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11.出迎えは生徒会長でした


 フィル・マーティン、5歳、男。1歳のときには言葉を自在に操り、3歳になるころには388文字ある文字をすべて読み書きできたという。魔法についての知識も深く、教えてもいない属性関係を遊びの中で自然と理解していた。4歳では父の仕事部屋にあった資料を見て支出合計金額が間違っていることを指摘し、さらには領地の不作の理由を明確にしてその対策方法を導き出したという。そのおかげか、ここ最近は少しずつではあるが隣国への輸出が増えてきている。そして5歳の、女神の儀。国王自らが立ち会った

その場所で彼は女神から”神童”の名を与えられ、また彼の神秘的な容姿も相まって、まさに天からの使徒のようである。

 そんな噂が王都や機関のあちこちで囁かれていることも知らず、フィルはのんびりと旅が終わりに近づいていることを感づいていた。馬車での旅は半日程度であったが、ほかに同乗者もいない中では面白いものもなく、窓も小さいためあまり外の様子はわからずといったのが現状で、正直退屈していた。お尻も痛い。


 太陽が真上に昇ったころ、フィルを乗せた馬車は巨大な門の前に到着した。扉が開き外へ出るように言われる。この世界に生まれてから荷物を自分で持ったことがなかったため少し違和感があるが、これから少なくとも4年間はこれが続くのだ。慣れなければならない。一応着替えの仕方、体の洗い方、髪の乾かし方など生活するのに必要なことはセルジュに教えてもらったので、まあ心配ないだろう。前世では当然自分でしていたのだから。


「フィル様、入学式は明日の朝行われます。本日は心身を休めるようにとのことです。寮のお部屋へはこちらの者が案内します」


 馬車を先導していた男がこちら、と指した先には見たことのある制服を着た青年が立っていた。燃えるような赤髪に、きりっとした顔立ち。いかにも騎士らしい佇まいをしている。この制服は、数日前ルークが着てみなさいと言って渡してきた機関の制服だと気が付いた。ちなみに今フィルはシャツと蝶ネクタイに膝丈の半ズボンと、貴族らしい恰好をしている。


「ようこそ魔術師教育機関へ、フィル・マーティン君。俺はここの生徒会長をしている…といっても形だけのものだが。マシュー・ウィルソンだ。まあよろしく頼む」

「フィル・マーティンです。よろしくお願いします」


 お互い手を差し出して握手する。最近見た家族や屋敷の者以外の人間がノアだったので、彼の誠実そうな挨拶と表情には非常に好感が持てた。


「さっそくだが部屋に案内しよう」


 そう言ってマシューはくるりと振り返り歩き出した。馬車が動き出した音を聞きながらフィルも後に続く。

 玄関のような広間から入り、長い廊下を歩いていく。途中くねくねと何度も曲がるのでもはやフィルの頭はパンク寸前だ。険しいフィルの表情を見てマシューは苦笑いした。


「ここ、広すぎるだろう?最初は誰でも迷うんだ。大丈夫、そのうち慣れるさ。それよりも…」


 マシューは少し後ろを歩くフィルをちらちらと見てくる。何か顔についているのだろうか。顔をさわさわと撫でてみるも、変わったことはない。すると彼は眉尻を下げて遠慮がちにフィルの頭をぽんぽん、と撫でた。突然のことに思わず口をポカンと開ける。彼には随分間抜けに映っているだろう。


「こんなに幼いのに両親から離されるなんてな……聞けばまだ5歳というじゃないか。俺でよければ力になる。なにか困ったこととか、悩みごとがあれば俺に言うといい。これでも生徒会長なんだ、少しくらい融通が利くからな」


 なんだ、すごくいい人じゃないか…!と思わず感動してしまった。どこぞの黒い男とは大違いだ。やはり騎士というからにはこうでなくては。

 フィルは感動のあまり体を震わせながら礼を言った。しかし初対面のマシューには表情の違いが全くわからない。結果、彼はフィルのことを冷静で大人びた少年だと評価することになる。


「ここが君の部屋だ」


 二人はある部屋の前で止まり、マシューがポケットからカードを取り出す。


「このカードは仮のもので明日の朝までしか使えない。明日、入学式のあとで新入生らの簡単な実力テストを行うからそこで正式なカードをもらう。説明はそこでするだろうから、今は省略するぞ。とりあえず肌身離さずつけておくといい」

「わかりました」


 フィルが頷いたのを確認するとカードを部屋の扉に差し込み、音もなくドアを開けた。


「明日もらうカードもこうやって使う。部屋に入るときはカードを差し込む。それだけだ。わかったか?」


 フィルが幼いからだろうか。一つ一つ丁寧に説明してくれる。そこまで懇切丁寧にしてもらわなくてもいいのだが、と内心思いつつ善意でしてくれているので無下にもできない。


「それから、明日の朝は…そうだな、8時ぐらいに廊下に出れば、上級生がこの辺に立って案内している。この階には新入生しかいないから流れに乗ってついていけばいいぞ。8時だ。起きれるか?」

「えっと、そこまで心配していただかなくても大丈夫です。ありがとうございます」


 申し訳なく思いながら言うと、マシューはしまった、と頭をかいた。


「すまない。君と同じくらいの弟がいるんだ。いや、君よりバカで間抜けなんだが、どうにも重ねてしまって…悪いな。カードを渡しておく。今日はもう外には出ずに、ゆっくり休んでおくといい。明日から大変だろうからな」

「はい。ありがとうございました」


 マシューは最後にとてつもなくイケメンな笑みを残してその場を去っていった。彼が開けっ放しだった扉をくぐり、部屋の中へ入る。広くも狭くもなく、特徴のない部屋だ。さすがにマーティン家の自室と比べたりはしない。ベッドも座ってみた感じ少し硬いが、寝れないことはないだろう。一応枕は持ってきたので心配ないはずだ。


(…そうだ、ヘンリー様はどこにいるんだろう。きっと歳が近いのは彼くらいだろうから、もっと仲良くしておきたい…)


 ベッドに腰かけると瞼が自然と落ちてくる。服を着替えなければセルジュに怒られてしまう、と考えてここにはいないんだと気づいた。半日とはいえ馬車に揺られたので普段家から出ないフィルの体は十分疲れたようだ。側近の顔を思い出しながら、ゆっくりと意識を手放したのであった。





 廊下にコツコツと響く足音。背中まである綺麗な金髪に品のある立ち姿。金色の線が入ったスカートを揺らしながら女の子がある扉の前で立ち止まった。3回のノックのあと、返事を待たずに扉を開ける。その先には生徒会長、マシューが苦笑いしてソファに座っていた。


「フィオナ…それじゃあノックの意味がないじゃないか」

「いいじゃありませんか。どうせ自分だけ、例の神童とお会いしたのでしょう?」


 女の子は金髪をサラッと肩から流し頬をぷくっと膨らませる。白い肌にうっすらと赤みが指した。どうやらかなりご立腹のようだ。いつもより乱暴に向かいのソファに座り、マシューをじとっとした瞳で見上げる。


「あれほど私が案内しますと言いましたのに、マシュー様はいつも勝手に決めて…!」

「悪かった。けど俺も興味があったんだ。一体噂の彼がどんな子供なのか」


 マシューは彼女の怒りに慣れたように返し、立ち上がると紅茶を用意し始めた。女性を気遣うのは当然である。まあ、これ以上怒られまいとしているだけなのだが。そんなマシューの考えをすべて見通しているフィオナと呼ばれた女の子はふぅ、とため息をついた。


「まったく。生徒会長ともあろうお方が、ただの一生徒の出迎えをするなんて……もう噂になっていますわ。確かに神童という名はあれど、あの少年が変に目立つ行動は避けるべきでしたわ」

「反省してるさ。もうしない」

「前回もそう言ってましたわ……マシュー様には呆れます」


 呆れると言いながらフィオナはマシューの用意した紅茶を美味しそうに口に含む。それを確認して満足そうにマシューはほほ笑んだ。


「彼は確かに天才なんだろうが、だからこそ目が離せない。一人でなんでもできてしまう子供は危険だ。君も気にかけてあげてくれ」


 その言葉にフィオナは眉をひそめる。


「それはもちろんですわ。…マシュー様がそこまでおっしゃるなんて、よほどですわね。任せてください、私は魔術クラス。彼もおそらくそうなるでしょう」

「ああ。俺は騎士クラスだからな。わからないこともある。まあ、今年は第一王子も入学するからそこまで心配はいらないだろうが…」


 フィオナがぽん、と手を叩く。


「そうでしたわ。噂ではお二人はとても仲がよろしいとか。ふふ、微笑ましいですわね」

「ああ…」


 マシューはなんとなく、これから訪れるであろう嫌な予感を無理やり頭の隅に追いやり、楽しそうに鼻歌を歌うフィオナに優しげな視線を送ったのだった。


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