49.湖戦決着
湖で繰り広げられたトーマス対ランスロット達の戦い。
それはトーマスの圧倒的不利な状況から始まった。
ランスロットとマーリンは問答無用で勝負を仕掛けてきたのだ。
しかしトーマスの背後には、未だ回復しきらない使徒達がおり、トーマスはつまり荷物を背負っているも同然だった。
使徒達を見捨てることなど出来なかったトーマスは、凍った水面を踏みぬき、分厚い氷を急ごしらえの盾とした。
そして急いでその場を離れる。
ランスロットもわざわざ傷つけようとは思わないらしく、素直にトーマスの後を追う。
ランスロットが真っ白な騎士剣ーー直刃の剣を振るうと、剥がれてあらわとなった水面が、余波で再び凍りついた。
トーマスは上段から迫る剣をなんなくかわし、反撃に殴りかかる。
しかしそれはランスロットの背後から現れた火球により、中止にせざるをえなくなった。
後ろに大きく跳び火球を避ける。しかし水面に着弾にした火球は、予熱により氷を溶かしトーマスの姿勢を不安定にした。
そのせいでトーマスは、跳ぶと同時に振るわれた。ランスロットによる横殴りの一撃を避けることは叶わなかった。
剣先しか当たらなかったにもかかわらず、その一撃は大きく腹を裂く。
しかし、追撃は来ない。
「負け続きだったが……二人がかりだと、さすがのお前も厳しいようだな」
「そう思うならばフェアな勝負に切り替えても構わないぞ?」
「面白い冗談を言う」
本音がまじったトーマスの嘆願を無視し、ランスロットは再び襲いかかる。
先ほどの繰り返しのように、トーマスは削られていく。
ランスロットとマーリンの連携ーー前衛と後衛を分けた戦法は、トーマスをちゃくちゃくと削っていった。
連携をされると、反撃狙いのトーマスにとって非常にやりにくい。助けあうからだ。
しかもそれが、トーマスに負けず劣らずの身体能力を持つランスロット達というのだから、やりにくい事しょうがないだろう。
ーーこのままでは削り倒される。
そう思ったトーマスは、頭の中で思い描くだけであった一つの技を使ってみようか。そう思い始めた。
トーマスの攻撃は、たまに当たるがかすり傷程度。後ろにいるマーリンには、そもそも当てられない。
消耗していくだけの状況に、軽い焦りを覚える。
それは徐々に大きく、心を揺さぶってくるのだ。
ーー練習も何もしていないが、ぶっつけ本番でもやるしかない。
トーマスは覚悟を決め、力の限り背後に跳ぶ。
氷が砕け礫が舞う。
なぜかランスロットは追撃を行わなかった。
余裕だったのだろう。そしてそれは、慢心を生み出した。
「どうしたのだ。いきなり逃げて」
楽しげな声には、隠しようもない嘲笑が含まれていた。
「……なに、少し“とっておき”を見せようとな」
「とっておき?」
トーマスは、ああ。と頷き、中腰に構える。
武器は何もなく、ただ低い姿勢で立つだけ。
ランスロットは最初は警戒心故に近づかず、遠目に見るだけ。
しかし、いつまでも動かないことに業を煮やし、飛びかかっていった。
途端、トーマスは兜の中で笑う。ランスロットの行動は、トーマスの狙い通りであった。
「『無極戎具』」
トーマスが叫ぶ。
ーー瞬間、ランスロットの視界は“赤”に包まれた。
「ーーっ!?」
ランスロットは驚くが、流石というべき反応を見せる。
視界に広がる赤は炎。そして法具を使われたのだ。と一瞬で見ぬいた。
弱点と言える火による一撃だったが、避けようもないのでせめてと防御姿勢を取る。
ーーしかし、それだけでは終わらなかった。
炎の法具なのだろう、炎形刃の大剣を捨てるようにストレージに収め、次々と追加の法具を出す。
右手には赤い刀身の曲剣。左手には青い刀身の曲剣。対照的な二振だが、意外なことに能力は同じだった。
左右から挟むように振るい、業火を吹き出す刀剣で薙ぎ払う。
更に追撃を行おうとするトーマス。
「ーー残念だが、私は炎に強いほうだ」
しかし爆炎から現れたのは、ランスロットではなくマーリンだった。
回避すると同時に後ろへ逃げ、炎に耐性のあるマーリンが前に出てきていたのだ。
視界が不明瞭な中での選手交代。それはトーマスに驚きによる大きな隙を作るはずだった。
だがトーマスはそれすら見越していた。
「しっているさ」
「何!?」
マーリンが攻撃を仕掛けた時、既にトーマスの両手には違う武具があった。
マーリンの手から放たれた零距離の炎弾は、左手に装備された小盾に防がれた。驚きに目を見開いているうちに、腹に衝撃が響く。
トーマスが下から振り上げた戦鎚だった。
それをマーリンが理解した時には、既にトーマスの第二撃が行われる。
ここは引く時だ。そう思ったマーリンは、後ろに跳び回避する。
「……ランスロット」
「ーーああ、本気で行く」
ランスロットと合流したマーリンは、小声で何かを呟く。
すると手首にあった文珠が手へと絡みつき、火を放ち始める。
ランスロットも同様に呟くと、剣は剣先から冷気を放ち始めた。そしてそれは、刀身を延長するように形を作る。
既に言葉はいらず、無言で両者は激突をする。
先ほどまでの戦いとは全く違う。作戦も何もない、ただ力のぶつかり合い。
それはもはや災害だった。
トーマスが振るったのだろうか、細くうねる水が鞭のように暴れ氷を削っている。しかしそれは瞬時に凍っていくのだ。
振り上げられた溶岩の様な大槌が、大気を震わせる。しかしそれを大きな炎球が打ち返し、そして予熱で溶けた氷を、冷気が再び凍らせていく。
余波で森は焼ける暇もなく吹き飛び、凪のまま凍っていた湖は荒れ狂う波のまま凍らされていた。
周囲の被害を考えない両者の戦いは、湖の周囲を荒野に変えた所でようやく決着した。
ひしゃげた鎧と黒焦げの人の形をした炭。
変わり果てたランスロットとマーリンの目の前に立つのは、二人に負けず劣らずボロボロのトーマスだった。
「ああ……姫、すみません」
弱々しくランスロットは呟く。
「おまえらは……何で魔神の命令に従ったのだ? 無視して、姫を探し静かに暮らしていればよかったじゃないかーー」
ーーそうすれば死ぬこともなかったのに。
その言葉を口に出すことはなかった。さすがに無神経かと思ったからだ。
「別に、命令されたわけじゃないさ。トーマスはお前たちの世界のものを殺して回っている。そう言われただけだ」
「逃げれば、よかったではないか?」
「全て殺すまで止まらない、そうだろう?」
「……まあな」
「結局戦うしか無かったんだ。ただ、最後に……最後に一目見たかった」
そう言って、ランスロットは死んだ。
トーマスはそれを見て、話しあうという道もあったのかも知れない。そう思った。
ーーだって、人と変わらないのだから。
少しだけ、彼の気分が重くなる。
トーマスの心にしこりを残し、この事件は終わりとなった。
次の更新は三時となります。




