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39.姉妹

 

 広い王城の中を、侍女とトーマスは黙々と歩いていた。

 両者ともあまり口数が多い方ではなく、会話は全くない。

 

 

 恐らく向かっている場所は、アンリエトの私室であろう。トーマスがそう思ったのは、居館を奥に奥にと進んでおり、応接間などに向かう様子がないからである。

 

 角を曲がる寸前、トーマスの耳に女性の話し声が聞こえてきた。

 声からして三人はおり、何やら言い争っているように聞こえる。

 

 それが聞こえると同時に、トーマスは厄介事になると確信していた。

 聞こえてくる声、その中にはアンリエトと思われる声が含まれていたからである。

 

 

 それにアンリエトは王族である。

 そのアンリエトに文句を言える人間。それは同じ王族であるのが必然だ。

 

 

 その王族の言い争いに突貫するのは、勘弁してほしいなとトーマスは思った。

 そして案の定言い争っていたのは、トーマスの雇い主であるアンリエトと、豪奢なドレスを身に纏った2人の女性だった。

 

 

「アンリエト、大事はなかったかしら?」


「アンリエトちゃん、元気だった?」


「……はい。特に変わりはないです」



 言い争っているように聞こえたが、実際には1人の女性の口調が少しきつく、そのせいで険悪に聞こえただけであった。

 しかし、やはり空気は悪く。仲が良さそうには見えない。

 

 

「出先で身分も知れない様な輩を雇ったと聞いたわ。どういう事?」


「どういう事、とは?」



 アンリエトはそのまま問い返す。

 しかしそれが更に女性の反感を買ったようだった。

 

 

「どういう事とは、ではないわ! そこら辺の冒険者を雇うなんて、品格を落とすような真似をしないで頂戴!」


「あの者はA級であり、実力に問題はありません。それにA級なのでギルドから身分も保証されている、と言えますが?」


「冒険者なのよ!? 信じられないわ」



 言い争う両者。

 トーマスは自分も話しの渦中に居ることが分かり、積極的に話に加わる気は失せていた。

 できればこのまま気付かれませんように、と少し体を縮めている。

 

 

「まあまあ、ジュリ姉様? アンリエトちゃんも悪気はないのよ? アンリエトちゃんも、ジュリ姉様は心配してるだけなのよ?」


「ティア! 私は心配なんてしてないわ!」



 反論する少女。アンリエトも信じる気はないらしく、早く終わらないかな、と言わんばかりに投げやりな態度だ。

 

 

「ん? ああトーマス、きたのか」



 そこで、トーマスはアンリエトに見つかった。

 情けないことに、侍女に隠れようとしていたトーマスの行動はその体格から無駄となっていた。

 

 

「トーマスぅ?」



 それに一番早く反応したのは、トーマス本人では無く、先程から言い争っている少女だった。

 

 

「あなたがアンリエトの護衛を請けた冒険者? ふぅーん」



 少女はトーマスはジロジロと観察し始める。

 やがて気が済んだのか、見るのを辞めるなりこういった。

 

 

「まあいくら冒険者といえども、名乗らないのは失礼ね。私の名前はグリドレード王国第一姫リザベル・ジュリーヌ。ーー少し、図が高くなくて?」



 少女は、傲岸不遜にそう言い切った。

 トーマスは、そのいかにも我儘そうな物の言い方に、兜の下でうんざりした顔を浮かべる。

 しかし此処にはもう1人少女がおり、必然その少女も王族となる。

 トーマスが視線を向けると、少女も視線から感じ取ったのであろう。得心が言ったように名乗り始めた。

 

 

「私も、グリドレード王国第二姫リザベル・ティアーヌ。はじめまして、冒険者さん」



 トーマスは予想通り少女2人が王族であったことにうんざりとする。

 確かに、できるだけアンリエトの力になりたいとは思っていたが、それが姉妹喧嘩となると、やる気が一気に無くなるのであった。

 

 

 もっと、嫌味な貴族からの嫌味を颯爽と流したりするのを予想していたらしい。

 さらに話し的には、ジュリーヌはトーマスにいい感情は抱いてないらしく、それがより一層トーマスのやる気を奪っていた。

 

 

 しかし、トーマスの鎧ーー豪壮なそれを見たからか、ジュリーヌの目から険悪さが無くなる。

 それ相応の身分を匂わせる装いに、身分を重んじるジュリーヌも少しは認める気になったらしい。

 

 

「普通、あなたが先に挨拶するものなのだけれど、まあいいわ。あなた、冒険者になる前は何を?」


「すまない。名をトーマスという。冒険者になる前は、あるお方に仕えていた」


「あら、トーマスさんは騎士をなさっていたの?」



 ティアーヌの問を、頭を下げることで答える。

 元騎士、という肩書のおかげかジュリーヌの態度は益々軟化していく。

 

 

「ま、まあ身分もそれ相応にあるらしいわね! なら私からは他にないわ!」

 

「私は元々特にありませんし、アンリエトちゃん、私達はこれでお暇させてもらうわね?」 


「はい。分かりました姉様方」 



 そう言い、2人の少女は奥へ消えていった。

 居なくなったのを最後まで見送ったアンリエトは、大きく息を吐く。

 

 

「本当に姉様方の相手はつかれる」



 そう言いながら自室へ入っていく。

 

 

「あれが、話していた2人の姉か?」


「ああ。アレが、うちの王国が誇る“赤姫”と“青姫”だよ」


「とてもそうには見えんな」



 少女二人はトーマスから見てとても整った容姿をしており、自国民からは敬られ、敵国から恐れられる、“怪物”には到底見えなかった。

 ただ、その装いには納得していた。両者とも名前通りの格好をしていたからだ。

 ジュリーヌは赤いドレスに赤を基調とした豪華な髪飾り。ティアーヌは青のドレスに青い宝石が埋め込まれた銀のティアラ。どちらも身につける宝石、フリルに至るまで色が統一されていた。

 恐らく、両者とも自分の異名を気に入っているであろうことがよくわかった。

 

 

「見た目は可愛らしい少女だからな」 



 鼻を鳴らしながらアンリエトは答える。どこかすねた感じにも、寂しい感じにも聞こえる。

 それに気付かずトーマスは続けた。

 

 

「まあ、美しい花には刺がある。という言葉もある」


「フフっ、その通りだな」



 実際にあの姉妹は過去に言い寄ってきた、他国の貴族王族を返り討ちにしており、王国内では有名な話であった。

 なぜそれで問題にならないかというと、偏に力があるからだった。

 

 

「……それで、これから私はどうすればいいのだ?」


「どうすれば、とは?」


「舞踏会があるまで、部屋の入口で待機していればいいのか?」


「ああそういうことか」



 得心がいった、と手を叩くアンリエト。

 しかし一転、トーマスに悪戯坊主のような笑みを浮かべ、楽しげに微笑う。

 

 

「当日まで内緒だ」


「内緒……?」



 怪訝そうな顔をするトーマスを見もせず、アンリエトは続ける。

 

 

「まあ、お前も楽しめるさ」



 その声は弾んでいて、トーマスは訝しげに彼女を見る。しかし楽しめると聞き、同時に心が沸き立っていた。

 彼はあまり深く考えるような性格タチではなかったからだ。

 

 

 第三姫が怪しく微笑い。冒険者の男はそれを見て肩を震わせている。

 第三者がここにいたら、頬が引き攣り笑いを起こすであろう光景。

 

 衛兵が見たら止めそうなそれを見ていたのは、アンリエトの侍女ただ一人。

 顔の筋肉をピクリ、とも動かさず、2人をジッと眺めていた。

 

 

 

長い休日が出来たため、気晴らしに何話か書きました。

なので少しストックが出来たので、もう三話ほど毎日更新します。

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