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44.終決

 

 


 ドゥーボルはドワーフの国、スタンフェル共和国の出身であった。

 自由都市連合の東に広がる樹海。そしてその東にある山岳地帯を住処としている彼等の祖先は、山脈に住み着いていた魔物達を駆除し、そこを彼等の国とした。

 今なお樹海から上がってくる魔物達やエルフ、人間を相手取る彼等は、戦闘民族といっても過言ではない。

 

 

 ドゥーボルは、そのスタンフェル共和国を追放されていた。

 彼はドワーフの中でも、一際暴力的であり、その性格は残忍で粗暴。腕っ節が物を言うドワーフ社会の中であっても、彼が受け入れられることはない程に。

 

 

 ある事件をきっかけに、彼は大罪人となった。しかしスタンフェル共和国に死刑はなく、あるのは国外追放だけだ。

 その日から彼は苗字を剥奪され、ただのドゥーボルとして生きていく事となる。

 

 

 しかし彼がそれで反省などするわけはなく、ただ凶暴な獣を自由にしてしまうだけとなった。

 

 

 独特な戦闘スタイルが噂となり、彼は一部の界隈では有名となる。

 しかしそれを聞きつけたリシャールにスカウトされてこの仕事請けた事、そしてーートーマスと戦う事となったのは、彼にとって人生最大の失敗となった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 ドゥーボルは愛用の斧を持ち、トーマスの元へと向かった。

 パッと見る限り、ドゥーボルから特筆するような点はない。普通の騎士にしか見えなかった。冷笑を唇に浮かべ、彼は唱える。

 

 

「“|Eg mun blessa Hlocc mikla Hervor eftir Hrungnir《私は戦音を奏でる者 偉大な軍勢の守り人よ 鈍重豪靭なる石巨人の加護を私に》”」



 唱えた瞬間。彼は正に“石巨人”というべき姿となった。“巨人”と言うには、少し小さいが。

 ドゥーボルが持つ高い土属性の適正と豊富な魔素量は、彼を異形の怪物へと変えた。

 体に魔術による特殊な岩石と鉱石が張り付き、天然の鎧となる。彼の斧にも張り付き、大きさはドゥーボルの身の丈を越す程の大きさとなった。岩石でありながら硬質な輝きを放ち、身動きの度に岩と鉱物が悲鳴を上げる。

 

 

 実際にかなりの重さなのだろう。動けないのか、動かないのか。彼はその場に立ち、トーマスを迎え撃つ。

 

 

「そこを退いてはくれないか?」



 トーマスはドゥーボルに問う。しかしドゥーボルは、岩質な顔を嘲笑に歪め言い放った。

 

 

「通れるものなら、通ってみせい!」



 その言葉を聞き、トーマスはドゥーボルへ突撃する。

 暗茶と鉄灰がぶつかった。

 

 

 初撃はトーマスだった。ストレージから出した戦鎚を振りかぶり、走る勢いのまま叩きつけたのだ。戦鎚は戦闘用ピックが鎚頭の片側に付いた物で、何より特筆するべき点はその大きさだろう。トーマスの身長ほどの大きさーー優に2mは超えている。重さもかなりのものである。

 

 

 しかしトーマスの目に、信じられないものが飛び込んできた。ドゥーボルに戦鎚の一撃を止められたのである。ドゥーボルは両手で構えた斧の柄で、戦鎚の柄を受け止めていた。

 しかし無傷という訳にはいかないようで、ドゥーボルの体から、ひび割れるように岩石の欠片が落ちてきていた。

 

 

 ドゥーボルはドワーフの中でも怪力を誇る力を持っており、自分より上を見たことがなかった。

 ーーこの俺ですら受け止めるのが精一杯だと。額に冷や汗が滲み、ドゥーボルの胸中に焦りが満ちる。

 ドゥーボルは力が緩んだ隙に武器を跳ね上げた。それによるトーマスの隙を狙い、ドゥーボルは斧で薙ぎ払う。受け止められると思っていた一撃は、何故か回避される。

 受け止められるはずなのに、何故受け止めないのかーー。

 ドゥーボルは疑問に思い、視線をトーマスに向ける。しかしトーマスは、無言で佇むだけだった。

 

 

 一方、トーマスはドゥーボルを侮れる敵ではない、と気を引き締めていた。先程の一撃を受け止められた事により、油断ならない相手だと思ったのだ。実際に力は大幅に上なのだが。

 故に、慎重に相手を観察するトーマスだった。

 

 

 ドゥーボルはトーマスに痺れを切らし、斧による一撃を放つ。またしても避けるトーマス。攻撃してこないのをいいことに、ドゥーボルは小枝を振るう様に斧を動かす。

 縦横無尽に振るわれるそれを、トーマスは段々と避けることができなくなっていた。長柄武器を使うトーマスは、連撃を上手く受け止めることも出来ず、細かい傷が増えていく。

 

 

 理由は知らないが好機だと思ったドゥーボルは、後ろへむけ怒鳴る。

 

 

「おいリシャール! 騎士を何人か寄越せ!」



 その声により囲いの中から、三人の騎士がドゥーボルに加わる。ドゥーボルの邪魔にならない距離で、手の槍を振るう騎士達。斧の連撃の隙間から行われる攻撃に、トーマスは更に傷を増やしていく。

 ーー一気に畳み掛ける。

 そう思い勢いを強めるドゥーボルの耳に、トーマスからの呟きが入ってくる。

 

 

「ーーもうやめだ」



 その声と共に、何か潰れる音と腹部に軽い衝撃を感じる。ドゥーボルはいつの間にか腹部に足裏が当てられている事に気付く。その足はーートーマスのものだった。

 斧により頭を潰されているにも拘らず、だ。そしてトーマスは踏み込むように足へ力を込めた。

 引かずにただ足裏で押す。変質的な蹴りを受けたドゥーボルは、重さを感じさせない勢いで人垣へと吹き飛ばされる。並ならない重量が飛んできた囲いは崩れ、大きな穴が空いた。

 

 

 その空間を、独り言を呟きながらトーマスは歩く。

 

 

「雇い主の国だ。徒らに騎士の数を減らすのはいけないと思い、手加減してきたがーー」



 ドゥーボルに潰された頭が治り、トーマスの顔が白日に晒される。

 黄金と真紅の瞳を輝かせ、トーマスは呟く。

 

 

「ーーやめだ。皆殺しにしてやる」



 アンリエトにした所業。ドゥーボルとの戦いに感じたもどかしさ。数々のストレスにトーマスはキレていた。

 

 

「ハーフ風情が何をほざく!」



 嫌悪を丸出しにリシャールは腕を振るう。槍は切っ先をアンリエトからトーマスに変え、そのまま放たれた。

 終わった物と考えるリシャールは、侮蔑の視線をアンリエトに向けながら、吐き捨てるように言った。

 

 

「まさか、ハーフを雇うとは……貴女も堕ちたものですね」


「……私だって今知ったわ」



 頑なに兜を取らなかったが、まさかハーフだったなんてーー。アンリエトは貴族の中ではハーフに対する偏見が少ない方だ。だからこそ良くも悪くも“実力主義者”と呼ばれていた。

 そこに思う事が無いわけではないが。アンリエトはどちらかというと、それを教えてくれなかった所に衝撃を受けていた。信頼関係を築けたと思っていたのは、私だけだったのかも知れない。そんなことを思い、自嘲の笑みが浮ぶ。

 

 

「ーーおい」



 しかしそんな中、トーマスの声が響く。

 

 

「なっ!? おまえ」


「お前“これ”をーー何処で手に入れた?」



 トーマスの手の中には、白銀の槍があった。まだリシャールの魔術下にあるのか、小刻みに震えている。それをトーマスは力ずくで押さえ込んでいるのだった。

 トーマスが指す“これ”とは、白銀の槍の事である。リシャールは防がれたことが驚きだったのか、言われるままに答えてしまう。

 

 

「何処だと? それは“流れの商人”から手に入れーー」


「商人?」


「……いや、商人というには怪しかった。片方は鎧を着ていて、もう片方なんて襤褸布ボロキレを纏っただけの様なーー」



 トーマスはリシャールの言葉を吟味する。猪頭と言い、第三者が動いているのは明白であった。それが“魔神”なのかーーそれとも別の何かなのか。

 

 

「ーーってそんなものはどうでもいい! さっさとその槍を返せ! 貴様が触れていていい物ではない!」



 驚きから立ち直ったリシャールは、憤慨し叫ぶ。

 リシャールは槍に陶酔していたのだ。それを彼が蔑む“ハーフ”に触られるのは、見逃せるものではないのだろう。

 

 

「何が『触れていていい物ではない』だ。本当の力も引き出せないくせに」



 やはり少し気が立っているのだろう。トーマスの口調はいつもより乱暴だった。

 しかしその言葉に反応した者がいる。槍に崇拝に近い念を抱いているリシャールだ。

 

 

「『本当の力』だと……? そもそも何故貴様がそれを知っているのだ!」


「知ってるさ。だってこれはーー」



 ーーBHの武器なのだから。トーマスは前半だけ口に出し、後半を飲み込む。わざわざ教える必要性を、感じなかったからだ。

 しかし白銀の槍ーー『モノケロス』は、猪頭が持つようなただの武器ではない。陰正との戦いに使用した『クローケル』の様な、“法具”である。



「ーー纏雷せよ『モノケロス』」



 トーマスは法言を唱える。

 その途端、槍は強烈な光を纏う。刹那の間目を焼いたかと思うと、収まる頃にはまるで“雷”其の物になった『モノケロス』がそこにあった。

 断続的に破砕音を放ち、光を強くする。それは“神成”の如く、強い畏怖の念を感じさせた。

 

 

「……なんだ、それは」



 リシャールは何とか搾り出した声で、トーマスに訊ねる。しかしトーマスは無言で、槍を振るう。

 途端。雷が飛び、人を焼く。魔術で防ぐ者、盾を構える者、一切合切焼き尽くしていった。

 

 

 リシャールが誤解していたのが、『モノケロス』の“権能”である。

 “魔を祓う”、確かにその通りだ。しかしそこをリシャールは勘違いしていた。

 リシャールは“魔”を闇属性や魔物達と解釈していたが、実際はかなり違う。魔とは魔術、魔法、呪術、全てである。闇属性等は関係ない。全て祓いーー打ち消すのだ。

 

 

 それが唯一、BH内で対魔法武器として創られた『モノケロス』の力である。対魔術師武器ならかなりの数があるが、対魔法は『モノケロス』を除いて他にない。

 元々は、“魔法障壁”と呼ばれる防御魔法が猛威を振るった時、運営がバランスを取るために設置したものである。

 

 

 防御壁だろうが攻撃だろうと、“魔法”なら全て打ち消す。これだけなら、とんだバランスブレイカーに聞こえるが、実際はそこまででもない。

 ゲーム内ではトーマスの様に雷を飛ばす事が出来無かったからだ。槍のモーションは大まかに、突くか斬り払うだけである。それに普通に使うのならば、飛んでくる魔法にピンポイントで攻撃を当てる等をしなければならないーーそれはトッププレイヤーでも至難を極めるだろう。

 

 

 だからだろう、魔法防壁がなりを潜めた後、自然とこの武器を使う者も少なくなっていったのだ。

 それに、『モノケロス』の特殊攻撃を使いこなすのが難しかった、という事もあるだろう。

 それと武器本来の性能があまり良くなかったのもある。極端に短いのだ。“短槍”に分類される物の中でも特に。

 それは『モノケロス』の特殊攻撃に関係していた。

 

 

 そしてその特殊攻撃をするため、トーマスは構えを取る。

 右足を引き半身を前に向けるよう傾ける。膝を軽く折り、力強く踏ん張る。右手で槍の中程を持ち、左手をリシャールの方へ向けて狙いをつける。

 

 

 実の事、『モノケロス』は投槍だ。

 使い捨てのアイテム以外で、初めての投槍装備だった。しかも自動で戻って来るという機能付きである。そういう意味でも、一時期話題の中心となった武器であった。

 

 

「ーー迅貫せよ『モノケロス』……!」



 二つ目の法言を言い放ち、トーマスは槍を放つ。真っ直ぐに一迅の雷は、リシャールへ向かっていく。

 リシャールは、それを自慢の魔術で止めようとする。しかしそれは一瞬で破られ、勢いを弛めることすら出来なかった。

 

 

 突き出した掌に命中した槍は、そのまま肩まで突き破り、後ろの壁に穴を開ける事となる。纏う雷がリシャールの体を這い、身を焦がしていく。既に腕と肩の一部は消失しており、表面は炭化している。

 電流により血管は破れ、水分が蒸発し、水蒸気を熱気と共に発し、異臭を放っていた。

 

 

 リシャールは血を吹き出し、熱に体色は変質している。

 ーーそれが、リシャールの最後となった。

 

 

 それを見届け、トーマスは自身の右手に目を向ける。そこには壁の向こうに消えた『モノケロス』がある。それをストレージに収め、トーマスはアンリエトの所へ向かう。

 

 

「怪我は……たくさんあるな」



 そしてそう問いかけた。何時もと変わらぬ様子に、アンリエトも努めて平静に答える。

 

 

「ああ、だが大事はないさ」


「それならいい……か?」


「そんなことよりーー」


「ん?」


「ーー話は聞かせてもらうぞ」



 そう悪戯気に笑い、トーマスへ言い放った。

 トーマスは顔の事かと思い、恐々とする。しかしアンリエトから悪意の様な物を感じなかったせいか、軽く微笑んで言葉を返した。

 

 

「ーー任期内なら」


「それは急がないとだな」



 そう言って、二人で笑い合う。

 こうして王国での一件は、収束を見せる事となった。

 

 

 

投げ槍というものは大半が人間の身長より長いものですが、短い種類もあり一番短いものは30cmからあります。例えばダーツだったり打根であったり、こういう物には大抵羽が付いていますね。

後、投槍具という物を使う場合もありますが、BH内では使われていないという設定です。

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