50.終着
しばらくの間トーマスは、打ち捨てられた死体を呆然と見ていた。
唯の休憩か、感傷故にか、それはわからない。
そんなトーマスの後ろから、足を引きずったアルベルトが姿を現す。
「……あの話は本当ですか?」
「ああ」
「それならば、ここは退くとします」
短く言葉をかわす両者。
アルベルトは一旦退くことにしたのだった。
トーマスに背を向け歩き始めるアルベルト。しかし、それに文句があるものがいた。
「何で退くのですか!?」
ーー聖女であった。
まだ回復しきっておらず、セシリアに支えてもらっている状況だが、彼女自身は退く気など一切ないようだ。
そんな聖母を、アルベルトが諭す。
「そもそもあの話だって到底信じられるものではーー」
「聖母様、我々は到底万全とは言えない状況。ここは退くべきなのですーー」
「ーーしかし」
「今戦っても犬死にーー」
言い合う両者だったが、最終的に納得したのか、渋々とした様子のマリアは帰っていった。
トーマスはそれを背中で見届け、彼もリーンデルトが待つ大講堂へ行こうと歩き出す。
ーーしかし大講堂へ向かう森の途中、異変に気付く。
明らかに異常な冷気が、向かう先から吹いてきたのだ。
それは先へ行けば行く程強くなっていき、森を抜ける頃には木々に霜が降りるほどになっていた。
急いで再行動へ向かうトーマス。
彼が大講堂へ足を踏み入れた時、中には寒さに震える生徒達が身を寄せあって震えていた。
教職員は見当たらず、トーマスは近場の生徒へ怒鳴り、訊ねる。
「学園長や教員はどこへいった!?」
叫ぶトーマスへボウっと視線を向ける生徒達。
怯える様子もなく、彼はある方向へ指をさした。
彼が指さした先はーー大講堂の奥。リーンデルトが向かった先の扉であった。
トーマスは礼も言わず、そこから外へ飛び出す。
大講堂を出ると、外は猛吹雪だった。トーマスが大講堂へ向かう時よりも、明らかに強くなっていた。
どこへ向かうか迷うトーマスだったが、直感のようなものを感じ、暴風吹く先へ向かうことにした。
ーーそこに、リーンデルトがいる気がしたから。
トーマスは雪を掻き分け、先へ進んでいく。
真っ白な視界の中、先へ進むトーマスの顔へ不意に水滴がかかる。
ーー何故水滴が?
トーマスは首を傾げるが、すぐさま先へ先へと足を進めていく。
すると、暖気がまるでドームのようになっているのが見えた。
どうやら先の水滴は、これで溶けた雪のようだ。
中に縮こまる教職員とーー学園長がいるのだった。手を前へ突き出した、必死に何かを抑えているような仕草だ。
トーマスは大急ぎへ中へと向かい、学園長へ問いかけた。
「リーンデルトはどこへいったのだ!?」
「あの子は……この先よ」
学園長は苦しげに顔を歪めながらこたえる。額には脂汗で髪の毛が張り付いていた。
「誰かに攫われたのか……?」
「ちがうわ、この吹雪を起こしているのはーーあの子よ」
ーーどこか予想はしていた。
しかしトーマスは信じる気は起きず、頭の中で否定しながらも奥へ足を進めた。
「もっと吹雪は酷くなるはずよ! 止むのを待ったほうがいいわ!」
総渓谷を受けるが、トーマスは無言でストレージから数珠ーー呪術の触媒を出した。
淡く光った炎が掌に灯される。トーマスはそれを胸に押しこむように当てた。
するとトーマスの体は橙色に光り、彼の体を暖かく包見始めた。
寒さにより体を障るものを防ぐ呪術。ゲーム風に言えば寒さや氷耐性を高める。と言ったところだ。
何故こんな都合にいいものがあるのか。
これと全く同じ状況がBHでもあるのだ。DLC終盤ーー『グィネヴィア姫』の所へ向かう道中に。
無言でトーマスが歩いていると、徐々に白い幕に人影が現れる。しかしトーマスはそれを見ても慌てない。学園長に会う前とは違って、不自然なほど落ち着いているのだった。
ぼやけた輪郭しか見えなかった人影が、近付くに連れハッキリとしていく。
人影の正体はまだ幼い少女ーーリーンデルトだった。
完全に姿が見えるところまで、トーマスは近づいていく。
視界が悪いせいで、リーンデルトとトーマスの距離は手を伸ばせば届くほどに近かった。
トーマスはただ無言で、リーンデルトを見つめる。
リーンデルトは振り向き、トーマスへ向け話し始めた。
「全て思い出したんだ」
トーマスの知っているリーンデルトとは違う。芯の入った、力強い口調だった。
トーマスはそこで初めてリーンデルトの顔へ目を向ける。
しかし目線があうことはなく、トーマスはリーンデルトがどこか遠い所を見ていることに気付くのだった。
リーンデルトは一瞬トーマスと目を合わせるが、すぐに離れる。また後ろを向いて、彼女ははそのまま話し続けた。
「ずーっと怖い夢を見てた。なんで皆私を殺すんだろう。何で何度も殺されなきゃいけないんだろう……だけど当然だね、だってその為に作られたんだもん」
「ーーちが……」
違うといってやりたかった。しかしその言葉は、リーンデルトの目を見た途端声にならず霧散した。
振り返ったリーンデルトの目は、色々なものが入り混じった、形容しがたい色で濁っていたからだ。
「けれど今度は大丈夫だよねって思ってたんだ。パパはいるし、もう死んじゃったけどランスロット達もいた。私を殺そうとする人なんか居ない。きっと守ってくれる。そう思ってた」
「……守るさ、だからーー」
「ーー嘘。だって殺したじゃない。ランスロット達を! 私達をみんな殺す気なんでしょう!? 誰も守ってくれない! パパだって私を殺す!」
そう言って、リーンデルトは泣き崩れる。
雪に膝を埋め、顔を手で覆い、グズグズと泣く。
トーマスはそこで、自分の心にあるわだかまりが何なのか。それがようやくわかったのだった。
トーマスは救いたかったのだ。ランスロット達を。そして蟲王も。
彼等は自我を持っていて、感情もあった。
それをトーマスは先入観で押し隠し、彼等を敵ーー怪物だと決めつけていた。
盲目的だったトーマスは、彼等との対話など不可能だと決めつけていたのだ。
そこまで考えた途端、トーマスは急に罪の意識に苛まれる。
自分の頑固さ故に被害者ともいえる彼等(ランスロット達)を殺し、更にはこの世界でも目的のため目的のためと、何人も殺してきた?
しかし罪悪感はあるが、後悔はしていなかった。
自分の正義。それに則って行動しただけなのだから。
ただ、彼等には彼等自身の理由があったのだ。
そして殺す以外に他の方法があったのかもしれない。
そう考えずに入られなかった。
「ほら黙った! 裏切り者! ……うぅ、それなら、それなら殺される前に! 殺してやる! みんな凍っちゃえばいいんだ!」
リーンデルトがそう叫ぶと、それに呼応して急に吹雪が強くなる。
リーンデルトが大きく泣けば泣くほど、鳴き声が大きくなるように風は強くなっていった。
義理といえども、自分の娘が泣いている姿を見て、トーマスは疑問を持つ。
自分の正義とは何だったんだろうと。
自分が抱いていた理想の騎士道とは何だったんだ、と。
ーー女子供を守る。
それが何より第一だった。
誠実に優しく。それが騎士道だったんじゃないのか。
トーマスは自分へ問いかける。
ーー自分の今の姿は、ただの殺し屋じゃないか。
そう気付けたトーマスには、この先どうするかは、もはや決まっていたも同然だった。
「ーーリーンデルト!」
トーマスが叫ぶと、リーンデルトの方がビクッと震えた。
「お前は私の娘だ!」
リーンデルトがトーマスと目を合わせる。
その眼には安堵の色があった。しかしそれを塗り潰すほどに、色濃い疑いの色がある。
「役目なんかどうでもいいんだ! お前私の娘になると決めたんだろう!? 一緒に暮らそうとーーこの世界で一緒に暮らそう!」
「う、そだ……そう言って裏切るんだ」
こんなことを言って、神様に反抗していることになるんじゃないだろうか。
トーマスは少し恐怖を覚えるが、リーンデルトの弱々しい呟きを聞き、それは一瞬で消えた。
トーマスは微笑みながら、リーンデルトへ手を伸ばした。
ーー攻撃をしてくる。
リーンデルトはそう思い、怯えながら目を堅くつむるが、その手は優しく頭を撫でるだけだった。
冷たくて硬い手。髪が引っかかって少し痛いけれど、慣れ親しんだ心地よい感触だ。
リーンデルトは顔を上げ、トーマスの顔を見る。
トーマスは頭を撫でながら、ただ優しく微笑み返した。
「ママが寒がりながら待ってるぞ? さあ、もう帰ろう」
「うぅ……うあああああーー」
リーンデルトは泣きながら、トーマスの胸元へ飛び込んだ。
トーマスはそれを優しく抱きとめ、あやしながら頭を撫でる。
涙が流れる先から、トーマスのサーコートで拭う。
大声でなくリーンデルトを眺めながら、トーマスは約束する。
「ーー次は一緒に、どっか行こうな」
それを聞いたリーンデルトは、より一層大きな声で泣きじゃくる。
先程とは違い、どんなに泣き叫んでも、吹雪の風が強くなることはなかった。
泣きつかれたリーンデルトは、頬を濡らしていつの間にか寝息を立て始めていた。
トーマスはそれを抱き込み、学園長達が待つ方向へと足を進める。
いつの間にか吹雪は止み、学園都市は雪景色へと様変わっていた。
ーー雪が溶ける頃には、どこかへ出かけられるかな。
トーマスはこちらへ駆けて来る学園長を見ながら、ふとそんな事を思うのだった。
次回更新は七時となります。




