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6. 船旅-1


 大型船の甲板、そこで鎧の男が三人の少女と向かい合っていた。

 鎧の男は身長190㎝程、メイスと呼ばれる鋼鉄製槌矛を持っている。



 三人の少女達は、大体170㎝前後程で皆同じような身長をしている。少し茶髪の少女が低いぐらいだろう。

 赤髪の少女が前衛を務めるらしく、長剣を両手で構えている。金髪で癖毛の少女と茶髪の少女は後衛らしくそれぞれ杖、弩を構えていた。



 突如強風が吹き、マストがいっそう強く張られ、男のサーコートがはためいた。



 それが戦いの合図だったのか、少女達は一斉に動き出す。



 赤髪の少女――シャロンが踏み込むと同時に斬りかかり。死角から茶髪の少女――ヴェネットが矢を放つ。

 癖毛の少女――ケイトは突っ立ったままだが、何か呪文のような物を呟いており、集中しているのか目を瞑っている。



 なかなかのチームワークで放たれた攻撃は、男を切り裂くか矢に射たれると思われた。



 しかしその男――トーマスは常人ではなかった。



 シャロンの長剣を左手でいなしたかと思うと、矢を槌矛で叩き落とした。その人外とも言える視力と身体能力による力技であった。

 追い越すついでにシャロンの足を引っ掛け、転ばし、後衛へ向けて走りだした。



 前衛がやられ、あわや終わりと思われた。しかし少女達もまた達人と言える者達だった。



 ヴェネットが隠していたのか、素早く投げナイフを投げる。

 トーマスはソレを矢のようにメイスで叩き落とす。しかしそれは悪手だった。



 詠唱が終わり、ケイトが目を開いた。

 杖をトーマスに向け、叫ぶ。



 「――Cocytus(嘆きの凍川)!」



 そう叫ぶと共に、杖の先に魔素が集まる。

 ケイトにより冷気へと変換され、膨大な量の魔素が球体に凝縮される。

 球体は直径8㎝程で、大体野球ボールぐらいの大きさだ。



 ――色は真っ黒。暗く冷たさを感じる、周りには白い靄が出ており、それが尚一層黒さを感じさせた。



 それが形作られると直ぐに杖を離れ、トーマスへ向け放たれた。

 地獄の最下層とされ、溶けること無いその氷は罪人を永遠に閉じ込めると言われている。

 その名を冠する魔法が尋常では無いのは当然の事だった。



 それを目の前にしてトーマスが取った行動は、正面突破だった。



 メイスを振りかぶり、それへ向け叩きつける。

 球体はあっけなく、鎚頭へ吸い込まれるように消えた。

 刹那、着弾支点から広がるように氷に包まれ、トーマスまでをも凍りづけにしようとする。



 トーマスがとった行動は武器を捨てることだった。

 あっけないほどに投げ捨てられたメイスは床に落ち、甲板を広がるように凍らせていく。

 そこからは白い靄が出ており、そうそう溶けそうにないと思われた。



 捨てると共にトーマスはケイトに向け走りだす。



 トーマスはケイトに掴みかかろうとするが、間に影が入り込む。



 影の正体はヴェネットであった、手に持っていたはずの弩を背中に担ぎ、手にはナイフを持っている。

 近接戦闘もこなすのだろう、脛に向け鋭い蹴りを放つとナイフを前方に向け突き出す。



 しかし、トーマスはそれを物ともせずつきだした腕を掴み、変形的な一本背負いでヴェネットを甲板にたたきつけた。

 そして素早くケイトへ向かい、胸ぐらをつかみ甲板へ組み伏せる。



 「そこまでだ」



 離れた所で見ていた、審判役の男――ペドロがそう言い、トーマス対シャロン達の試合はトーマスの勝ちに終わった。






▼▼▼





 ”大陸”をでて、早三週間が経とうとしていた。

 この三週間、トーマスが何をしていたかというと、ただひたすらに訓練をしていた。

 ペドロや取り巻きの少女――シャロン達と試合をしていたり、同乗者の冒険者にトーマス――冬馬が生前嗜んでいた武術の技を教えていたりした。



 もちろん、体を動かすだけでなく、ケイトから一般知識などを習っていたりもしている。



 トーマスのステータスは”脳筋”型、などといわれる構成ではあるが、彼は決して頭は悪くはない。

 普通である。彼の名誉のためにも言っておく、悪くはない(・・・・・)



 「にしても、お前はホントにつええな」



 甲板の隅、日よけの布が張られたその下に、トーマスたちは座り込み談笑していた。



 「ほんと勝てる気がしないわね…」



 シャロンはそう言い、水筒に入った果実水を呷った。

 他の三名も同意のようで、縦に首を振っている。



 「そんなことはない。努力すれば追い越すことも夢ではない」



 トーマスはそう言い切る。

 ステータスは一応彼の努力の賜物とも言えるし、使っている技術も彼が習ったものも含んでいる。

 しかしそれはゲームという中で得られたものだ。

 しかしそれは、死ぬ心配もなく痛みも感じない。チートみたいなものだ。

 だからか、まるっきり嘘ということでもなかった。



 「そんなこと言ってもよ。俺だって一応”S級”冒険者だぜ?結構自信があったんだけどなー…」


 「”S級”か…。ペドロは”S級”の中では強さはどれくらいだったんだ?」



 ”冒険者”、と云われる者にはランクと言うものがあり、主に3つに分けられる。

 まず、上級、中級、初級、だ。

 細かく言うと全てで6つのランクがあり、上級には、S級、A級。中級には、B級、C級。初級には、D級、E級だ。

 D級、E級は正に初心者だ、ルーキーといってもいい。絶望的に向いてない輩はD級に上がることすら出来ない。冒険者を続けるかどうかが、此処で決まる。

 B級、C級も、D級から上がる分にはあまり大変ではない、B級に上がるには少し難しいが。数をこなしていけば自然と上がれるからだ、たとえ才能がなくとも、経験や工夫などでこなせる仕事しか来ない。

 まあそれでも、一般の人々から見れば十分腕が立つといえるのだが。

 しかし、S級、A級に上がるのは世間一般に言われる――才能が必要だ。A級は達人といえる領域まで達した者達で、B級とは戦闘能力で大きな差がある。ここまで行くとペドロの”征服王”の様に二つ名と呼ばれるものがつく。

 トーマスの様に、地球から来た者にとっては少し小恥ずかしいものを感じる様で、この話を聞いた時兜の中は少し赤くなっていたのだった。



 だが、S級とA級、この間には中級と上級よりも高い壁があると言われている。才能、それだけではなく、固有能力――魔法があるこの異世界の中でも異質な能力。

それが必要であると言われてる。



 “固有能力”、他にも贈り物(ギフト)異能(アビリティ)とも言われている。

 それは、このファンタジーな異世界の中であっても異常であり、そして強大な力であると言われている。その名の通りどれ1つとして同じ様な能力はないと言われている。似たものはあるが。

 ペドロの“征服者の尖兵”(コンキスタ・ドール)、それは擬似的な生命を創りだすとも言える。とは言ってもアレを生物と言ってもいいのかは分からないが。

この世界の“魔法”であっても作り出せない物を創りだす、それは正しく異能と言えた。



 とは言っても、比較的普通な”固有能力”もある。

 例えば、ただひたすらに炎――燃焼、爆燃、と言ってもいい、を自由自在に操るとかだ。と言っても正に”異能”の名に恥じない様で、彼女はその体すらも炎に変えているらしく。もはや人であるかも疑わしいが。

 この様な”固有能力”は珍しいものではなく、同一な能力は無いが、雷、氷、鋼鉄など、バリエーションに富んでる。誰得なのかは謎だが。



 そんな、化け物、怪物、魑魅魍魎どもの中でペドロはどれ程の強さなのか、トーマスはふと疑問に思ったのであった。



 「あ?俺か?そうだな……、どれ程(・・・)なのかは戦う機会なんかそうそうねえからわかんねえな。――只、めんどくさいから戦いたくはないとは言われたな」



 ペドロを敵に回す、それは正に軍隊を敵に回すと同じことであった。

 この世界では一騎当千、個が集団を上回る事がある世界だ。

 しかしそれでも、下手したら無限とも言える波状攻撃を浴びせ、更には正しく”S級”の実力を持つ者がいる。

 確かに、厄介であった。



「そんなことよりだな。あんた向こうについたら俺達のクランに入らねえか?」



 ペドロはトーマスに問いかける。



 「またその話か、私は終わったら旅に出たいと思っている。恩があるから手伝いなどはしてもいいが、行動を縛られるようならあまり入りたくない」



 トーマスはありがちな旅に出る、と言っているが、実際は旅を楽しむなどと考えても居ない。

 そもそも生前でさえ、旅行にも行ったことはない。最長で修学旅行だ。しかもそれも沖縄までだ。国外に出たことすら無かった。

 旅を楽しむ以前に旅の楽しさを知らない男であった。



 ではなぜ旅に出るなどと言っているのか、それは彼の”放浪の騎士”と言う設定に対する漠然とした憧れと、異世界を自由に行きたかったからだ。



 彼は女に飢えていた、酒にも飢えていた。彼は生前の、その容姿とは裏腹に意外にもそういうのには苦手意識はなかった。



 春は買うし、酒もそこそこ飲んだ。泥酔し家族に鬱陶しがられるのも珍しいことではなかった。

 本人は酒癖は悪く無いと思っているが、酒癖が悪くない人間なんてそんな居るものでもない。



 なによりも、ケイト達女性陣や、彼にとって弟子とも言える冒険者、彼らに情けない姿を見せたくない。そんな安っぽい見栄っ張りだった。



 それに、彼には他にも”ロールプレイ”していたキャラが居るのだ。後々それに変わる時があるかもしれない。面倒事を避けるためにも、そして何よりソレ(・・)を見られたら本当に幻滅されてしまう。



 そんな理由から、トーマスは彼らと深い仲にはなろうとは思わなかった。

 たまに会い話し、一緒に飯を食べる。気軽な関係――友人に成れればソレでいいと考えていた。



 「そうか、残念だ。ただ手伝ってくれるなら心強え。頼りにしてもらうぜ」


 「腕っ節には自信がある方だ。そういう(・・・・)依頼なら頼りにしてもらってもいい」



 そう笑いあう。トーマスはこの3週間でかなり仲良くなれたと思っていた。



 「もうそろそろあの子達(・・・・)との約束の時間だ。お暇させてもらう」

 

 「あいつらも困ったもんだ。遠慮を知らねえ」


 「強さに貪欲なのはいいことだ、私も好きでやっている、気にしなくていい」


 「すまねえな。さっきの話も気が変わったら言ってくれ」


 「ああ、気が変わったらな(・・・・・・・・)



そう言いながら、軽く手を振りその場を去る。

しかしトーマスは、その背中を欲に濁った目で見つめる視線に最後まで気付くことはなかった。



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