41.私室にて
建国祭初日で早々に問題を起こしたアンリエトは、私室待機を命じられていた。
そのアンリエトの相手をするために、トーマスは朝から人混みを突き進んで王城へ向かっている。
トーマスは王城に泊まることを許されておらず、彼は王都にある宿場に泊まっていた。まあその宿場も王国からの紹介ということもあり、並以上の質を誇っている。なのでトーマスに不満はなかった。
トーマスは快適な宿泊が出来たことに満足し、上機嫌に街を歩く。
この男、アンリエトが外出を禁じられた以上、トーマス自身も祭りを楽しめない事を忘れているのだった。
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二回目ということもあり、すんなりとトーマスは王城へ入っていく。
今度は案内も必要なく、彼は一人でアンリエトの私室へ向かう。
特に障害もなく私室へ着いたトーマスは、ノックをして声をかけた。しかし返事がなく、再度声をかける。
それでも声がない事に疑問に思うが、中から物音はする。そのことをトーマスは不安に思った。
もしかしたら、賊でも入り込んでるんじゃないか、と。
直情的な思考を、トーマスは直ぐ様行動に移した。
「アンリエト嬢! 無事か!?」
そう言って扉を開け放つトーマス。彼の目に飛び込んできたのは、風呂あがりのアンリエトだった。
体に布を1つ巻きつけた格好。部屋の中には石鹸の香りが充満していた。
少し湿った髪、艷やかな肌。石鹸の香りと相まって、妖しげな色気を作り出している。
「っ! すまない!」
トーマスはそう言いながら部屋を出て、勢い良く扉を閉めた。彼の力で閉められた扉は取っ手が取れかけており、更に枠にヒビが入っていた。
トーマス自身慌てていたようで、完全に加減を失っているのが明らかだ。
「入れ」
トーマスが再度見た時、アンリエトは普段通りの格好になっていた。
頭は完全に乾かされていて、彼女の片目には眼帯がつけられている。
アンリエトは、逆に一切気にしているようには見えなかった。しかし、それでもトーマスは恐縮する一方で、謝罪を始める。
「本当にすまなーー」
「ーーみたか?」
トーマスの謝罪を遮り、アンリエトは一言だけ聞いた。
トーマスは思った。見たか、とはやはり風呂あがりの姿のことだろうかと。
それならば見た、と言うしか無い。
しかしトーマスはこういう場は謝り倒すしか無いと、彼の経験則が言っていた。故にひたすら謝ることにするのだった。
「そのことは本当にすまない!」
「それより、アレは見たのか?」
「風呂あがりの姿を見たことは本当に済まないと思っている! 完全にこちらの不注意だった!」
「アレは、みてないのか?」
決めた通りひたすら謝り倒すトーマスだったが、アンリエトの“アレ”の抑揚が違うことに気付く。
指しているのは、どうやらあられもない姿では無いようで、疑問に思ったトーマスは口に出していた。
「アレとは……? 風呂あがりの姿しか私は見ていないが?」
「……そうか。なら別に構わない。部屋着は着ていたからな」
トーマスはあまり怒られ無いことに、拍子抜けする。しかし、あまり怒られないのなら儲けものだと思い直す。
このことは完全に忘れようと思ったトーマスは、話題を変換しようとアンリエトに問いかける。
「それで、これからどうするのだ?」
そう問いかけると、アンリエトは顎に手をやり口を閉ざす。
アンリエトは特に部屋から出ることも出来ないのに、トーマスを拘束するのはどうかと思っていた。しかし一応雇い主でもあり、契約的には何も問題はない。
何処か甘いアンリエトは、それでも自由にさせるか悩んでいた。
「うーん……そうだ!」
手を打ち鳴らしたアンリエトは、トーマスに命じた。
適当に屋台のものを買ってこい、と。
実質的にパシリである。護衛ってこんなこともするんだと、理想との格差にトーマスは落ち込むことになった。
しかし、トーマスは街に出ることが出来て、護衛の役割も放棄していない。うまくやったものだと自画自賛していたアンリエトは、何故トーマスが落ち込んでいるのかが判らないために、戸惑うことになるのだった。
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買ってきた肉の串焼きを頬張りながら、トーマスはふと思った。舞踏会まで契約と言っていたが、その舞踏会は何時なのだろうかと。
「アンリエト嬢。舞踏会は何時にあるんだ?」
「ん? ふふぉうかい?」
砂糖菓子と串焼きを同時に口に入れていたアンリエトは、紅茶でそれを流し込む。それを咎めそうな侍女は、ただ無表情にお茶を継ぎ足していた。
侍女はトーマスに視線で伝える。言っても聞きませんから、と。
気にしないほうがいいと思ったトーマスは、特に反応せず続ける。
「そうだ。舞踏会までが期限なのだろう? それが何時までなのかと思ってな」
「明日だ」
「……明日?」
問い返すトーマスに、アンリエトはあらぬ方向を見たまま答える。
「建国祭というのは3日掛かりで行われる祭りでな。昨日が初日、今日が二日目、そして明日で舞踏会を行って建国祭は終わりだ」
アンリエトは3日掛かりというが、庶民には実質2日である。最終日に貴族は舞踏会があるが、庶民はほぼ後片付けに追われるからだ。
「また急だな」
「すまん。伝え忘れていた」
アンリエトの謝罪を、手を振ることで答える。
舞踏会が終わり次第帰ろうと思っていたトーマスは、自分の迂闊さに思わず頭を抑える。頭というか兜だが。
「更に伝え忘れていたのだが……」
忘れていたことを思い出したのか、バツが悪そうにアンリエトは言った。
「実は明日の舞踏会……お前は参加できん」
「護衛なのにか?」
「ああ、別に必要ない、と言われた」
舞踏会中はトーマスを控えさせておこうと、アンリエトは思っていたが反対にあったのだった。
「……姉様方が煩くてな」
その一言でトーマスも納得した。ありありと想像できたからだ、文句を言うジュリーヌの姿を。
そして、それに便乗するように、格式を重んじる貴族達が文句を言い始めたのだった。実際はジュリーヌや衛兵の後ろに隠れる様に発言しており、情けないことこの上なかったのだが。
しかし、その反応が何時もより過剰に感じられ、アンリエトは首を傾げる。
そこまでこの男が得体知れないのか? そう思いアンリエトはトーマスを見る。
兜を着けたまま、四苦八苦しながら串焼きを食べる姿を見て。ーー何処か愛嬌があるな、と思ったアンリエトは1人微笑むのだった。




