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白と静謐

作者: はねひ

吐きそうだ


何事もなく無為な暮らしを日々続け

ささやかな黒歴史を重ねてきた。


心の奥に溢れだしそうなものがあったのにすっかりせき止められそのうちコンクリのように固まってしまったようだった。

いまでは何一つ動かず風さえそよがない。


かつての恋人も思い人も自分の中ですべて死んだ。


ただ今はかすかに昔の匂いを思い出す音楽を聞くことでかろうじて自分を保っている。


それもすでに、耳朶の中で何かが固まりつつある。

いずれそこも空気が止まるのだろう。

酸素がなかったら生きてゆけない。


酸素、そう新鮮な酸素。

決して濃度の濃いものではない、だけど新鮮でないとダメだ。いや、ダメだったはずだ。

今こうしてよどんだ酸素を含んだ「空気のような何か」で肺を満たし続けたせいで、こんなにも肌の色がくすんでいる。きっと胃カメラを飲んだら胃壁だってくすんでいるのが見えるだろう。



夜の闇が、すこしずつ白んでくる。

きっとこのまま何事もなく朝になる。

朝日が刺せばそこから芋づる式に一日がはじまり、忙しすぎず、暇すぎない絶妙な配分のささやかなイベントに追われる。そうして脳は考えることを放棄する。



そう、阻止しなければ。

私はなんとしても朝日が射すのを阻止しなければならない。いや、しなければならなかったはずだ。

あの頃の自分ならば夜が明けるのを止めようとしたに違いない。

すなわち、片目をコスプレ用の眼帯で覆い、庭に植えた木の芽を毎日飛び越していればいずれ忍者になれると信じていたあの頃。

木の芽はいつしか私の背を追い越し、赤い実をつけ小鳥たちの憩いの場となった。

それはそれで喜ばしいことなのかもしれなかったが、自分には翼がないことを思い知らされた出来事でもあった。

話がそれた。

なんだっけ、そう、阻止しなければ。

何を?

人々が目を覚ますのを。

このまま静かな朝方の時が続けばいい。


そのまま地球が滅亡する歌を聴き続け、私は「私の世界」に入る。

誰もいない、「私」だけの、他の誰も「私」という個を邪魔しない世界だ。



とかく夜が明けて一日が始まってしまえばありとあらゆる人たちが「私」に干渉してくる。

干渉されることによって「私」は姿を変えざるを得ない。「私」自身を守るために。

そうして「私」は「私」ではなくなる。

そのうちにまた肺は濁り固まった波の上に新しい泥水が重なり凝固してゆく。



残念だ、ここには冒険もラブストーリーも学園物語も存在しないんだ。

何一つ、わくわくするような面白いことはないんだよ。

ここまで読ませてしまって申し訳なかった。

たどり着くひとさえそうはいないだろうけど、そのわずかなご縁のあった人にすら無駄な時間を使わせてしまったことを詫びなければならない。

せめて異世界にでも案内できればよかったのだけれど。

必要ないね、トップページのランキングからいくらでも面白い異世界に飛べる。



だけど、ああ、残念だ。

ここは歪んだ、若干歪んでるけど「正しい」現実世界なんだ。

あなたがいくら逃避しても戻ってこざるを得ない、触ればざらざらとして確かな感覚を伝えてくる石ころが、表に出ればごろごろと転がっている世界なんだ。



朝日の白が、あなたに突き刺さる。

あなたは目覚め、やがて何処かへ向かうだろう。





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