6. 船旅-2
トーマスがシャロン達との模擬試合から、数時間後。
彼はまたしても船の甲板にいた。
「近接戦闘において、掴み技や投技は意外と有効な手段だ。力任せではなく、相手の力や勢いを利用することで、後衛職や非力な女子供でも大の大人を圧倒する……、そんなことも不可能ではない」
そこで一度トーマスは言葉を切り、見回す。そこには4人の少年少女達がいて、皆真剣な面立ちでトーマスの話に耳を傾けている。
「そして何よりの利点は、応用が効く、と言うところだと私は思っている。例えば今日のシャロン嬢達都の試合、見ていたかは知らないが、そこでヴェネット嬢を少し変形的だが一本背負いと呼ばれる技で投げ飛ばした」
そう言いながら、トーマスは一本背負いをするフリをし、少年少女達に教えている。
「あの時私は、甲板に叩きつける瞬間、ヴェネット嬢を少し引っ張りあげたのだ。そうすることで頭から落ちることを阻止した」
今度は、叩きつける瞬間、自分の腕を胸元に向け引っ張る仕草をする。鎧姿の男がジェスチャーをする様は少し可笑しいが、少年少女達は誰1人として笑おうとしていない。
それ程に真剣なのだろう。
「この様に、手加減も容易く出来る。逆に地面や床が硬いのならば、頭から叩きつけることで致命傷を与えることも出来る。少しの工夫で、生殺を容易く管理できるのだ」
再度、今度は一連の動作をおさらいするかのように一気にやる。そして見回しこう言う。
「では、各自やってみてもらおう」
男女で分かれて、それぞれが教えた技を練習している。それをトーマスは一歩離れた所で見ていた。
(やはり、向こうと違いこちらの世界の人々は飲み込みが早い。物騒な世界からなのか、それとも彼等が戦いを生業としているからなのか……)
そう思いながら、トーマスは少女達へ目を向ける。
組手を行なっている二人の少女、優勢なのは背が高く、髪を一纏めにしている少女の方だった。
褐色肌で目は吊り目、軽装と言える革鎧を着ており、髪は薄めの茶髪でトーマスは生前の感性のせいもあり、軽そうな少女だなと思っていた。実際、話し方から見るに軽いのだが。
一方、劣勢の方の少女は、一目見るに高貴と言うか、気品が漂っていた。
肌は真っ白で、もう1人の少女と違い緑を基調としたロープ――下手したら引き摺るのではないか、そう思うぐらい長い物を羽織っている。金髪を伸ばしており、 真っ直ぐで金糸のような髪は手入れされているのだろう。
光沢を放ち、光輝いていた。やはりお嬢様なのだろう、学校に通う者の中には貴族階級もおり、冒険者をするのが普通らしい。おそらく学院生だろうとトーマスはにらんでいた。
茶髪の少女はゾフィといい、金髪の少女はヨーゼロッテと言う名だ。
トーマスにとって弟子とも言える少女達だった。
「ヨーゼロッテ嬢、貴方はゾフィ嬢の様に投げようとするのではなく、相手の力を利用し転ばす、又は相手に無理な動作――関節を決めるようにする方がいいと思われる」
ゾフィ達は組手をやめ、トーマスの話を注意深く聞いている。
「無理な動作って、例えばどういうのですか?」
そうヨーゼロッテが首を傾げる、その横ではゾフィも同様に傾げており、トーマスはあまりこの世界ではこう言う武術は伝わってないかもしれないと思った。
「例えばだな、腕を突き出すとする。そしたらまず手首を掴む。そして関節に逆らうように捻る。そして突き出す」
合気道で言う小手返し、に似た技であった。確かに武術は好きだが、合気道は本で読んだことしか無いトーマスであった。
しかもかなりうろ覚えである。だからか、別物といっても良いかもしれない技だった。
別に俺以外いないし、適当でいいだろう。この子たちはセンスあるし、自分で改良するだろう。
そんなことを心中で言い訳のように考えていたのであった。
「――なるほど。痛みで相手が自ら転ぶように仕向けたり、痛みで動きを封じたりするんですね?」
「そのとおりだ」
「ありがとうございます!早速やってみますね!」
そう満面の笑みで言いながら、ヨーゼロッテは嬉々とゾフィの関節を決めている。ゾフィの悲鳴が若干本気なのが実に不安であった。
一方、トーマスは軽く自己嫌悪に陥っているのであった。落ち込むぐらいならやらなければいいのだが、見栄を張りたがるチッチャな男であった。
まあ、あんなのでもしっかり使えているようだし。彼女達は天才だ。問題はない。そんな風に自己肯定し心の安定を図る。
次にトーマスが目を向けたのは、少年たちであった。
やはり男だけあって、さっきとは違い荒々しい。
熱中しているのだろう、顔は軽く笑っているが、目は鋭く、実は仲が悪いのではないかとトーマスは不安になってきた。
しかし、一応3週間で仲がいいのは確認済みである。アレも男の友情の形なのだろう。トーマスは遠い目をしながら思った。
「っしゃオラァ!」
「死にさらせオラァ!」
オラァ!、が好きなのだろうか、そして若干物騒だ。わかっていてもやっぱり不安になるのであった。
「怪我はするなよ。あと新しい技を教えよう」
そう言うやいなや、少年2人はピタッと動きを止めキビキビとこちらへ向き直り背筋を伸ばす。
トーマスは苦笑を禁じえなかった。
少年はどちらも似たような革鎧を着て、現代の工事現場で使うヘルメットの様なケトルハットと呼ばれる兜を被っている。
片方はいかにもやんちゃ坊主と言った風貌で、真っ赤な髪がケトルハットからちらりと見える。
もう2人は逆に落ち着いて、大人びて見える。まあさっきの様を見るにまだまだ子どものようだが……。
青い髪で、若干黒めだ。少し長めに伸ばしている。
赤い方がヘルフで、青い方はヨルンと言う名だった。
どちらも冒険者ランクはC級、若い中では将来有望で、ペドロのクランの中でも一目置かれている。
「新しい技といっても、やることを少し増やすだけだ。足を引っ掛けて倒すとこまでは一緒だ。その後に、相手の喉、鳩尾でもいい。そこに肘を立て、そのまま一緒に倒れろ。そうすれば喉が潰れるか相手の急所をつける」
それを聞いた途端、ヘルフはヨルンの足を引っ掛け、聞いたとおりに鳩尾に膝を打ち込んだ。
「ぐぇあ!?」
不意を突かれ、しかもまさかいきなりやられるとは思わなかったのだろう。
ヨルンはあまり出してはいけなそうな声を出し、床をのたうち回っている。
――恐ろしい子。トーマスはそう思った。兜の下では顔が引き攣っている。
「そ、そうだ。後は反復練習あるのみだ。がんばれ」
「わかったぜ!よしやるか!」
そう言いながら、ヘルフはヨルンを足蹴にし、首根っこを掴み引き摺っていく。
本当に仲はいいのだろうか……?
不安になりすぎて少し胃に痛みを覚えたトーマスであった。
トーマスの船の旅は、日中はペドロ達かヘルフ達の相手をし、夜中――夕方とも言える、はケイトに知識を教わる。
このサイクルを繰り返し、船旅は過ぎていくのであった。
……ちなみに、ヘルフはその後ヨルンに膝を折られ、半泣きで直してもらっていたそうだ。
殺し合いにならないか、暫く不安になり、夜も寝れないトーマスであった。