47.湖の異変
「じゃあなに? 金に目が眩んで遅くなったっていうの!?」
学園最上階にある学園長室。
そこで学園全体に響き渡るほどの怒声が上がっている。怒声の主は学園長、彼女は対面に座ったトーマスを怒鳴りつけていた。
トーマスは申し訳無さそうに肩を縮め、顔を窓に向けている。
情けない顔で乾いた笑みを零すと、それが気に障ったのか、学園長の眉がキリキリと吊り上がる。
「この娘にもなにか言うことあるんじゃないの!?」
「いや、すまないリーンデルト。しかし何事もお金が必要でな? 稼げる時に稼いでおかないと何が起こるかわからんしなーー」
「ー―サイテー」
言い訳を垂れ流すトーマスを遮り、リーンデルトが無表情に淡々と言った。
聞き取れなかったのか、それとも理解を頭が拒んだのか、トーマスは優しげな笑みで「もう一度言ってくれるか」と問いかける。
「サイテー」
トーマスの顔が悲痛に歪む。
学園長はそれ見たか、とトーマスに追い打ちをかけ始めた。
「娘に言われちゃザマァ無いわね! それにすぐ帰るとか言って、どれくらい経ったと思ってるの!? しかもーー」
「ーーすまない、すまない」
両者間にある机に頭を擦りつけ、トーマスはリーンデルトに必死な様子で謝罪を始める。
「嘘つき。ロクデナシ、だめお、アホーーママ、後なんだっけ?」
「そうね……下衆とか鎧の中身空っぽ野郎、とかかしら?」
「貴様の差金かああああああ!!」
トーマスは激怒した。それはもう烈火の如く怒った。
席を立ち、愛娘を唆す悪魔へ詰め寄る。
「何を教えてるんだ! 変な言葉教えさせるんじゃない!」
「なによ貴男が悪いんじゃない。それに私に教育を頼んだのは貴男よ?」
「これが教育者のやることか?」
やや剣呑な視線を向ける。しかし彼女は、悠々とした顔で答える。
「もちろん」
「仮にも学園の頭がこんなのだとは……」
「失礼ね、嘘つきのくせに」
トーマスは大きく深呼吸をし、心を落ち着ける。
確かに自分が悪いのだ。下手に口答えしても立場が悪くなるだけ。
思い出すのだ、ティアーヌの静まりきった心を。
そう自分に言い聞かせ、トーマスは心を穏やかにする。
「ああ、悪かった。本当に悪かった、すまない」
「わかればいいのよ」
勝ち誇った笑みで尊大に言い放つ。
トーマスは再び大きく息を吐く、先程と違い大きく吸うことはなかったが。
「何か埋め合わせをしよう。なにがいい?」
「最初からそう言えばいいのよ。そうねーー」
突如、爆音が響き渡る。学園長の要求はそれに遮られる。
衝撃は強く、窓がカタカタと鳴り、全身で震えを感じる程だった。
動揺することなく、二人は窓へ目を向ける。視線の先は学園の外れにある湖。
森閑とした森と湖は黒煙が空へ立ち上り、木々が赤く燃えながら倒れていった。
明らかな異常事態。しかし、更に異様なのはーー。
「ーー湖が、凍ってるですって……?」
巨大な湖は赤く煌めきながら、水面全てを氷で覆われていた。
木々を焼く音さえ無ければ、平時よりも静かだったのではないかーーそう思わせる。
一体どんな魔術を使用すればああなるのか。学園長も出来無い事はないが、容易な事ではなかった。
すると、森から悲鳴が上がった。
まだ変声前の高い声は、森から徐々に近づいてくる。声の主は、避難する生徒達だった。
それを見たトーマスは、学園長に一言伝え、湖へ向かっていく。
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時を少しさかのぼった、学園外れの湖。
そこで二つの陣営が睨み合っていた。主に睨んでいるのは修道服や白銀の鎧を身にまとう者達ーー教国の者達だったが。
睨まれている二人組は動じず、泰然と立っていた。
「間違いないのですか?」
「はい聖母様、あの鎧はーー確かにトーマスと一緒です」
アルベルトへ確認し、聖母は再び厳しい目を二人組に向ける。
普段浮かべているほほ笑みは消え失せ、冷酷に神の敵を睨んでいた。
「聖人、貴方は神敵トーマスを探しに行きなさい。騎士団も捜索に協力、見つけ次第聖人に報告しなさい」
聖母の命令に、聖人は無表情に頷き、森へ走り出していった。
騎士団もその後を追う。がしゃ立てる音が森へ消えていった。
しかし残った者が二人いた。ーーアルベルトとセシリアである。聖母は優しさを消した、厳しさを感じる口調で咎める。
「貴方達も行きなさい」
「いえ、トーマス同様彼等も未知数です。私達もここにいます」
「……そうですか。まあ必要ないでしょうが」
幾分かの優しさを声に含め、聖母は言う。
その様子を見ていた二人組ーー騎士鎧の男は、気軽な口調で問いかけた。
「私達に争う気は全くないのだがーー」
「ーー黙りなさい。神敵と同じ鎧、仲間と見て間違いないでしょう?」
それを聞いた男は、「神敵……、何をしでかしたのだ」と呟く。
一人呟く男を気にせず、聖母は朗々と言い放った。
「ーー“釈煌堕槌”」
ーー瞬間、二人組が光る。
いや彼等が光っているのではなかった。空から降り注ぐ一筋の光柱。
普段は遍く照らす豊穣の光。しかし、一点に集められたそれは、灼熱の滅光となった。
氷に乱反射する眩しい光。やがて氷は溶け、光に二人組は埋められていった。
使徒の二強が一人。光を掌る彼女が力は、安寧の光を湮滅の光へと変えてしまうほど。
聖人が未熟な今、使徒最強は彼女であろう。
教国の最終兵器ーーそれが聖母だった。
――――――――――
【name】 【聖母】 マリア・ガンダルヴァ
【rank】 S
【bace】 人族
【state】 正常
――――――――――
終わったかに見えたその時、光の中から声が響く。
「ーー温い」
溶けた氷は再び凍り付き、光の柱から徐々に輪郭が現れる。
唖然とするアルベルトとセシリア。しかし聖母ーーマリアは警戒を強くした目で睨んでいた。
だがやはり驚いていたのだろう。口から小さい声で溢れる。
「……なぜ無事なの」
「ーー“魔法耐性”が強いものでな」
その声を聞きつけた鎧の男が答える。
二人組は光の柱に包まれようと特に外傷はなく、衣服から少し煙が立っているだけであった。その煙も焦げ付いたためでなく、気温差によるものだ。
「……聖母様」
「わかったわ。二人で行きましょう。セシリアもあの技を使いなさい」
セシリアの返事を背中に受けながら、二人は臨戦態勢を整える。
間合いをはかる中、今まで後ろで待機していた襤褸布の男が足を踏み出す。相手が二人ということで、彼も参戦しようと思ったのだろう。
しかし、それは騎士鎧の男の腕で遮られる。
ーー俺一人で十分だ。
暗にそう言われていると気付いた二人は、頭に血を上らせ足を踏み込んだ。
この世界でトップクラスの実力者。それが二人でかかってこようと、変わらぬ様子で鎧の男は立っていた。
「ーーかかってきたまえ」
|ゲーム(別世界)の英雄は、立ったまま待ち構える。
泰然としたその様子は、娘を待ち構える父の如く寛厚深沈としていた。
――――――――――
【name】 【騎士団長】 ランスロット
【rank】 ???
【bace】 人族
【state】 正常
――――――――――
▼▼▼
恐らく避難訓練でもしていたのだろう。
逃げる生徒達は悲鳴こそあげていたが、皆一つの方向に向かっていった。緊急時における行動の正確さは、危険に満ちたこの世界では生きることに欠かせないのかもしれない。
トーマスは走りながらそんな事を思っていた。
そしてそれは、トーマスにとって歓迎すべき事だ。
生徒達は冷静とは言えないが、少しの落ち着きは持っていたのである。それ故、人を助ける余裕を持ち合わせていた。転んでいた者が居れば抱き起こし、混乱で行き先が分からない者の手を引き先導する。
なので生徒達は固まって行動しており、トーマスが一つの人波を超えれば、他の生徒はほとんど見当たらなかった。
逃げ遅れた生徒がいれば助けようと思っていたトーマスだったが、予想以上に出来た生徒達のおかげで手間が省けていた。
森の木々を縫って進むトーマス。木々は意外な程整えられており、人の手が加えられているのが見て取れた。
恐らく植林されてできた森なのだろう。そのおかげでトーマスの進むスピードは早い。
しかしその足取りを止めるものが現れる。
それは一迅の雷と共に現れた。
急な一撃を避けられず腕で受けるトーマスだったが、次いで放たれた一撃は楽々と躱す。稲光は空気を切り裂き、群生する木の一本へ直撃する。
それを尻目に、トーマスは上から現れた少年を見やる。木上を移動していたのだろうか。
軽やかに着地を決めていた。
トーマスは先刻響き渡った爆音と黒煙の正体は、彼に拠るものかと考える。
しかし、すぐに否定する。
少年が体表に雷光を這い広がせ始めたからだ。ほぼ同時に放たれる雷。
しかし、それはやはり一本の稲妻で、ただ木を弾かせ焦がせるだけ。
少年の攻撃は爆炎を伴う攻撃ではなく、それ故爆音の正体は彼ではないとわかった。
それならば、彼の正体は何者なのか。爆音の正体に与するものなのか? そこまで考えた時、トーマスは少年の服装が見覚えのある物だということに気付いた。
真っ白な貫頭衣の様な服。
宗教的な、儀式めいた文様が隅々に見て取れる。
そこで彼の正体は教国の者だと察した。
ーーあれだけ派手に動きまわったのに、何故問題にならないと思っていたのか。
トーマスは激しい自責の念に襲われた。
言うなれば、湖の異常も生徒達が恐れ惑う事になったにも、全て自分のせいなのだ。
一度入り込んだ思考の渦は、更に加速し深みへ引き込まれていく。
ーーはしゃぎ過ぎた所もあるのかもしれない。
自らの悪い所は、自分で考えると際限なく出てくるものだ。
その分憂鬱になるが、それに合わせ義理の念が沸き起こる。
ーー自分の責任ならば、自分で尻を拭かなければ。
新たな強い灯火を心に灯し、目の前の少年を視界に収める。
ただ淡々と雷を放ち攻撃を行う少年を見て、トーマスは早々に対話による解決を諦める事となる。
ならば実力行使ーーしかしそれも困難だった。
雷が次々と飛んでくるのだ。避けるのは容易いが、その分攻撃を行う事が難しくなる。
攻撃を受け、その隙に反撃をするーーカウンター攻撃を得意とするトーマスにとって、雷と言うのはなかなかにやっかいなものだ。
雷には色々な副次効果があるからだ。
当たれば痺れるし、傷が治ると言ってもしばし体の自由がきかなくなる。
雷を好んで使うトーマスだが、その分厄介さはよくわかっていた。
だからといって、対処法がないわけではない。
むしろ近接一辺倒のトーマスにとって、遠距離砲台ともいえる魔術師や魔法全般の対処法は、ゲーム時代からの課題だ。そしてそれを既に完成させていたからこそ、彼はBH内でトッププレイヤー成り得た。
「ーー『鏡の刺突剣』」
トーマスがストレージから取り出したのは、ひとふりの刺突剣。
外観を一言で言えばーーただ鏡。椀型の護拳も、護指環から十字を象ったキヨンまでーー全てが鏡面に劣らず磨き抜かれている。
これは法具では無い、特殊攻撃が出来ない武器である。しかし唯一つだけ、特殊効果があった。
ーー魔法を反射させるのだ。
BH内では一部の武器と盾に限り、“パリィ”と言う行動ができる。これは攻撃を武器で弾き、それで隙を作るという技だ。
刺突剣もその一つで、パリィに特化している。
『鏡の刺突剣』はその中でも特別なものでーー魔法も弾くことが出来るのだ。
イタリア語で『光を反射させるもの』と言う異名を持つ刺突剣は、トーマスがBH時代愛用した武器の一つである。
この武器で数々の魔術師を泣かせてきた。
その力は異世界に来ようと、何ら変わりなく効果を発揮するだろう。
トーマスは刃先を上に向ける構えを取り、少年と向き合う。
武器を取り出した事で警戒したのか、少年は雷による攻撃を止めた。視線を交わし距離を測りあうーーしかしただ見つめ合っているだけではない。少年は掌の中で雷撃を溜め、トーマスは足を張り詰めさせ何時でも踏み込めるようにしていた。
ーー最初に動いたのはトーマスであった。
土葉を舞い上がらせる跳躍。トーマスは低く這う様に少年へと向かっていった。
対して少年は完全に出遅れる事となる。溜めた雷撃は空を切り、木々を二三本破裂させるだけで終わった。
だが少年も接近されるだけで終わらない。
体に這わせていた電流は飾りではなく、それ自体が一つの技であった。突き出した左手に集まり始める纏雷。やがて蛇のようなそれは、蜘蛛の足が如くトーマスを捕食せしめようとし始める。
しかしここで、『鏡の刺突剣』の本領が発揮される。
トーマスは刺突剣を縦横無尽に動かし、蜘蛛の足を目にも止まらぬ速さで弾いた。
収束する方向へ向かっていた蜘蛛脚は、外側へ花開くように反射され折れ曲がる。喰むことは叶わず、木の葉を切裂くだけとなった。
全て完封され驚愕の表情を浮かべる少年に、トーマスは腹部へ強烈な一撃を放つ。うずくまり、そのまま気を失う少年。
驚いた顔と、涎を垂らし白目をむいて倒れる姿を見て、トーマスは表情筋が硬すぎるんじゃないのかーー場違いにもそんな心配をしてしまう。
しかしそんな心配をしている場合ではないと思いだし、トーマスは再び駈け出した。
教国の影が見える少年。ならば峡谷の者なのかと思うが、湖の轟音がそれを否定する。教国の使徒に、そのような能力者はいないはずだからだ。
ーー第三者による介入? 一体何が起きているのか。
トーマスは心中で呟きながら、湖へ向かっていった。
次回更新は一時です。




