45.出発
結局の所、トーマスの出発は延期となった。
事件の当事者であるトーマスを、簡単に外に出す訳には行かないのだろう。
そのトーマスは何処で何をしているのかというと、アンリエトの自室で茶会をしていたーー三姉妹一緒に。
あの事件があってから既に三日。当然の如くアンリエトは自室に軟禁状態であり、トーマスのそれに追従していた。そして、やはりやる事といえば茶を飲む事ぐらいしか無く、二人で侍女が入れる茶を飲んでいたのだ。偶にアンリエトが茶を入れる事もあったが。
そこに突如現れたのが、ジュリーヌ、ティアーヌ姉妹である。騒がしく扉を開け、「参加させてもらうわ!」の一言で机に座ったのだ。
流れる動作にアンリエトもトーマスも、口を出すことが出来なかった。
「いや、だからね? 血統だけで決めるって事は間違ってはいないけれど、でもそれだけしてちゃ駄目だと私は思うのよ。貴族の中にだって悪党は居るわけで、常に優秀な者が産まれるとは限らない訳じゃない? 平民から取り立てられる者も居るわけだし、意固地になってちゃ駄目と私は気付いたのよ! それにーー」
それからジュリーヌは、長い話を延々と続けている。
アンリエトは無表情で茶を飲み、トーマスは遠い目で菓子を齧っていた。部屋で笑顔なのは乱入姉妹だけである。
笑顔で頷き続けるティアーヌを見て、トーマスは尊敬を通り越し畏怖の念を抱く。どうしたらここまでの凪の如く精神を身に着けられるのだろうかーー。
「ーーだからね、って聞いてる!?」
「聞いています。サー」
「は? 何行ってるの?」
トーマスは口に齧りかけの菓子を放り込みながら、訝しげなジュリーヌの言葉を流す。
何よりトーマスが疲れるのは、ジュリーヌが一々同位を求めて来ることだった。ぼうっとすることすら許されないのだ。
「確かに“清濁併せ持つ”って言葉がある理由は分かるし、潔癖すぎるのもいけないとは思うわ。だけど濁にしては随分と黒いのが多すぎるのよね……一回大改革するのも悪くないと思うのよ」
「はぁ……」
「そこで何だけれどーー」
「ーーお姉様時間です」
何かを切りだそうとしたジュリーヌを遮り、アンリエトがコップを置く。
「まだ時間はあるはずだけど?」
「トーマスはすぐに出なければいけないので、準備があるのですよ」
「……そう」
淡々と話すアンリエト。ジュリーヌも用事があるのならば、仕方がないと思ったのだろう。渋々と席を立つ。横で上品に茶をすするティアーヌに声をかけ、部屋を出て行った。最後にトーマスを見て。
「……すまない。助かった」
「ない、雇い主の目の前で勧誘されるのが気に食わないだけだ」
「それはまた……随分と嫉妬深い雇い主だな」
トーマスは苦笑し、部屋を出て行く。
その時、アンリエトは呟くのだった。
「ーー本当に嫉妬深いのなら、離しはしないさ」
しかしその呟きはトーマスに届くことはなく、部屋の虚空へ消えていった。
▼▼▼
「何で邪魔するのよ! もう!」
そう憤然と叫ぶのは、部屋を追い出されたジュリーヌだった。
振り上げた拳はわなわなと震え、地面に八つ当たりでもするかの如く、踏みつけて歩いている。
「まあまあお姉様。あの娘の前でするんだもの、当然よ」
「あの娘だって、出て行って欲しくないと思っているはずよ!」
癇癪を破裂させているジュリーヌをなだめるのは、ティアーヌだ。
しかしジュリーヌは、それに間髪入れずに噛み付く。
アンリエトは優秀な者を積極的に、自分の陣営に引き抜いていた。ジュリーヌは今回もそうだと思い、最初は自分に取られまいと邪魔していると思っていたが、途中から違うと気付いた。
「なんで、おめおめ帰らせようとするのかしら……あの力を逃すなんて馬鹿のすることだわ」
「それは、あの見た目ですもの。引き止めるぐらいなら、送り出してあげたいのでしょう?」
その言葉にジュリーヌは、渋々ながら納得する。
ジュリーヌは妹を救ったトーマスに感謝の念を抱いていた。恩人なのだ、礼として送り出すのもやぶさかではない。
ジュリーヌはそう思い、自分を納得させる。
「あの娘も奥手ねぇ」
「そういう話じゃないでしょう?」
息を吐いて呟くティアーヌに、ジュリーヌはつかさず返す。
しかし返って来たのは、驚くティアーヌの声だった。
「ーーえ?」
「……えっ?」
本気で疑問に思っている顔を見て、ティアーヌは諦めてため息を吐く。
もういいわ、行きましょう。そう言って話を打ち切り、ティアーヌはジュリーヌと一緒に歩き始めた。
ーージュリ姉様の鈍さも困ったものだわ。
前を歩く背中を見ながら、ティアーヌはそんな事を思うのだった。
▼▼▼
茶会から数日後、とうとうトーマスが旅立つ日が来た。
門へと続く大通り。そこにつながる城門内部で、トーマスと三姉妹が別れの言葉を交わしていた。
「達者でなトーマス」
「アンリエト嬢も、体には気をつけてな」
そう言って二人は笑い合う。
それに横からジュリーヌが、被せる様に言い放った。
「気が変わったら来なさい。何時でも歓迎するわ」
「ああ……気が変わる時な」
後半は聞こえないように小声で呟くトーマスであった。
「また来てください。歓迎しますよ」
「ぜひとも」
「あの“短剣”を見せれば一発ですから」
ティアーヌはそう言い、相変わらず朗らかに笑う。ティアーヌの言う短剣とは、トーマスが報酬で貰った短剣である。
以外なことに、女王から金銭による報酬は無かった。
トーマスの行いはアンリエトの護衛の範疇であり、支払わられるのならばアンリエトからであるーーこれが彼等の主張だった。
しかしそれだけはいくら何でも非道い。そういうわけで貰ったのが、紋章付きの短剣とお褒めの言葉である。
まあトーマスには、特に不満はなかった。
アンリエトから追加報酬と言う名の大金を貰ったのが、主な理由だろう。
「ーーそうだ、アンリエト嬢」
「なんだ?」
「もしまた依頼があるのならば、冒険者ギルドを通し是非また依頼してくれ」
そう言い残し、トーマスは城門をくぐって行った。
その姿をアンリエトは、見えなくなってもずっと見つめているのだった。
その肩に不意に手が乗せられる。手の持ち主はティアーヌだった。
「久しぶりに、庭で茶会でもしましょう?」
ティアーヌの申し出に了承し、三姉妹は茶会を開くことにするのだった。
庭に机を設け、茶会が始まった。姉妹全員が座るなり口を開いたのは、物哀しげな顔をしたティアーヌだった。
「何で引き止めなかったの? 好きだったんでしょ?」
「え!?」
ティアーヌは、衝撃の事実ーージュリーヌにだけーーを口走る。
アンリエトは庭を見つめながら、淡々と返す。
「彼には、妻子がいるそうなんです」
トーマスはアンリエトに、子どもーー旅の途中で預かったリーンデルトーーがいること、そして待たせている女性ーーリーンデルトを預かって貰っている学園長ーーがいること。
詳しく言う必要はないとトーマスは思っていたのだろう。しかしそのせいでアンリエトは勘違いしてしまっているのだった。
「……少しぐらい、我儘言ってもいいのよ?」
「夫婦を引き裂くことなんて、いくら我儘でも私には出来ません」
アンリエトは口にコップを運ぶ。ーー紅茶が何時もより渋く感じた。
そこで再起動を果たしたジュリーヌが、慰めの言葉を次々とアンリエトにかける。その中には無神経なものはいくつかあったが、自分のためだと思うと不思議と腹が立たない。
少し表情をゆるめたアンリエトは、再び紅茶を口に入れる。
ーー先程より、渋味が弱く感じられるのだった。
少なくなったコップに紅茶を注ぎながら、侍女はアンリエトに言った。
「トーマス様は御結婚なさっておりませんよ」
危うく紅茶を吹きかけたアンリエトを一切気に掛けず、侍女は淡々と続けていく。
「トーマス様の子どもというのは、道中引き取った少女のことでしょう。そして待たせている人というのは、その子どもを預かって貰っている学園長の事ですね」
それを聞いたアンリエトは、額に手を当て顔を下に向けながら、「もしかして私の勘違い?」と震える声で呟いた。
その時、唐突にジュリが叫ぶ。
「そうだ! 学園都市に観光へ行きましょう!」
「今度こそ、勧誘してやるわ……」
ボソリと呟くジュリーヌ。
しかし、アンリエトの顔は優れなかった。
ジュリーヌはアンリエトの手を握り、ほほえみながら言う。
「身を引く理由なんてもう無いのよ」
アンリエトは小さい声で「そうですね」と呟いた。
アンリエトは顔を上げ、トーマスが旅立っていった方角を見る。その時の彼女の顔は、打って変わって晴々とした笑顔だった。
もう数話で完結となります。
後六、七話程度なので、全て書き上げてから一気に投稿しようと思います。
そのせいでかなり間があきそうです。次の投稿は先になりますが、拙作をこれからもお読みいただければ幸いに思います。




