歩み寄ってくると目の前でぴたりと止まる。そして息を吸い込んだ。


「お前は馬鹿か!!」


 怒鳴られたフィルは目をぱちくりと丸くさせ、理由がわからず首を傾げる。そんなフィルにイヴァンはさらに顔を赤くさせ怒る。


「おっまえは!何も考えずにどうして大浴場にに行ったんだ!?」

「イヴァン。それじゃあ天使にはなにも伝わらない。ちょっと黙って」


 イヴァンの後ろから出てきたアマリアが彼をぐっと押しのけフィルの目線に合わせて屈みこんだ。


「昨日、大浴場に行ったのね。噂の神童が、天使が、それもこんなに可愛らしいのに護衛もつけず大浴場に行くなんて正気の沙汰じゃない。注目の的になってたの。中には神童を狙ってる人だっている。それで、イヴァンは目立つ行動は避けろって言ってるの」

「えっと…はい」


 とりあえず返事をしておいた。つまり、目立つなということだ。フィル自身、昨日の大浴場でも目立った覚えはない。入る前に脱衣を手伝ってくれた人や、中で頭を洗ってくれた人、浴槽の中で面白い話を聞かせてくれた人、上がってから牛乳を一本くれた人はいたが、それは全部フィルが幼いからだろう。特に目立った記憶もなければ注目の的になったこともないように思う。そう考えていることが伝わったのか、イヴァンが肩を掴んで揺すってきた。


「お前は、反省してないな!だいたいいつも…」


 ガミガミと怒っているが、セルジュの説教に慣れているフィルにはあまり効果がない。説教を受けたのは数えるほどしかないが、フィルが反省していないとみるとたちまち彼は淡々と笑顔で、こちらの心の弱点を突いて延々と説教をする。あれにはさすがのフィルでもやつれてしまうほどであった。だからたった11歳の子供の説教などどうってことないと腹をくくっていたのだが、問題は他にあった。


「天使は小さいから。まだ幼い天使だから仕方がないの。だって天使が人間のことを気にして行動するなんておかしいじゃない。大人の天使はそのへんうまくやれるけど、フィル君はまだ小さい天使だからそんな器用なことできない。そうよね」


 天使、小さい、天使、小さいと何度も繰り返すアマリア。小さいのは自覚している。同年代の子供より体が小さいのもわかっている。だがそこまで連呼されると男としてはイラッと来るのだ。そして何度も言ってるが天使じゃない。


「僕は人間でもう5歳だからわかります。今度から大浴場へは行きません。目立つ行動もしません」


 少し口を尖らせていうフィル。そんなフィルをクラスの皆は温かい目でほほ笑んでいる。「もう5歳だから」という言葉にまだ5歳だろと突っ込みたくなったのは当然だ。そしてあまり普段から騒がない、表情も乏しいフィルが拗ねているのはなんとも可愛らしい。


「おい、拗ねるなって」


 イヴァンが先ほどまでとは違いニヤニヤしながらフィルの頬を人差し指でぷにぷにとつつく。クラスのどこからかイヴァンを恨む声が聞こえたのは気のせいではないが、彼は気にせず触り続ける。あからさまに子ども扱いされているのに気づいてフィルは表情をすっと元に戻した。


「別に、拗ねてません」

「拗ねてる」

「拗ねてません」

「いやいや、拗ねて…くくっ」


 いつまでも続きそうなそのやりとりにイヴァンが思わず噴き出した。ムキになって言い返してくるところなんて子供だ。それに気づいていないフィルに、笑いを隠せないのだ。

 無邪気に戯れていると、教室の扉がガラッと開きエリーが入ってきた。座学の授業の始まりだ。扉の付近で言い合いをしていたため、二人はエリーにぐりぐりと頭を撫でられ、さっさと席に着くように促される。


(あれ、今のって…ちょっと大人げなかった?気のせい?)


 先ほどの自分の行動を思い出しながらフィルはそんなことない、しつこくイヴァンが言ってくるのが悪いと結論付け、自分の席へ向かったのだった。





 午後からの授業は予定通り、初めてのSクラスとの合同授業だった。そして今日から本当の意味で合同らしい。今までクラスで別れてそれぞれの練習をしていたのだが、実際に騎士クラスの生徒とチームになって魔法を使うという授業をする。


「チーム分けはこちらで作ってあります。名前を呼ばれた人からこっちに並んでくださいね~」


 騎士クラスの担任だろうか、ふわふわしたボブの髪に、成人女性より少し低いであろう身長の女性が指示をしている。彼女の指示に従い、皆チームの通りに並んでいった。フィルもいつ呼ばれるかと緊張して待っていたのだがなかなか呼ばれない。というか、魔術クラスの生徒が一人も呼ばれていない。


「なんで俺たち呼ばれないんだ?」


 ざわつきだした魔術クラスの生徒に、エリーは右手を前に出し制止の指示をした。


「騎士クラスに比べて人数が少ないからお前たちは複数のチームとそれぞれ順番に組んでもらう。指示があるまで待て」


 騎士クラスの生徒が全員並び終わり、女性がエリーに視線を投げた。エリーはそれに頷いて各クラスの中心に立つ。


「これからお前たちは、この人形を相手に戦ってもらう。方法は授業で学んだ通りだ。魔法の準備をしている間騎士クラスの生徒は足止めをし、魔術クラスの生徒はすぐにでも攻撃魔法を展開する。5人チームで3人が騎士、2人が魔術クラスでそれぞれが自分の役割をきちんと把握して行動しろ」


 エリーの足元にはちょうどフィルくらいの大きさの人形があった。ビーズの黒い瞳がきらりと光る。文字通りただの人形のように見えるが、実際は違うだろう。


「そうだな…まずはお前たちのチームからしよう。手本を見せてみろ」


 そう言ってエリーが指示した先にいたのは、リアムである。とたんに騎士クラスの生徒がざわつき始めた。リアムとあとの2人の生徒ははい、と返事をして立ち上がった。


「リアム様の戦う姿がこんな間近で見られるなんて!」

「さすが王子、俺たちとは格が違うよな」


 騎士クラスの各々が好き勝手に話し始めた。よほど興奮しているのか、ざわつきが段々大きくなる。そのとき、ドオォン、という爆発音のようなものが響き渡った。山びこのようにいつまでもなる音をつんざくようにして、女性の声が響く。


「あなたたちは騎士でしょう。どうして自分が見本に選ばれなかったことが悔しくないのかしらぁ?リアムさんが、王子がどうしたの?いつまでも地位を気にする人はさっさとここから出て行きなさい、お子様たち」


 語尾にハートが付きそうな勢いで言っているが、威圧感が凄い。可愛らしい女性の笑顔に、これほど恐怖を感じたことは今までなかった。そして彼女の握りしめている木の棒が床に食い込んで煙を上げているのも恐怖心を煽っている。先ほどの爆発音はそれが原因らしい。騎士クラスの生徒はもちろん、魔術クラスの生徒もびくびくして縮こまってしまった。エリーはそんな教え子たちを見てため息をつく。そして一人、まったく態度が変わらないフィルに目を止めた。もとよりリアムのチームにはフィルを組ませるつもりだったが、ちょうどいい。


「フィルとアマリア、最初の魔術クラスはお前たちからだ」


 はい、と返事をし二人は立ち上がる。フィルは遠目から、リアムがこちらを見ているのに気づいていたがあえて視線を合わせないようにしていた。理由はない、なんとなくだ。


「フィル」


 エリーに呼ばれ足を止めた。


「今日は人形相手だ。闇魔法の使用を許可する」


 闇魔法とは、すなわち攻撃魔法だ。前にエリーに言われた通り、魔力の制御に重点を置いて練習してきたためまったく実践経験がない。光属性は他の人が傷ついたときなどに治癒魔法を、また身体強化の魔法も使ったことがあった。

 フィルは少し固まった後、ゆっくりと頷いて前へ向き直った。

 リアム率いる騎士クラスの生徒とフィル、アマリアは視線を合わせ軽く会釈した。リアムはもとより背が高く、現国王ヘンリーと同じくすらっとしている。その両脇にいる男子二人もまたかなりの高身長だ。一人は黒髪切れ長の瞳、もう一人は桃色の長髪をポニーテールでくくっている。一瞬女性かと思ったがズボンをはいているところを見るに男らしい。

 騎士クラスの3人が人形と一定の距離で向かい合い、その後ろに守られるようにしてフィルとアマリアが立った。エリーが右手を頭上に掲げる。


「合図と同時に戦闘開始だ」


 しんと静まり返る。物音はもちろんのこと息遣いさえ聞こえない。相手は人形なのだから緊張するというのも不思議な話だが、両クラスともどこか張り詰めた空気が漂っていた。

 エリーの手が空を切り、勢いよく振り下ろされる。


「始め!」


 声が聞こえた瞬間、前衛3人があっという間に人形に間合いを詰める。そのとき、フィルの体内に何か生暖かいものが押し入ってきた。


(!?…なんだこれ、まるで入学式のときみたいな…)


 入学式のときに感じた違和感は心地よかった。だがこの違和感は、気持ち悪い。まるで体の中を調べられているように何かが体中を這いずり回っている気がする。


「危ない!」


 アマリアが隣で叫んだ。その視線は前衛3人をとらえていた。人形に迫ったはずの3人の目の前には、すでに何もなかった。そこにいたはずの人形は天高く飛び上がり、3人の頭上に浮いている。ただの人形のはずなのに、まるで生きているかのように口をぱかっと開けた。魔法を放つ気だ、と気づいたときには咄嗟に右手を前衛3人にかざしていた。


(強化、速く、強化ー!!)


 祈れば祈るほど手のひらが熱くなり、前方3人へかけた強化魔法が強くなる。リアムがいち早く相手の攻撃に気づき、切りかかったが何かバリアのようなものを張っているのか簡単にはじき返されてしまう。そのリアムを守るように、残りの2人が切りかかるが結果は同じ。騎士クラスの3人にはなす術もない。

 フィルが強化魔法に全神経を注いでいたその横で、アマリアが息を荒くして魔法を展開していた。周りには無数の火の球がメラメラと宙に漂っている。彼女の額に汗が浮かんでいるのをみてフィルはアマリアにも手をかざす。彼女の身体が一瞬光り、徐々に息が整っていく。その間も前衛3人は攻撃の手をやめない。ひたすら自分たちに注意を向けさせ、また相手に魔法を打たせるのを少しでも遅くするため、切りかかっては弾き飛ばされるを繰り返していた。


「魔法、行く!!」


 アマリアの言葉とともに3人が人形から飛び退いた。同時に人形の方も準備が整ったようだ。人形の口から5人に噴き出された炎の柱が見る見るうちに近づいてくる。後ろから見学している生徒たちの悲鳴が上がった。しかし準備はこちらも整っていた。アマリアが作り出した無数の火の球が炎の柱にぶつかっては爆発し、ぶつかっては爆発するを繰り返す。辺りには爆発音がひたすら響き続ける。一見五分五分に見えるこの戦いに、フィルは危険を感じ始めていた。

 アマリアの魔力は無限ではない。現に生成される火の球が、少しずつではあるがまとう炎の精度を落としている。彼女もこの状況に険しい表情を隠せていなかった。


「っ…フィル君ごめん。ちょっと辛い」


 アマリアは、がくっと床に膝をつく。魔力が切れると息切れ動悸、頭痛、全身に刺すような痛みが徐々に訪れる。辛いどころではないはずなのに、それでも彼女は根性で火の球を放ち続けていた。


「フィル、闇魔法だ」


 どこからかエリーの声が飛んできた。炎の柱が発する豪風で聞き取りにくかったが、戦闘を始める前に言われたことを思い出す。


(闇魔法は、想像が大事だって言ってた。闇は暗い、暗いと言えば…)


 ぱっと思い浮かんだのは、前世で遊んだ記憶だ。大きな風船の中に入ってトランポリンの上を飛び回るという遊びで、風船の中が思っていたより暗くて泣いてしまったのだ。遠い記憶の中で、風船が徐々に空気を取り入れて膨らんでいく様子が思い出される。

 その瞬間、左手に違和感を感じた。気づくと光魔法を使っていなかった左手に、魔力が結集されている。


(これが闇属性…)


 静かにただ集まっただけの魔力。自分の中にある魔力のはずなのに決して安心できない。ただそこにあるだけなのに、そのまま暗闇に飲み込まれそうな感覚に陥ってしまう。

 フィルは目の前に迫る火の柱と人形を見つめ、ぐっと左手を握りしめた。


パアアァァン!


 強烈な破裂音があたりに響き渡る。物凄い風圧と耳をつんざく音に、見学していた生徒たちからさらに恐怖の悲鳴が上がる。エリーが咄嗟に手を前に掲げ、全体を包み込むようにして結界を張った。

 

 ようやく風と音が止みはじめ、生徒たちがざわざわとし始める。さきほどまで火の柱を放っていた人形はどこにもいない。文字通り、”どこにもいない”。まるで存在しなかったかのようにこの空間から消えていた。そしてフィルを守るようにリアムが、アマリアを風圧からかばうように2人の騎士クラスの生徒が片膝をついていた。

 フィルが右手を下ろすとそれまでかすかに光っていた4人の身体が元に戻る。身体強化を解いたのだ。


「…合格だ」


 エリーが5人に向かって静かに言った。その瞬間、見学していた生徒たちから歓声が沸き上がる。


「すごい!今の魔法なに?どうやったの!?」

「すごい剣士だ!魔術師を一つも傷つけてない!」

「人形はどうなったんだ?」


 ある者は魔法を、ある者は魔術師の盾となった剣士たちを称賛し、そして皆が人形の行方について口々に話す。そんな中一人の女性が手に持った棒を振り上げていた。ドゴオォォン!という音とともに、にっこり笑った騎士クラスの担任が首を傾げる。


「し、ず、か、に、ね?」


 騎士クラスの生徒は彼女の恐ろしさを知っている。本来、床に食い込むはずのない木の棒と、担任の表情を見て大人しくなった。魔術クラスの者もたった10人だ。すぐに黙る。

 エリーがやれやれと肩をすくめてフィルに近づく。フィルは振り返り、エリーと向き合った。視線が交じりあい、一瞬フィルの様子を探る。その後ろから騎士クラスの担任である女性がひょこっと顔を出し、フィルに笑顔を向けた。


「人形が凄い速さで破裂してたわ~。思わず気持ち悪くて目をつぶっちゃった」


 ウインクをしながら笑う女性をちらっと見て、エリーは5人の生徒に視線を戻した。


「改善点だ。まずアマリア、お前はもっと早く魔法を打つ練習をしろ。より早く正確に制御できるようになれば、火の球なんて一瞬で生成できる」


 アマリアは座り込んだまま頷いた。表情は見えないがどことなく落ち込んでいるように見える。


「そしてフィル、お前は魔力量が多い。だが人間には限界が必ずある。より多くの魔力を使う光と闇属性を、特に光属性をむやみやたらに使うな。お前が魔力切れを起こせば守ってくれる騎士たちを丸裸にしたも同然だ」

「はい」


 たしかに、魔力量は多いはずだが身体が怠い気がする。左手でぎゅっと拳を握り、ゆっくりと開く。少しだけ震えていた。


(闇魔法って……魔法って、怖いなぁ)


 なにも魔法を初めて使ったわけではない。しかし今まで支援系の魔法しか知らなかった。周りの生徒も、致命傷を与えるような魔法をまだ使えない。だからいくら人形とはいえ、一発で欠片も残らないほど木端みじんに吹き飛んだ魔法に、知らず知らず冷や汗をかいていた。

 女性が騎士クラスの3人の視線を集めた。


「君たちは、とりあえず近づくときに足音立てない、気配を消すようにね。敵にバレバレよ~?でも最後まで魔術師を守ろうとしたのは偉いわ。その心意気を忘れずに!」

「はい!」


 3人の返事が重なった。その様子を見てエリーが見学していた生徒たちに指示をする。


「さっきの人形はお前たちの実力に応じて強くもなり、弱くもなる。やり方はどうでもいいが、人形を戦闘不能状態にさせれば合格、そうでなければ放課後補修だ。もちろん、チーム全員の責任でな。次のチームは…」


 補修、という言葉に5人以外の生徒たちは項垂れる。フィルは初めての闇魔法に、未だにドキドキ鳴る心臓を抑えていると、ふと視線を感じて横を向いた。リアムだ。じっと見つめてくる。


「…怪我はないか?」

「はい。守ってくれてありがとうございます」


 フィルが頭を下げるとリアムは首を振った。


「魔術師を守るのは騎士のとうぜんのつとめだ。ぶじでよかった」


 リアムが右手を差し出す。つられて右手を出すと、しっかりと握られた。

 この授業が、初めて神童が闇魔法を使った瞬間であった。これが魔物の強襲から数十年後、機関の後輩たちに神童の偉業としてかなり曲解され語り継がれることになることを、フィルをはじめこの場にいる全員が知るよしもない。


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