表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/55

4. 蟲王と騎士-1



 暗い森の中、男が足早に道を歩いていた。

 空は灰色の雲におおわれ、昼にもかかわらず薄暗い。どこか黒い木々と合わさり、そこは何処か暗い空気が満ちていた。



 そんな暗い雰囲気の中を鎧姿の男が歩いている。歩くといってもそのペースは早く、今にも走り出しそうだ。

 荷物は何も持っておらず、腰に下げたロングソードだけしか持ち物がないように見える。



 鎧姿の男――言うまでもないトーマスだ。



 彼が王を倒してから、早三ヶ月と少しが経とうとしていた。

 その間、彼はずっと魔物を狩っていた。”城”から”始まりの所”、通常は逆だが、彼は魔物を狩っては移動し、また次の地で狩る。

 それを繰り返し、とうとう始まりの所まで来ようとしていた。



 トーマスが足を止める、その先には扉があった。

 両扉で、その素材は金属だろう。また巨大でどうあがいても人では開けられそうに見えない。

 それもそのはず、これはゲームで言うキーアイテム、それがなければ開かない仕様になっているのだ。



 トーマスの手の中に突然指輪が現れる。宝石などはついておらず無骨なデザインで、ただの輪とも言える。

 それを扉にかざすと、引っ掻くような金属音が鳴り、扉がゆっくりと開いていく。

 BHでは、それぞれに扉があり、キーアイテムが無いと先に進めないのだ。

 最初の扉は指輪、その後に、杖、剣、杯、メダル。ときて最期に全て合わさり城への扉が開く様になっている。

 これはそれぞれ、オズワルド王が各地を治める公王達に授けたとされる宝具で。

 それぞれが火、風、水、土を表している、もちろん火の公王は火に関連があり、他の公王も例外はない。

 


 それぞれのステージを越え、始まりの所へ来たのだ。

 ボスは全て倒す、筈だった。

 杖、剣、杯、の公王は問題なく倒せたのだ、――しかしメダルの公王がいない。

 所謂ボス部屋、そこに居なかったのである。ボス部屋は蛻の殻。メダルの公王はどこに消えたのか、それが彼を焦らせていた。



 さらに、数日前から見える、立ち上る煙。

 突如現れた大陸、それを調査もしに来ないなんて事はありえないだろう。

 おそらく調査団や何かしらが来たのだ。



 大陸を渡って来たのだ。きっと船だろう。

 トーマスは船に乗せてもらおうと思っていた。

 出発する前に調査団の所へ行きたい。

彼は扉が開くと同時に、勢い良く走りだした。彼の怪力による踏み込みは、土を爆散させる。

 鈍色の光が走ったと思うと同時に、彼の姿は消えていた。





▼▼▼





 平原の北の果て、そこに異形がいた。

 大雑把なシルエットは人だろう。しかし異物が継ぎ接ぎされており、その姿は歪。

 異物は全て虫の一部のようで、苦手な人が見たら卒倒するだろう。

 ――いや苦手じゃなくても卒倒するかもしれない。その姿は虫人間、正にそれだったのだから。



 頭部は蝿らしき虫の頭部と合体しており、片目が複眼になっている。

 右手は百足を束ねてあり、まだ生きているのか蠢いている。左手は甲虫の腕だろうか、硬質な光沢を放つ鋏が付いていた。

 背中には羽が生えており、透明な薄羽が綺麗で、チグハグな違和感を放っている。

 残り僅かな人間部分も、普通では無く蛆がわき、皮膚の下を何かが這いずり回っている。

 虫、人間(・・・・)ですら無いかもしれない。



 半分虫の頭部を南に向け、ソレは背筋が凍る様な笑みを浮かべる。

 視線の先には、調査団の野営場。



 王は、南へ足を向けた。




――――――――――

【name】 【蟲独の王】(ベルゼブ・ロミート)

【rank】 ???

【bace】 人間族

【state】 平常

――――――――――





▼▼▼





 ペドロ率いる調査団の大軍勢は、平原を南に進んでいた。

 戦車(チャリオット)に乗った、ペドロと彼が連れている仲間を先頭に、鏃のような形で進んでいく。

 彼らは騎士でも兵士でもなく、ただの冒険者だ。そんな彼らだから、足並みを揃えて進むと言う事はなかった。



 中程まで進んだ頃、ヴェネットが目を細める。



 「……前方、人影あり」



 平原の北、そこに1人の人らしきものが見える。

 しかし、その距離2㎞ほど。常人の視力ではなかった。



 ヴェネット――彼女は鷹の獣人だ。獣人といってもその血はとても薄く、身体的特徴は人間と変わらない。

 彼女は視力だけ異常に高く、つまり目だけが先祖返りしたのだった。



 鷹などの猛禽類、特に鷹は視細胞が150万個、人間の約8倍持っているといわれる。

 人間よりも鮮明な視界は、1500m下の死骸すら見つける。

鷹の視力を持ち、訓練しているヴェネットにとって2㎞先を見通すのは容易いことだった。



 「数は?」


 「……1人」


 「男か、女か?」


 「……まだわからない。……もう少し近づければいける」



 そう言い、彼女は前方を見つめ続ける。

 戦車(チャリオット)は平原を進み続けていた。



 「……男みた――ヒッ」



 突然悲鳴を上げるヴェネット。目は大きく開かれ、歯はカチカチと音を立てる。

 冷や汗が顎を伝い、ひと目で尋常では無いことが判る。



 「おい……。どうしたヴェネット?」



 仲間の異変に気づいたペドロは、ヴェネットの肩を揺さぶりながら問いかける。

 肩を揺さぶられ落ち着いたのか、普段通りに戻るヴェネット。数度深呼吸をし、大きく息を吐く。



 「……多分男。だけど……人ではない」



 「人じゃねえ?どういうことだ?」



 思い出したのか、喉を鳴らす。もう一度見たくないのか視線を下に逸らす。



 「――あんなの人じゃない。……虫の、虫の化け物……」



 ヴェネットは震える声でそう言った。



 軍勢の先、そこに一人立つ異形。

 それは口を吊り上げ、左手の鋏を小刻みに鳴らしながら。少しづつ軍勢へと近づいていた。



 虫の化け物。あまりにも抽象的で想像がつかない。それでもヴェネットがここまで怯える敵だ。

 一体どんな敵なのか。ようやく楽しくなってきた。

 ペドロはそう思い、口角が自然と上がるのがわかった。



 ペドロ。彼の人柄は、勇猛、戦闘狂――そして強欲。”征服王”の異名を持ち、気性は荒い。

 今までも、世界を回り数々の侵略を果たしてきた。襲い、奪い、降し、そして喰らう。

 そう聞くと最低の男に思えるが実際は違う。差別意識は薄く、奴隷の扱いも優しいものだ。

 征服したからと言って皆殺しにするわけでもなかった。だからと言って、敵がいない訳でもなく、少ないわけでもない。

 荒々しいが、人情に厚い。彼の周りには人が集まり、そしてギルドができた。

 数少ない、ランクS保持者でもある。



 そして、今回の調査団を率いる冒険者でもあった。



 彼をランクS足らしめているのは、その圧倒的な特殊能力と鍛えぬかれた肉体だ。

 ”征服者の尖兵”(コンキスタ・ドール)そう呼ばれている。

 一言で言うなら、兵士を作る能力。彼が込める魔力により性能が変わる兵士を作り出せるのだ。

 兵士は命令に忠実。死を恐れずただ敵に向かっていく。

 生み出せる数は最大で10万とも言われている。ただ1人で国と戦える男。それがペドロだ。



 「野郎共!敵だ構えろ!」



 ペドロがそう叫び、剣――グラディウスと呼ばれるそれを抜き、両手を広げると 同時に軍勢が顕れる。

 統一された鎧に身を包み、長槍を持っている。整然とした隊列を組み、無表情に無感情にただ進む。

 ”征服者の尖兵”(コンキスタ・ドール)その数三千。



 ソレを見た冒険者達も、次々と剣を抜き、槍を構え、雄叫びを上げる。

 武器を掲げ、足を踏み鳴らす。



 「――さあ、どうする?虫の化け物」



 ペドロが不敵な笑みを向けるその先。



 総勢五千を超える大軍勢。それを目の前に、王はただ静かに嘲笑うだけだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ