40.初日
晴れ渡る青空。雲ひとつ無い快晴の中、グリドレード王国の王都は喧騒に賑わっていた。
大通りは人で溢れかえっており、皆一様に楽しげな表情を浮かべている。
王国建国祭初日ーー活気溢れる街の中を、トーマスとアンリエトは歩いていた。
ーー変装した格好で。
トーマスは少し仕立ての良く見える煤竹色に染められたシャツ、同色に染められた丈夫なカーゴパンツという出で立ちだ。しかし頭は兜で隠されていた。
ここは譲る気はなかったらしい。
一方、アンリエトは顔を黒のベールで肩から上を覆い隠し、服装は普段よりフリルを少なくしたーーと本人は言っているーーゴスロリドレスだった。
アンリエトは手慣れた様子で街を散策しており、その事から幾度となく繰り返したことが判る。
前を歩くアンリエトを眺めながら、トーマスは彼女に問いかけた。
「アンリエト嬢」
「お嬢様だ」
「アンリーー」
「ーーお嬢様」
直さなければ話が進まないとわかったトーマスは、納得がいかないが呼び方を変えることにする。
「それでお嬢様。コレはどういうことですか?」
「なにって、お忍びで祭りを楽しんでいるんだ」
みりゃわかる、そう悪態をつきたくなるが、トーマスは口には出さずそれを飲み込む。
確かにその格好は、良家のお嬢様とその護衛の騎士。そんな印象をあたえた。
「なんでこんなことを?」
「昔侍女に言われたんだ。それから偶にこうしてる」
侍女というと、トーマスの頭の中には1人しか思い浮かばない。
トーマスにはあの無表情でお硬く見える侍女が、そんなことを言い出すようには見えなかった。
「でも、楽しむことは出来るだろう?」
そう言ってアンリエトは振り返る。
その顔はベールで覆い隠され見えなかったが、トーマスには笑っているように見えた。
最初はこれでいいのか疑問に思っていたトーマスだったが、アンリエトの笑顔を見ることにより、そのことは頭の中から消え去っていく。自然と彼の口角も上がり、2人は楽しげな様子で露天を冷やかしていくのだった。
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「ふふっ、楽しんだな」
串焼きを片手にそんなことを呟く。
既に日は高く登っており、あれから数時間が立っていた。
アンリエトは楽しげな様子で歩いている。しかしトーマスは疲れているようで、その姿は少し小さく見えた。
もちろん肉体的な疲労ではなく、女性の買い物に付き合わされた心労から来るものである。
二歩ほど後ろを歩くトーマスを一切気にすることなく、アンリエトは突き進んでいく。
彼女が今は使われていない廃屋の前を通った時、突如廃屋から抜きでた腕がアンリエトを掴んだ。そのまま彼女は中へ連れて行かれる。あっという間の出来事であった。
そして廃屋の中には、3人の男達が居た。
皆身なりは良くなく。粗暴な感じだ。
しかし、使い込まれた武器や独特の雰囲気から、彼等が冒険者ーーそれも仕事を選ばない輩であることが判る。
「こんな子供を殺すだけで金貨数枚か。楽な仕事だな」
「まったくだ」
「まあいい、さっさとーーがぁっ!?」
手慣れた様子で事をこなそうとする男達。しかし、壁際に居た1人は壁から生えた腕に絡み取られ、早々に意識を失った。
突然の出来事に男達は言葉を失う。無理もない。壁から腕が生えることなど滅多に無いのだから。
しかし、腕は生えたわけではなく、壁の向こう側から突き出されたものであった。
「お嬢様。無事ですか?」
その声と共に、壁を壊しながらトーマスが入ってきた。
腕には先ほど締めあげた男が一人。彼はそのまま腕をふるい、もう1人を殴りつける。男は壁に穴を開け、穴の向こうへ消えていった。
残る男は反応も出来ず、その場で固まる他ない。
「無事だ」
アンリエトは素っ気なくそう答える。
まもなく駆けつけた衛兵に、男達は取り押さえられた。
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廃屋の向かい側にある茶屋。大通りに面した部屋に、2人の男たちが居た。
窓際に座る男は、煙草を吸いながら街の喧騒ーー否アンリエト達の騒ぎを見ていた。
「だから言ったではないか。あの程度の者達では無理だ、と」
仕立てのいい着物に身を包んだ、貴族風の男が神経質に言う。
それに飄々と返すのは、煙草をすった中年半ばの男だ。
「まずは何事もぶつけてみることが大事なんだよ」
「あんな物ではぶつけた所で大した事にはならん」
「厳しいもんだ」
貴族の男の厳しい物言いに、煙草を吸う男は肩を竦める。
貴族の男は選民意識に凝り固まっており、雇った冒険者の様な種類の人間は、彼が何よりも嫌う人種だった。
煙草を吸う男は、見下す対象に自分が含まれていることを知っていた。しかし、彼に特に不満はなく、気にせず淡々と続ける。
「それで、あのおじょうちゃんを殺ればいいのか?」
「ふん。アレをお前1人で殺せるとは思わん」
咬み合わない依頼内容と、何より自分が侮られたと思ったのか、煙草の男の口調が自然と強くなる。
「あん? では何しろと?」
「あの護衛の男をやれ。見る限りそれなりの腕はある。あの男が何かできるとは思わないが、計画の邪魔になるかもしれん」
承知つかまつった、紫煙を吐き出しながら怠気に答える。後は任せる気なのか、鼻を一回鳴らし貴族の男は去っていく。
貴族の男が個室を出ても、男の視線が窓から外れることはなかった。
男ーー陰正の頭の中は、標的と如何に戦うか。それしかなかった。




