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神殺しの断頭刃  作者: 藍園露草
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001

 真っ白なばかりの眼前が、鮮やかな色彩と多様な形を持っていく。

 踏み出したそこは薄暗かった。若草の生えた地面には木々の影が落ち、頭上では小鳥が可愛らしい声で囀っている。木の密度から考えて、森のようだ。

 手にギロチンを引っ提げた少年――――断頭刃は、雲一つない澄み切った青空を見上げる。

「ここが、異世界……?」

 呟きながら、断頭刃は首を傾げる。

 森をきょろきょろと見渡してみるが、目に映る限り、自分がいた世界とどう違うのかよく分からない。少々緑が深いが、それ以外はどこにでもある普通の森のように感じた。

 やはりあの荒唐無稽な話は嘘で、自分は騙されていたのでないかと彼は思う。

「まぁ、村や街に行けば多少違いが分かるか」

 少しばかり考えたあとそう結論付けた少年は、自称神の老いぼれを切った時に付着した血糊を振るい落とし、歩いていく。

 森の中を少し歩くと、先ほどの感想を撤回しなければならなくなった。確かに此処が断頭刃の居た世界と少々違うらしい。植物、動物、それらの形状や色素が普通でないものが目に入ったのだ。

 違いが外見だけとは限らない、解体したらもっと違いがあるかもしれないと少年は思った。面倒くさいのでやらないが。

 そのまま彼は森を突き進んでいった。ときおり狼や熊が襲い掛かってきたが、その時は首や胴を飛ばして突き進む。しばらくすれば、無暗に襲い掛かってくる獣はいなくなり、いずれも遠めから断頭刃を警戒するだけとなる。

 歩き始めて三十分ほど経った頃。森の中から外へと近づいて来た断頭刃は、森にある街道に馬車らしきものが停まっているのを発見した。

 だが、少しばかり変だ。

「……? なに?」

 馬車から棒か何かで叩くような音と、喋るというより怒鳴るといった方が当て嵌まる複数人の声。休憩のために停車しているにしては剣呑とした様子に、自然と眉根が寄る。

 足音を殺しながら近づくと、荷馬車の周辺を男たちが取り囲っているのが見えた。全員が粗末な麻や毛皮の衣服を身に着けており、手には錆の浮いた剣や木を荒く削っただけの棍棒などを握っている。

「世界が変わってもいるものなんだね、盗賊っていうのは」

 はぁ、とため息交じりに呟く。

 しかし随分と古典的な盗賊だ。断頭刃たちが住んでいた周辺にも盗賊などは時々見られたが、彼らほど野暮ったい出で立ちをしてはいなかった。もしかしたら、こちらの世界の方が古めかしいのかもしれない。

 そう感じながら盗賊たちの様子を見ていると、盗賊の一人と視線が合う。

「お……?」

「おい、どうしたよ」

「いや、あそこ」

 他の盗賊に呼びかけられた男が、断頭刃がいる先へと指差す。少年の存在に気付いた彼らは小声で囁き合うと、半数程がこちらへと向かってきた。

「随分と細っこいな。男か? 女か?」

「女だったらさ……ひひっ、ちょっと楽しんでから売ろうぜ」

「その前に売れるような奴か確認する必要あるだろ。おら、そこのチビ。ちょいとフード外しな」

 などと口々に言い合いながら、彼らは断頭刃へと接近してくる。

 それをぼんやりと見ていた断頭刃は、フード越しから淡々と尋ねた。

「お前らは……? 僕を、害する?」

「あ? こいつ、声も男か女か微妙だな……本当にどっちだ?」

「お前らは、僕を害する?」

「安心しな、大人しくしてれば殺しはしねーよ」

 問いかけるもまともな返答はない。盗賊は武器を突き付けながら、下卑た笑みを浮かべて近づいてくる。

 彼らから悪意を感じ取った少年は、真紅の瞳を細め――――動く。

 鎖が鳴り、風切音が響く。

 直後、長方形の巨大な刃が盗賊の首が刎ね、その後ろにいた仲間の脳天を叩き割った。

「……あ?」

「先生は教えてくれた……危害を加えてくる奴を殺すかどうかは、自分で決めれば良いのだと」

 何が起きたのか理解しきれなかった彼らは、聖女ギヨティーヌに屠られた仲間だったものを唖然とした様子で見下ろす。赤フードの少年は鎖を手繰り、細腕に見合わぬ凶悪な処刑具を手元に戻すと、地面を蹴り疾駆する。

「お前らは皆殺しだ」

 宣言と同時に一閃。

「うわ……っ」

 ブォン、と奏でられる不吉な音色と共に起こる風圧、迫りくる刃。己に狙いが定められたと察した男は慌てて剣を構え、攻撃を受け止めようとする。

 だが切れ味が良すぎるギロチンは彼の防御を嘲笑うように、その首を錆びた刀身ごと両断した。

「な、なんつぅ馬鹿力……うぉ!?」

 宙に舞う鎖が別の盗賊に絡みつき、体勢を崩させる。少年は銀色の鎖に捕らわれた男を投げ飛ばし、頭部から地面へと叩き付ける。

 頸骨が圧し折れる鈍い音。

 それを聞き取った後、断頭刃は振り上げた刃で五人目を頭頂部から股間に掛けて一刀する。噴き出た血潮が地面を赤く汚していく。

「な、なんだこいつ!?」

「おかしいだろ! なんであんなイカレた獲物を軽々使えるんだよ!?」

 クルリと振り返れば、馬車を囲っていた残りの盗賊たちが悲鳴混じりに騒ぎ立てる姿が見えた。

「馬鹿野郎、とっとと構えろ!」

 怖気づく配下に首領らしき者が叱咤し迎撃しようとしているが、一度伝染した混乱と恐怖が簡単に治まることはない。統率が乱れて隙だらけな有様の彼らは、もはや強者ではなく弱者――――喰う側でなく喰われる側へと成り下がっていた。

 これ以上時間をかけるのも無駄だ。

 そう判断した断頭刃は鎖の部分を持ってギヨティーヌを振り回し、三人の首を纏めて斬り飛ばす。鎖の反対側を鈍器に変えて投擲し一人を撲殺、逃亡を図った最後の一人は手足を斬り飛ばし、それでも這って逃げようとするそいつへと歩み寄って止めを刺した。

「ん、終わり」

 合計十人の盗賊を殺し終えた断頭刃はギロチンの血を振るい落とし、激しく動いたせいで外れかけたフードを被り直す。

 騒音から一転し、森の街道は静寂に包まれる。しかし赤黒い血で染まりあがった地面と鉄錆びた臭気は、先ほど以上に物騒であり凄惨なものだった。

「……? なんだ?」

 急に静まり返った外に怪訝に思ったのか、馬車の中から顎鬚を短く伸ばした三十代の男が顔を出す。上はシャツにベスト、下はズボンに腰巻という出で立ちからおそらく商人だろう。

「うひゃ!? こ、こりゃ一体どーなって……」

 辺り一面に転がる死体と、地面に広がった血の海。その光景に商人の男は目を見開き、小さく叫んだ。

「ん……丁度いいや」

「ひぃっ!」

 声を掛けると再び上がる悲鳴。

 彼は怯えの混じった目で、赤いコートを纏い断頭台の刃を携えた細身の人物を見つめる。引け越しになっているのは、何かあった時すぐにでも逃げ出すつもりだからだろう。

 しかしそんなこと気にも留めず、断頭刃は男へと声を掛ける。

「この馬車は、どこに行くつもり?」

「ど、どこってそりゃ普通に街へ」

 答えなければ殺される。そう思ったのか、男は冷や汗を浮かべ、しどろもどろになりながらも答えた。

「そっか……なら、乗せてもらっても良い?」

「え、ええ?」

 断頭刃の申し出に、商人は困惑半分怯え半分と言った様子で声を上げる。

「お金、今は持ってないけど……護衛くらいは出来るよ」

「ま、まぁそうだろうな」

 こんなこと出来るくらいだし、と男は無残に斬殺された盗賊たちを見ながら呟く。

「うん、街に付くまであんたと馬車を護る。その代わりに、馬車に乗せて行ってもらいたいんだ。あんたが行く街で降ろしてくれて良いから」

「え? それだけで……構わないのか?」

 もっと無茶な要求が来るかと警戒していた男は、予想よりも求めて来る見返りが少ないことに驚き、思わずといった調子で問い返した。

 その言葉に、少年はフードの奥で思案する。

「うん……食事も頼みたいけど……それはちょっと、贅沢過ぎる?」

「い、いや……護衛してくれるっていうんなら食事くらいは出すが」

「本当?」

「あぁ」

 商人の返答に、断頭刃は「やった」と小声で喜んだ。


  ◇◇◇


 馬車に乗せてもらってから三日が過ぎた。

 断頭刃は馬車の後部に腰を下ろし、移り変わる風景を眺める。

 土を踏みしめ舗装しているとはいえ、それでも街道には多少の凹凸があり、馬車はガタゴトとよく揺れた。

 だが上流階級御用達でもない限り、馬車なんて基本こんなものだ。尻が痛くなった時は、立ち上がってしまえば良い。バランスを崩して馬車から落ちる危険性はあるが、そんなドジを踏むほど断頭刃は運動神経が鈍くはなかった。

「おじさん、街まであとどれくらい?」

「もうじきだ」

 商人に尋ねかければ、あと一刻もすればと返答があった。

 最初は怖々と断頭刃の様子を伺っていた彼だが、もうすっかり慣れてしまったらしい。今では快活とした笑みが印象深い気さくなおじさんである。

 まぁその理由としては断頭刃が普段大人しく、護衛をこなすだけの実力を持っていたからだろう。この三日間に幾度か盗賊だの馬鹿でかい狼もどきや鳥だのが襲い掛かってきたが、全部ギヨティーヌで切り捨ててやったのだ。

 また、食せる野生動物を狩ってきて食料を貢献したのも大きい。この前は大角牛を狩ったお礼として黒パンに燻製肉と飲み水、替えの下着類、そしてナイフ一式をくれた。

 双方共に、得しているわけだ。

「そういや坊主、街で何するつもりなんだ? やっぱり冒険者になるのか?」

 と、商人は顔だけを断頭刃の方へと向けて言う。

「……? ぼーけんしゃ?」

 聞きなれない言葉に、少年は首を傾げる。

「ん? なんだ坊主、冒険者を知らないのか? なら傭兵希望か?」

「傭兵は知ってるけど、冒険者は知らない……傭兵と冒険者はどう違うの?」

「違いって言われると、そうだなぁ。簡単に言えば傭兵は戦闘専門、冒険者はオールジャンルの何でも屋ってところか。傭兵は討伐だの護衛だの戦うこと前提の仕事をしてるが、冒険者は街の掃除の手伝いや薬草の採取、技術があるなら依頼品の錬金なんかもするな」

「へぇ、冒険者の方が傭兵より金回りが良さそうだね」

「あぁそうだな……っと」

 相槌を打っていた商人は、地面に落ちた大きな影に息を呑む。

「坊主……仕事だ」

「了解」

 頷きながら、断頭刃はギロチンの刃を精製する。

 この三日間の内に分かったことだが、聖女ギヨティーヌに関してはあの宣言のような言葉を口にせずとも自由に精製・分解することが出来るようだった。これはおそらく、ギロチンが断頭刃にとって親しみやすく近しいものだからだろう。

 そして刃の大きさは変えられないが、鎖の長さは自由に変化させられるらしい。

 断頭刃は現れた敵を殺すべく鎖を伸ばしながら、ソレを見上げる。

 天高く飛行するそれは、一見すると鳥のようだった。しかし図体は鷲などの大型鳥類よりも一回りも二回りも大きく、異様なほど攻撃特化した爪や嘴を有していた。猛禽類に似た鋭い目は、眼下を進む馬車を目標に定めている。

 商人はあの鳥を魔物と呼んでいた。魔力とかいう目に見えぬ力の影響を受け、突然変異を起こした動植物をそう総称するらしい。

 だが魔物だろうが何だろうが、断頭刃には関係ない。

 ただ、敵は殺すだけのことだ。

「――――シッ……!」

 小さく声を発しながら、断頭刃はギヨティーヌを投げつける。

 放たれた刃は矢にも劣らぬ速度で魔物を捉え、胴を切断する。やや紫がかった血を宙で撒き散らしながら、墜落。鳥の魔物はそのまま馬車に轢かれて潰れた。

「仕事完了」

「おう、お疲れさん」

 ギロチンを引き戻し、先ほどひき潰した魔物が完全に死んでいるか確認を取る。遠めからでも、車裂き刑を受けたような状態だと分かる。あれなら、再び動くことはない。

 そうして危機を乗り越えた荷馬車は、二人を乗せて街を目指し走り続けた。


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