4. 蟲王と騎士-2
両者の中、先制を取ったのはペドロであった。
人を四人乗せれるほどの巨大な戦車、それによる突進は王を踏み潰し、轢き殺すかに思われた。
――しかし、無傷。
左手の鋏で馬を挟み、空へ掲げている。馬の足は地についておらず、苦しいのか足をばたつかせている。
異形の鋏は馬を鎧ごと引き千切る勢いで、首の根元に深く食い込んでいる。
驚きのあまり思考が停止する。口はだらしなくあき、目は大きく見開いている。 正に呆然とした様子だ。
しかし、そこはやはりS級冒険者。一瞬で我に返り、瞬時に判断する。
――馬はもう助からない。後ろの仲間たちは下がらせて、自分たちだけでやったほうがいい。
そう思うと同時に、横にいるヴェネットに素早く指示を出す。
「後ろにいる奴らを下がらせろ! 俺達だけでやるぞ! 馬はもうダメだ、降りるぞ!」
そう言うと同時に全員が戦車を離脱。降りると同時にペドロ、その横にシャロン、後ろをケイトとヴェネットと、フォーメーションを組む。
それぞれが武器を構える、シャロンはロングソードを腰から抜き、ケイトは杖――棍棒とも言えるかもしれないそれを構える。
ヴェネットは弩のボルトの先に、何かをつけ空に放つ。ある高さまで行くと、爆発。それを見た冒険者達は、ざわめき、しかしそれは直ぐ止み、急いで逆側へ走りだしていった。
それを見届け、ケイトの横に並び敵を睨みつけ、目をそらさず手慣れた様子で装填する。
その間、王は一歩も動かず。ただペドロ達を見て、嘲笑うかのような笑みを浮かべていた。
「確かに化けもんだなこりゃ……」
そうペドロが嫌悪感を顔に滲ませ、吐き捨てるかのように呟く。
少女たちは声もなく、ただ静かに頷くだけだった。
「とりあえず、様子見だなッ――いけッ!」
剣を敵に向け、ペドロがそう叫ぶと同時に。彼の忠実な兵は王へ走り出す。
総勢三千。雄叫びも上げずに、静かに槍を構え突撃する。
圧倒的物量。それを前に王は無造作に右手を振るうだけだった。数匹の百足を束ねたそれが解け、揺れた瞬間。
右腕は霞み、百足の先端は消え。次の瞬間右腕は振り切られており、ただ無造作に垂れ下がっていた。
――空中に大量の何かが浮かんでいる。目を凝らしてみると、それは人間の一部であった。上半身、腕、頭が無数に浮かんでおり、それらの断面は綺麗と言えず。 まるで鈍らな鋸で引き千切ったかのようだった。
総勢三千の兵士一人残らず、壊されていた。一人として無事なものはおらず、やられた、そう思った途端、全て地に落ち、魔力の粒子となり消えた。
――舐めていた。
”征服者の尖兵”による波状攻撃。相手の防御力、処理能力を完全に飽和する圧倒的物量。
それに破れぬ砦はなかったし、数々の街を落としてきた。おそらく驕っていたのだろう。
異形だが、たかが一人。楽勝だ。そうペドロは思っていた。
千切れ、飛び、粒子となり虚空へ消えていく兵士達。唖然とその光景を見つめるペドロ。
不意に異形の姿が消え、次の瞬間目の前へ現れる。
――殺られる。
咄嗟に横へ体を投げ出すように避ける。間一髪避け、数瞬前ペドロが居た場所へ異形の左腕が振られる。
――早い。
自分の知覚で追い付けない相手、明らかに格上を目の前に。
ペドロは自らの背筋がべっとりと、冷や汗で濡れるのが感じられた。
しかしそれでも、S級冒険者。彼は決してその能力だけで”S級”になったのではなく、実力で上り詰めたのだ。
彼の戦闘能力は正しく”S級”と言えた。そして、それは彼の仲間たちにも言えることであった。
「――やあっ!」
掛け声と共にシャロンが異形の脇腹へ一太刀入れる。勢い良くふられたロングソードは、異形の脇腹を切り裂いた。
しかし、脇腹からでたのは真っ赤な血ではなく、黒く蠢く煙のようなナニカだった。
「――不浄の疫蟲」
異形がそう呟く。異形の第一声は、キィキィと虫が囁くような、甲高く不気味な声だった。
その黒い何かは、無数の蝿らしき虫の塊。ブブブと羽音を立て、ざわめくように移動してくる。
これはヤバイ。ペドロはそう直感で感じ取った。瘴気のような虫の塊。おぞましく本能的な恐怖を感じる。
蝿の塊と異形が、自らの方を向いたような気がした。おそらく只の虫ではないのだろう。
こちらへ来る。そうペドロが思った瞬間。
一筋の迅雷が異形へ走った。雷光は塊を蹴散らし、異形へ突き刺さる。
迅雷、ソレの正体は雷を纏う槍だった。なんの変哲のない槍だが、槍全体に電気が迸っており、異形の肉を焼き、虫を焼殺していた。
断続的に放出される雷は、異形の体を焼き、周りへ散らされた虫を焦がし、独特な匂いを放っていた。
槍は異形を貫いたかに思えた。
しかし、異形は槍を受け止めていた。左手の鋏で挟むように受け止めており、しかし無傷では行かなかったようで甲殻は罅割れ、生身の体からは煙が出ており皮膚の下を苦しそうに何かが蠢いていた。
ペドロ達が何が起きたか判らず、唖然とその光景を見ていると。
空から1人の男が降りてきた。
全身甲冑で紺色のサーコートを羽織っている。右手には1振りのロングソード。左手には1枚のカイトシールドが付けられていた。
その全身は鈍色に輝いており、重厚な雰囲気を纏っている。
不意に男が口を開く。
「――家出とは、あまり感心しないな」
まるで知り合いに話すかのような気安さだった。いや、実際知り合いなのだろう。
しかし、異形は敵意をむき出しにし、殺意を込めた眼差しで男を、憎々しげに睨んでいた。
知り合いは知り合いでも、あまり仲は宜しくないようである。
顔を怒気一色に染め、まるで獣のような雄叫びを上げる。そして異形は荒々しく右腕の百足を振るった。
今まで浮かべていた嘲笑は完全に消え失せ、狂ったかのように男へ襲いかかる。
向かってくるにもかかわらず、男は後ろを振り向き、ペドロ達へこう言い放った。
「――危ないから下がっていたまえ」
直後、百足と男が衝突。まるで隕石が落ちたかのような轟音が響き渡る。
男が無残な姿になったと思ったが、意外なことに男は無傷であった。
左腕の盾を叩きつけ、残りを剣で切り落とす事により、見事に捌いていた。
右腕の大部分を失った異形は怒り狂い、それをなしたものに復讐を果たそうと、近づくとその勢いのまま左腕を振り上げ、叩きつけた。
男はそれを、盾を斜めに構え受け流した。逸らされた鋏は地面へ深く突き刺さり、勢い良く土砂を撒き散らす。
その隙に、男は異形に向け、袈裟懸けのように剣を振るう。
しかしそれは異形の背中に生える、1対の羽根により阻止された。
細かく震えた瞬間、まるで千切りにされたかの如く、男の右腕に無数の傷があらわれる。
しかし鎧のおかげか、もしくは腕が頑強なのか、あまり傷は深くなく。傷をものともせず、男は腕を振り切った。
剣は異形の肩に食い込み、そのまま斜めに異形を両断した。
断末魔を上げのたうち回る異形。断面からは先程の蝿が出てこようとしているが、異形が死にかけなのが関係あるのか、地面に落ち次々と死に絶えている。
暫くのたうち回った後、1度、2度と大きく跳ね。それから動かなくなった。
軽く剣を振り、血を飛ばす。
剣を鞘に収めた後、ペドロ達へ振り向き、男はこう言った。
「――怪我はないか?」
これが、全身甲冑の男――トーマスと異世界人のファーストコンタクトだった。